3-28 善良なモンスター――寝具であり、衣服でもある
ありがとうございます。
転生処置――元の蘇生状態に戻し、身体機能を永命種に近づける処置は、無事に完了した。
これより先、脳と神経とそれらの中で機能する機器の一部、及び担当管理者――ヤバちゃんに属するいくつかの機器に問題がなければ、半永久的に、この人物が最も壮健であった心身の状態に維持され続ける事になる。
半永久的というのは、永命種とは異なり、シーギ種と似た方式であるため。
この方式では、自らの意思で無制限に意識レベルを落とす機能があり、一定以下になると元の蘇生状態に戻され、寿命が残っていれば覚醒、残っていなければ完全に永眠する。
ちなみに、彼は永眠中の記憶、というか意識を構成する情報に、ほとんど変化が見られなかった。当人の感覚的には、普通に眠り、心地良い夢を見ていたのと変わらないであろう。
目を開いた彼の頭に、チーズさんが勢い良く飛びつく。
「ツノ爺さん! おはようございます!」
チーズさんは、彼をツノ爺さんと呼ぶ。正式名称は不明。
「……チーズさんか。おはよう……おや? そちらの方々は?」
自然な目覚めになるように調整したため、まだ少し意識レベルが低い。
「あ、こちらの方は、ツノ爺さんを治してくださったマロリー様です。そちらの方々は、他の世界の管理者様です」
治したのではなく、要件を満たすであろう形に改造しただけ。
私は、改造や修正は出来るが、正しく治療と呼べるような経験は無い。
「あぁ、ヤバ様の……おや? そういえば、私はもう……」
「ふむ、寿命が尽きた事を自覚しておるのかにゃ?」
「……スライム?」
ツノ爺さんが、不思議そうな表情で黒い神が抱えるニャマコを見つめる。
「ん? あー、ニャマコはスライムじゃなくて……ナマコですね」
「いや、どちらも間違っておるにゃ」
「うん。ニャマコは、料理を作る寝具みたいな物だねぇ」
赤い神がニャマコに手を伸ばすと、ネコミミがはたき落とす。
同時に、もう片方のネコミミが白い何かを掲げる。
「ふむ……記憶が少し曖昧だにゃ。先生、ハリセンというのは、これで合っておるかにゃ?」
おそらく、日本であれば場合によっては銃刀法違反になると思われるが――、
「だいたい合ってる」
であろう。
この素材は、この世界で二酸化ジルコニウム――ジルコニアを再現した物と、数種類の地球にはない物質が混ざっている。
総合的には、地球のセラミック包丁に似ている。
「や、ちょっとちが――」
ニャマコがバナナを一本生成し、ハリセンで切り落とす。
「ごめんなさい」
半分をツノ爺さんに渡し、もう半分を黒い神に食べさせると、それを見たツノ爺さんも食べ始める。
「そのスライムっちゅうんは、生きもんの名前なんかなぁ?」
「いえ、この辺りにたくさん居るモンスターの名前であります。ですが、正式名称は違うであります。最近流行っている通称であります」
チーズさんの語り口は穏やかだが、語尾が変わっている。
「うん? それは方言かねぇ?」
「いえ、分からないであります。なんとなく使ってみたであります……サー!」
チーズさんのテンションは、維持されている。
きっかけはおそらく白い神の紅茶であろうが、正確なところは未だ不明。
「ん、チーズさん。女の人の時は、マァムって付けるんだよ」
「イェス! マァム!」
「地球の表現は面白いねぇ」
「はい! 色々な表現があって、新鮮です!」
「……見た目がモンスターに似ておるというのは、問題あるのかにゃ?」
「いえ、問題ありません! スライムは、優しい心から生まれる善良なモンスター……という事になっています」
なるほど。害になるモンスターと、ならないモンスターがおり、どちらの発生にも生物の精神性が関わっている、という事か。
「ん? 善良なモンスターって、街とかにも入れるの?」
「はい! 役に立つ貴重な存在ですから、もちろん街にも入れます!」
つまり、社会規範に適う精神性を持つ者が多ければ、邪魔なモンスターではなく、役に立つモンスターが与えられる仕組み、という事か。
精神性の傾向を本人達が漠然と自覚できる仕組みは、ある程度広い地域単位であれば、良く見られる。
これが個人や種族、小規模コミュニティ単位であったり、リアルタイムに明瞭で細分化された指標付きとなると、かなり珍しい。
他の星や宇宙空間では不明だが、おそらくこの星では、前者のタイプかと思われる。
「ふむ……ワシは、お手伝いモンスターというわけだにゃ」
ぼんやりとバナナを食べていたツノ爺さんが、ニャマコに視線を向け、困惑の表情を浮かべる。
「あの……すみませんが、状況が良く分からないのですが……」
寝起きにこの状況では当然か。
頭の上に乗っていたチーズさんが、浮かび上がる。
「すみません……ツノ爺さんの事を忘れてました……」
「要は、お主の寿命が尽きて永眠しておるところに、途轍もなく優秀な医者が現れて、永遠の健康体に生まれ変わったという事だにゃ」
「……?」
いや、優秀ではないし、医者ですらない。
それに、永遠の健康体とまでは言えない。
本人には、また後で正確な情報を伝えよう。
「こちらの皆さんは、ヤバ様より位の高い、特別なお客様です!」
この世界においては、赤い神以外大した権限は持っていないはずだが、ヤバちゃんが重要な客人的な意味合いで、そのように伝えてくれたのであろう。
「それはそれは……なぜまたこんな所に?」
「や、ちょっとした旅行だよ。チーズさんに案内を頼む事になってねぇ」
「留守番をお願いします!」
「あぁ、それで私を……分かりました。また草木の世話が出来るのであれば、願っても無い事です」
「ふむ、一人でも大丈夫かにゃ?」
「ええ。これだけ動きやすい体なら、なんとでもなるでしょう。ありがとうございます」
その身を軽く持ち上げると、水槽の液体が透明度を失いながら、彼の体を包み込む。
なるほど。寝具であり、衣服でもある、という事か。




