帝都の眺め
ヴィクトリアさんの馴染みの店での食事を終え、俺たちは再び活気ある帝都の通りへと戻った。
腹も十分に満たされ、心地よい満足感に包まれながら歩いていると、職人としての好奇心がむくむくと頭をもたげてくる。先ほどの刃物屋で見た、質の高い鋼。
あれだけのものが市井に出回っているのなら、その源泉たる場所を見てみたいと思うのは、鍛冶師であれば無理からぬ事だと思っていただきたい。
「ヴィクトリアさん。少しお聞きしたいのですが、この帝都に職人が集まるような街区、いわゆる職人街のような場所はありますか?」
俺の問いに、ヴィクトリアさんは歩みを止めずに、ふわりと優雅な所作でこちらを振り返った。
「ええ、なくはありません。ですが……」
彼女はそこで一度言葉を切り、少しだけ申し訳なさそうに、だが丁寧な口調で続けた。
「あいにくですが、エイゾウ様のような大切なお客様にお見せできるような、整った場所ではないものでして。埃っぽく、騒々しいだけですし。私からご案内すると申し上げておりましたのに、大変申し訳なく存じますが」
丁寧な物腰ではあるが、その口ぶりには「立ち入りは遠慮してほしい」という明確な境界線が見えた。
(色々と、おいそれとは外部には見せられない秘密があるんだろうな)
俺はそう推測した。怪しげな「一般人」が入って欲しくないところにいれば、あれこれ対応できるだろうが、一応は客として招いている人がその場で入りたいと言い出せば困ったことになるしな。
俺にそんな気はないとしても、それは分からないわけだし。
なので、俺は深追いはせずに、
「そうですか。お気になさらず」
と短く返した。
「その代わりに、と言っては何ですが。良い景色の場所があります。少し歩きますけれど、いかがですか?」
俺たち王国組は顔を見合わせた後、ヴィクトリアさんに頷く。
ヴィクトリアさんは頷き返したあと、俺たちの前をズンズンと進んでいった。
俺たちはヴィクトリアさんに導かれるまま、街を囲う巨大な防壁の方へと向かった。
そこには等間隔に配置された見張り用の尖塔があり、彼女は通行証を示して、その中の一つへと俺たちを案内してくれた。
「本来はあまりお客様を招くような場所でないのは、ここもそう変わらないんですけどね」
微笑みつつ、そう言いながらヴィクトリアさんの後をついて螺旋階段を上り、塔の最上部にある回廊に出た瞬間、吹き抜ける風と共に視界が一気に開けた。
「……これは、凄いな」
思わず感嘆の声が漏れた。
眼下には、精緻な模型のように整然と区画された帝都の街並みが広がっている。昨日くぐった低い門から伸びる大街道、街の中を銀色の糸のように走る水路。そして街の外へと目を向ければ、豊かな水を湛えた運河が地平線の彼方へと続いていた。
さらに遠くに目をやれば、北から東にかけて険しく、だが神々しい山岳地帯が連なっている。
(あの中のどこかに、明日向かう鉱山があるのかな)
そう思うと、少しだけ気が引き締まる思いがした。これほど広大な土地と豊かな資源。それらを一望できるこの場所は、確かに「良い景色」という言葉だけでは片付けられない価値がある。
「ここからの眺めは、私も気に入ってまして」
ヴィクトリアさんが、風に舞う髪を抑えながら隣に立った。
「年に一度、ここで軍の大演習が行われるのですが、その時はこの街道を埋め尽くすほどの兵と騎馬が進軍いたします。ここから見下ろすその光景は、まさに壮観の一言に尽きますよ」
誇らしげに語る彼女の言葉を聞いて、カテリナさんが瞳を輝かせた。
「軍の大演習……! 帝国の精鋭たちが一堂に会するのですね。それはぜひ一度、この目で見てみたいものですね!」
カテリナさんの無邪気な言葉に、俺は思わず苦笑いを浮かべて首を振った。
「俺は遠慮しておきたいかな。そんな何万人もの兵隊が揃うなんて、想像しただけで肩が凝りそうだ」
「あら、エイゾウ様。武具を打つ者として、それほど刺激的な光景はないと思いますけれど?」
ヴィクトリアさんがおかしそうに尋ねる。
「いやいや、俺はただの鍛冶屋ですよ。そんな大軍勢を見せられたら、どれだけの数の剣や槍を世に送り出さなきゃいけないんだって、気が遠くなってしまいます」
俺の現実的な、あるいは職人としての本音が漏れた返答に、ヴィクトリアさんはもちろん、カテリナさんもアネットさんも、堪えきれずに吹き出した。
塔の上に、楽しげな笑い声が響く。
「ふふ、確かにエイゾウ様らしいお答えですね。それでは、そろそろ戻りましょうか。明日は朝が早うございますから」
そろそろ太陽が一日の仕事を終えつつあるのを背に、俺たちは和やかな雰囲気のまま、尖塔を後にした。
明日出会う「未知の鉱物」がどんなものか。鍛冶師としての静かな興奮を胸に秘めつつ、俺は一歩一歩、石造りの階段を降りていった。




