道具
念のため、家族には立ち入らないよう言ってから鍛冶場に入った俺とリケは、一通りの準備をして、火床の温度が上がるのを見守る。
そして、火床の炎が安定してきたのを見計らって、板金を放り込んだ。
今日作るのは剣でもナイフでもない。コの字型というか、Cの字というか、まぁそういう形の頭を持った鉄の棒だ。すなわち前の世界で言うところのスパナと呼ばれる工具である。
謎の機械の、分厚い金属部品の合わせ目の縁を貫通して留めている、ボルトとナットらしきものを外すためのものだ。
ナットもボルトの頭も当然外側にある。片方だけ回そうとしても、もう片方も一緒に回ってしまう(共回りという)こともあるから、両側から押さえるために同じ道具を2本打ったほうが良さそうだな。
昨日のうちに、あの六角形の寸法はチートが教えてくれて、正確に把握してある。それに合わせて、頭の部分をコの字型に成形していく。
カン、カン、という小気味良い鎚音を聞きながら、リケが不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「親方、それは……どういうものですか?」
「昨日のアレの側面に、六角形の出っ張りが両側から挟み込むようについてただろ?」
「はい。等間隔に並んでましたね」
「俺が思うとおりのものなら、あれの平らな部分をこのコの字のところに挟み込んで、回すためのものなんだよ」
「なるほど! 力がよりこめられますね」
リケは目を輝かせて、ポンと手を打った。
「そういうこと。ただ、挟み込む頭の部分はある程度硬くしとかないと、回す時にこっちが削れちまうんだ。硬くしすぎると今度は割れやすくなるから、その辺の塩梅が大事だな」
そう言いながら、俺は形を整え終えた2本のスパナを再び火床に入れ、頃合いを見て水桶に突っ込んだ。ジュウウウッという音とともに湯気が上がる。
これで焼き入れは完了だ。あとは表面を少し磨き、割れたり欠けたりしないように軽く焼き戻しをして調整する。
出来上がったスパナの熱が完全に取れたのを確認してから、俺は納品箱へ向かった。
箱の中から分厚い布に包まれた遺物を取り出し、作業台の上へ置く。
布を解き、昨日も見た滑らかな金属の塊を露わにする。
いきなり開けるのはやはり怖い。何が起こるか分からないからな。
しかし、開けなくては話が前に進まないであろうこともまた、見てとれる。
「リケもここから出ていいんだぞ」
謎の機械を撫でるようにしながら俺は言った。
「まさか。ここまで来て引き下がっては、ドワーフの名折れです」
「ならいいんだが」
ゴーグルを作るべきだったか? いやでも兜の眉庇のようなものならまだしも、外が見られて保護できるようなものって、まだこの世界にはないだろうしな……。
「ようし、それじゃ始めるぞ」
「はい!」
俺は唾を飲み込んだ。さて、うまくいくか。
俺は六角ボルトの頭とナットの両側に、作り立てのスパナの頭をそれぞれ当ててみた。
カチッ、と小さな音を立てて、工具はガタつき一つなくピッタリと噛み合った。どうやらチートは今日もキッチリ手助けしてくれたらしい。
「おっ、ぴったりですね」
「ああ。よし、回してみるぞ」
俺は左手のスパナでボルト側をしっかりと固定し、右手のスパナにゆっくりと力を込めた。
600年前のものだ。内部で錆び付いていたり、固着していたりする可能性は十分にある。無理に回して万が一ボルトをねじ切ってしまっては厄介だ。
グッ、とさらに力を入れる。
すると、「ギッ」と乾いた短い音がして、ナットが僅かに動いた。
「……よし、回るな」
「回りましたね!」
リケが隣で嬉しそうに声を上げる。俺も内心でホッと息を吐いた。
どうやら完全に固着はしていなかったらしい。保存状態が良かったのか、材質によるものかは分からないが、助かった。
そのまま右手のスパナを何度か往復させると、ナットはスルスルと回り始め、やがてポロリと外れた。
「この調子で全部外していくか」
等間隔に配置されている残りのボルトとナットにもスパナをかけ、順に外していく。どれも最初だけ少し力が要ったが、あとは問題なく外すことができた。
外した部品を作業台の端に並べ、俺は小さく息を吸い込んだ。
「さてさて、中身はどうなってるかな……」
俺は謎の機械の分厚い金属の蓋、のような部分に両手をかけた。
少し力を入れて持ち上げると、パッキンかガスケットのようなものが張り付いていたらしいベリッという音とともに、蓋がゆっくりと持ち上がった。
澱んだ魔力が吹き出してこないか少し身構えたが、特に何かが出てくる気配はない。
ただ、そこにあったのは、 複雑に組み合わされた金属の歯車と、這い回る細い管。そして、何かの基板のような薄い板状の構造物。
それは、魔法の道具というよりは、機械の内部構造そのものだった。




