夕暮れの金剛宮
防壁の尖塔から見える絶景を堪能した俺たちは、ヴィクトリアさんに導かれて再び宮殿の敷地内へと戻ってきた。
空が赤く染まり始めた夕方。宮殿は、石造りの壁が茜色に照らされ、昼間の厳格な威圧感とはまた違った、どこか穏やかな雰囲気を纏い始めている。一歩歩くたびに石畳に響く自分たちの足音が、妙に心地よく感じられた。
「皆様、本日はお疲れ様でした。夕食の準備がもう間もなく整うかと思いますので、それまでお部屋でお待ちくださいね」
ヴィクトリアさんが優雅に一礼して去っていくと、俺とカテリナさん、アネットさんの三人は、割り当てられた「金剛宮」の一室へと入った。
「ふぅ……」
帝都見物に出る前にもいたその部屋のソファに深く腰を下ろすと、一気に安堵感が広がった。やはりある程度は気心の知れた、そして同じ王国側の人間である2人とだけになると、肩の力が抜ける。
カテリナさんもアネットさんも、俺の向かいのソファに腰を下ろした。
「いよいよ明日は、皇帝陛下からの『鑑定』の依頼ですね」
俺が切り出すと、アネットさんが真剣な面持ちで頷いた。
「ええ。先ほども話し合いましたが、明日の行動については一定の指針を持って臨むべきでしょう」
「基本的には、帝国側の要求、つまり鉱山の案内や鑑定の依頼については、快く受け入れて良いと思っています。まあ、断れるものではないんですけど。ただ……」
俺は少し言葉を切り、二人の顔を見つめた。
「1つだけ条件をつけておきましょう。もし、俺1人だけを別室へ連れて行こうとしたり、お2人から引き離して1人で作業をさせようとしたりするようなら、それは断らせてもらう、のはどうですか」
「それは、私たち王国側で、常に2名以上が情報を共有できる状態を保つ、ということですね?」
カテリナさんの問いに、俺は短く頷いた。
「そうです。帝国側の真意がどこにあるにせよ、俺1人にされるのは都合が悪い。それに、これは何より俺自身の身を守るためでもありますから」
俺を害したり、不興を買うことが帝国の不利になるであろうことは陛下もご承知だろうが、とは言えここは帝国の本拠地である。気をつけてつけすぎるということもあるまい。
「承知いたしました。エイゾウさんを1人にはさせません。それが王国側としての、そして護衛としての私たちの答えです」
カテリナさんの力強い言葉に、俺は「頼みます」と返した。
明日の立ち回りについての話し合いが一段落すると、話題は自然と、今日見て回った帝都の様子へと移っていった。
「それにしても、帝都は驚くほど栄えていましたね」
アネットさんが、まだ明るさの残る夕暮れの窓辺を見つめながら呟く。
「王国の都も大変な賑わいですが、ここはまた趣が違います。王国のようにすぐ近く大きな街があるわけでもない、広野の真ん中にポツンとある都にしては、人の活気も物の流れも想像以上でした」
「俺もそう思いました。ですが、今日あの尖塔から景色を見て、少し分かった気がします」
俺は脳裏に浮かんだ、強固な防壁に守られた帝都の全景を思い返した。
「あの都は、広野の中にポツンとあるからこそ、あそこまで防備を徹底して固める必要があったんでしょうね。そして、一度その『鉄壁の守り』が完成してしまえば、そこはこの広野で最も安全な場所になる。安全だからこそ人々が安心して立ち寄り、住まい、商いをするようになった。あの繁栄は、徹底した防備とセットになっているんだと思います」
いわば、城壁という殻に守られた、巨大で強靭な生命体のようなものだ。
我が家にしたって、〝黒の森〟という危険だが安全な場所にあるからこそ、成り立っている安全というものもある。
「安全だからこそ、人が集まる……。確かに、今の帝国のあり方を象徴している気がしますね」
カテリナさんが深く納得したように頷く。
そんなふうに、帝国の印象について語り合っていると。
コン、コン。
静かな部屋に、控えめだがはっきりとしたノックの音が響いた。
「エイゾウ殿、王国の使者殿。夕食の準備が整いました。食堂へご案内いたします」
文官の落ち着いた声が聞こえてくる。
「さて、行きましょうか。明日のためにも、しっかり食べておかないと」
俺たちは立ち上がり、帝都での二度目の晩餐へと向かうべく、夕暮れの部屋を後にした。




