帰還
明けて翌朝。朝食を終えた後の庭で、3本の剣が舞っていた。
「ハッ!」
「ふんっ!」
鋭い呼気とともに、ヘレンの双剣とニルダの刀が空中で交錯する。木剣や寸止めではなく、真剣による軽い手合わせだ。
もちろん、互いに命を奪い合うような殺気はない。
だが、その動きは素人のそれとは次元が違う。ヘレンが素早い踏み込みから下段を払えば、ニルダは最小限の動きで刀身を滑らせていなし、流れるように反撃の袈裟斬りを放つ。
「これくらいでなきゃあ、真剣での手合わせなんか許可できるはずもないか」
俺はそう独りごち、テラスから2人の動きをじっくりと観察していた。
ヘレンの剣筋は相変わらずブレがなく、剣の重さと鋭さを完璧に引き出している。
そしてニルダの方も、昨日俺が研ぎ直した刀を、すでに完全に自分の手足のように馴染ませていた。
「そこまでっ!」
審判役を買って出ていたディアナの凛とした声が響き、2人は同時に動きをピタリと止めた。
互いに残心のようにしばらくその姿勢でいた後、剣を収めて息を吐く。
「いやあ、やっぱりお前は強いな!」
「お前もな。傭兵だと聞いていたが、ただの荒くれとは違う、洗練された剣筋だ。良い手合わせだった」
ヘレンとニルダが互いの実力を認め合い、軽く拳を打ち合わせている。
俺は歩み寄り、ニルダに声をかけた。
「どうだ、調子は」
「うむ。完璧だ。お前が手を入れてくれたおかげで、初めて握った時のような冴えが戻っている。これなら戻っても存分に戦えるだろう」
ニルダはそう言うと、満足そうに柄を撫でた。
それから彼女は少しだけ表情を引き締め、俺に向き直った。
「ときにエイゾウ。あの遺物のことだが……すぐに素性がわかりそうか?」
俺は少し首を傾げた。
「うーん、なんとも言えないな。外側だけ見て何かわかるようなもんじゃないし、中を開けるための道具から作らなきゃならなそうだし。どれくらい時間がかかるか、今はちょっと約束できない」
「そうか。まあ、構わんよ。我々も調査を急いでいるわけではないしな」
ニルダは頷いて続けた。
「私もあちらを長く空けるわけにはいかなくてな。本来の任務がある。今日で引き上げさせてもらうことにする」
「そうか。まあ、仕事なら仕方ないな」
「うむ。次はまた……そうだな、一月ほど後を目処に来るつもりだ。調査はその時までに終わっていなくとも構わない。そこまでに分かったことだけでも収穫であろうし、何も分からずとも『何も分からない』という結果はちゃんと出るからな。くれぐれも無理に進めて、お前たちに危険が及ぶようなことだけは避けてくれ」
彼女の気遣いに、俺は「わかった」と力強く頷いた。
「ああ、無理はしない」
ニルダはそれを聞いて、「それで良い」とニッコリ笑って頷いた。
彼女は早速帰るとのことなので、家族全員で家の前まで見送りに出てきた。
それぞれの顔を見渡し、ニルダは最後に軽く手を上げて微笑んだ。
「世話になった。さっきも言ったが、また来る」
そう言って踵を返し、迷いのない足取りで黒の森の奥へと向かってスタスタと歩き出す。その背中が見えなくなるまで、俺たちは手を振り見送った。
「あっさり行っちゃったわね。帝国では見かけないし、魔族の方とはもう少し話してみたかったのだけど」
「また来るって言ってたし、そん時を楽しみにしてようぜ」
アンネとサーミャが言い合いながら、家の中へと戻っていく。
俺も小さく息を吐き、気持ちを切り替えた。
「よし、リケ。工房に入るぞ。今日はまず、道具を打つところからだ」
「はいっ! どんな道具か楽しみです!」
俺とリケは連れ立って工房へと向かった。
あの正六角形のナットを回すための「スパナ」。この世界には今のところ存在しないはずの工具の寸法は、昨日の段階でチート眼を通して正確に頭に叩き込んである。
遺物の謎を解き明かすための第一歩を、俺は火床の炎に向かって踏み出した。




