目を瞑る
「とりあえず、今日のところはここまでだな」
俺は遺物に再び分厚い布を被せながら言った。
「良いんですか?」
「ああ。下手にいじって何かあっても厄介だしな」
恐らく何らかの機械であろう事までは推測できるが、だからこそ何が起きるか分からないものをお手軽にいじくり回すのはやめておいたほうが良いように思えた。
今からだと日が沈むころになっても触ることになりそうだし、それで焦るとやらかしかねない。
六角ナットを外して中を確認してみたい欲求はもちろんあるが、それを正確に回すための工具、前の世界で言うところのスパナやレンチの類が、今の俺の手元にはない。
それを作る時間も考えれば、やはり明日に回すのが得策だろうな。
俺の言葉にリケも頷き、俺たちは一緒に遺物をそっと元の納品箱へとしまい込んだ。
日が傾き始めた頃、俺は厨房のかまどの前に立っていた。ここからは猪肉の出番だ。
分厚く切り分けたうちの赤身と脂身のバランスが良い部分を選び、強めに塩と胡椒を振る。
熱した厚手のフライパンに猪の脂を引き、温度を見計らって肉を落とす。ジュゥという派手な音とともに、食欲をそそる香ばしい匂いが弾けた。
表面を一気に焼いて旨味を閉じ込める。……と俺は思っているのだが、前の世界でも諸説あったな。
肉が焼き上がる傍らで、別の小鍋にソースを仕込む。森で採れた、木イチゴなどに似た小さな果実をすりつぶし、少しの酒と肉汁を加えて煮詰めていく。
テラスの食卓に大皿を並べると、待ち構えていた家族たちから歓声が上がった。
「おー、すっげえ良い匂い!」
サーミャが耳をピンと立てる。「いただきます」の合図で、皆が一斉にナイフを伸ばした。
ニルダも自分の分の肉を切り分け、口に運ぶ。直後、その目が僅かに見開かれた。
「……美味いな」
彼女はそうぽつりと漏らす。
「そいつは良かった。たくさんあるから、遠慮せずに食べてくれ」
俺も自分の分を口に運ぶ。噛み締めるたびに猪の力強い旨味と、果実の酸味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩んだ。
ヘレンやディアナもあっという間に平らげていき、リディやアンネも満足そうにソースを絡めた肉を口に運んでいる。
食事が一段落し、食後の茶を飲みながらくつろぐ時間。俺は肉の余韻を楽しんでいるニルダに、ふと問いかけた。
「そういえば、ニルダ」
「ん?」
「今日見せてもらったあの遺物だけどな。あれは、魔界のどういう場所で見つけたんだ?」
ニルダは茶の入ったカップを置き、少し思案するように目を細めた。
「あれを見つけたのは、我々の砦からさらに奥、普段は誰も近づかない岩山の中腹だ。洞窟のようにぽっかりと空いた空間があってな。そこだけ、周囲よりもさらに澱んだ魔力が濃かった」
「洞窟の中に転がってたのか?」
「いや……言葉にするのが難しいが、洞窟というよりは、岩と鉄が混ざり合ったような奇妙な通路の奥だ。あれ以外にも、砕けた鉄の塊や、わけのわからん筒のようなものが散乱していた。我々も長居はできず、比較的原型を留めていたあれだけを持ち帰ったのだ」
岩と鉄が混ざり合った通路かあ。工場か鉱山か、あるいはその両方だったのか。現場を見ていない俺には断定ができない。
「なるほどな。その場所は、ずっと昔からそんな状態だったのか?」
「どうだろう。言い伝えによれば、600年前の大戦の折、あのあたりから特に強い澱みが噴き出し始めたという話だが……詳しいことはわからん。だが、それによってあまり近寄らぬように、と言われていたのは確かだ」
ニルダの言葉に、俺は静かに頷いた。
あの遺物は単なる落とし物ではない。それだけは分かる。だが、それがなんなのか。いよいよもっておいそれと触らない方が良いように思えてくる。
俺は茶を一口すすり、夜の森の静かな暗がりへと視線を向けた。




