3-29 ぷよぷよポリマー――偉大なる臆病賢者
ありがとうございます。
「ん……今の、スゴイかも……」
ツノ爺さんの、水と空気を結合したソフトマターのような状態の着衣を見つめる黒い神。
「今のは、管理者能力の劣化版だにゃ。その服は、異なる相の分子の集まりで擬似的にポリマーのようにしておるのにゃ」
「ポリマー……あ、シリコンとか?」
ローブからシリコン樹脂製のニャマコ人形を取り出し、揉み伸ばす。
「ふむ……お主には、粘りを強めて弾力を持たせたと言った方が伝わりやすいかにゃ?」
「あ、分かったかも。ウナギのぷよぷよと一緒かな?」
良く分からない。
思考伝達のイメージを覗いて見たところ、どうやら、以前鼠人集落で、ウナギをノリと勢いで増量した際に、増えた水とアミノ酸と脂質を納めるように生成されていた、細胞膜に似た二重層の何か、その周辺の雑多な高分子の事らしい。
「んだなぁ。んだけぇが、ツノ爺さんの技は黒姐のより、前のウチみてぇな感じやなぁ」
「うむ。劣化版といっても、効果が似ておるだけで管理者能力とは別物だからにゃ」
管理者能力は永命種にしか扱えないが、いくらか仕組みの異なる劣化版のような物は、一部の知的生命体に付与できる場合もある。
とはいえ、そのままでは規模の限界が極めて低水準なため、必要に応じて改造処置が施される。
「お恥ずかしい……私の魔法はこの程度でして……」
「ん……? 魔法? まほ……おぉっほ……魔法だって! ニャマコ! 今、魔法! 魔法って言ったよ! まほー! まほ……げほっ、えほっ……」
ニャマコを両手で挟んで、滑らかな手つきで揉みながら感動を叫ぶ。
「いや……だから、劣化版の能力だにゃ。ツノ爺さんが魔法と言ったのは、赤いのが固有名詞を上書きしたせいだからにゃ?」
「うん。でも、これでファンタジー要素の一つ、『魔法』があるのは分かってもらえたかな?」
いや、ニャマコの言う通り、これは魔法ではなく『劣化版の能力』と呼称するのが妥当な、肉体改造とツールによる結合分解に近い効果であり、さらに言うなら、この世界に満ち溢れる微細な――、
「ん、この世界……イイね!」
とはいえ、黒い神が良いのであれば、問題は無い。
これからは、こういったモノを『魔法』と呼称しよう。
「こういう魔法をたくさん見たら、勉強になるからねぇ」
「ふむ……まぁ、限定された能力を工夫して役立てる手段を学べば、応用訓練にはなるのかもしれんにゃ」
「ん、さっきの魔法、私もやってみる!」
この世界では、初めての能力使用か。
「うん。失敗しても平気だから、かなり強めにやるとちょうどイイよ」
「はーい」
軽く目をつむり、両手で空間を捏ね始める。
手元から、形容し難い物質が四方八方に弾け飛んでは消えてゆく。
しばらくして、変質結合に成功したシリコン樹脂を寄せ集め、サラダボウルのような器を作り、その中に液体の水を生成する。
「ふむ、この程度であれば、簡単かもにゃ」
器の水が不規則に揺れながら、徐々に粘度を高めてゆく。
この形状は、ニャマコであろうか。
「水ニャマコ、完成!」
「おぉ、流石は賢者様。素晴らしい魔力ですね」
ツノ爺さんが、一生懸命遊ぶ子供を褒めるように、少々わざとらしく賞賛する。
「ありがとう! 賢者様とか、めっちゃテンション上がる!」
「いや、単に管理者という意味だにゃ」
ツノ爺さんが、優しげな笑みを浮かべる。
「この国も『賢者の国』と呼ばれております。正式名称は『偉大なる臆病賢者の国』と言いまして――」
「ん? 偉大なのに臆病なの?」
チーズさんが、ツノ爺さんの肩に乗り、言葉を引き継ぐ。
「はい! この星では、ヤバ様は『遊びと平和を司る、偉大なる臆病賢者』と呼ばれています! ヤバ様が好きな穏やかな人達は、この国に集まるのです!」
「なるほどにゃ。それで、この辺りにはスライムが多いのかにゃ」
「はい! この国には大きな争いがありません! 街も一つしかありませんが……」
「つまり、国土を必要最低限しか主張しないほど、欲が無いのかにゃ?」
「イェス! ニャマコ様! サー! あ、ちなみに……レベルが低くても、とっても強い人が多いのです。なので、攻められる事もありません」
「ん? レベルが低いって、どういう意味?」
「あ、すみません……皆さんには馴染みの無い言葉ですね……」
「ううん。私にはめっちゃ馴染むよ。レベリング大好きだし」
黒い神は、かつてレベル制のゲームにはまっていた時期があった。
レベル制とは、成長度合いをレベルという単一の指標で表すような、段階的な成長目標を分かりやすく明示する系統を指している。
このシンプルさ故に、困難なプロジェクトに当たってしまった時、得られ難い達成感を補う癒しになっていたらしい。
「レベリング……?」
「あ、でも……どんな感じか説明してもらえると、嬉しいかも」
「あ、はい。この星では、強いモンスターを倒すとレベルという……尺度が上がります。レベルが上がると体を動かしやすくなったり、魔法の効果が高まったりします。あ、高まると言いましても、実感できるほど変化する人は滅多に居ませんが……」
おそらく、元々制限されている部分が、モンスター退治をトリガーにして、少しずつ解放されるのであろう。
「ふむ、抑制システムの効果が、多少緩和されるのかもしれんにゃ」
「ん、でも、いっぱいレベル上げれば――」
ツノ爺さんが、軽く手を上げる。
「あぁ、失礼。私からも補足を。もし、レベルが高くて武装した人を見かけたら、気をつけて下さい。彼らは、その……少し……なんと言いますか……」
「物騒な奴が多いのかにゃ?」
「はい……私はこの世界以外、あまり詳しくはないのですが、他の世界と比べると、そう感じてしまうかもしれません」
こういうのを、フラグと言うのであろうか。
おそらく、私達は見た目的にも、機能的にも、かなり目立つであろう。
であれば、力を誇示するような者達には、ちょうど良い標的になり得るのではなかろうか。
いや、こういった世界である以上、ヤバちゃんの意図的な誘導により、社会規範が整備されている可能性も高い。
結局のところ、現状ではなんとも言えないか。
「――よーし、速攻でレベルカンストしちゃうよー!」
「うん。これは負けてられないねぇ。最強の管理者の座は譲れないよ」
管理者の評価基準に、戦闘力の指標など無い。
「ここにも物騒な奴らがおったのにゃ」
「んだけぇが、ウチも知らねぇ事がたくさんやけぇ、楽しみやなぁ」
このパーティは、楽観的なタイプが多い。
とはいえ、これだけ強力な面子。
私も楽観とまではいかないが、そこまで心配はしていない。




