3-27 幻想世界の生と死――転生処置
ありがとうございます。
「――はい! このお爺さんです! マロリー様! よろしくお願いします!」
チーズさんが開いた扉の先には、底の浅い浴槽のような物が置かれていた。
その中に、首から下が液体に浸かる形で、額にツノを持つヒト種が横たわっている。
お爺さんと呼ばれているが、地球のヒト種とは異なり、老化現象は見られない。
見た目は、茶髪で細身の青年、といった印象。
「ん……見た目は若いんだね。なんか、親近感湧くかも」
「なんや、眠っちょるけぇが、生きもんの感じが薄いけぇ。なんちゅうか……木の実みてぇな感じやけぇが……」
なるほど。これは――、
「寿命が尽きた状態かと」
思われる。
「ん……? えっと、つまり……ご臨終?」
「そう」
この世界では、病や老化――肉体の劣化が、生命の終わりに直接関与せず、寿命以外で死んでも教会で復活するらしい。
つまり、肉体の機能が失われても、維持されていても、意識の状態は別。
おそらくこの世界では、寿命という『設定された時間』が尽きた状態で肉体が無事であれば――期限は不明だが――自律的制御により肉体が保たれながらも、『徐々に』意識の同期が切れた状態に移行するのであろう。
緩やかに、穏やかに、『本体』へと還るために。
ちなみに、この肉体はごく僅かに同期が残っているように見える。
非常に興味深い。
記憶中枢の情報は保持されている。
記憶の具体的な中身は『感触』機能を持たない私では分からないが、その情報量と記憶方式から推測するに、この者の年齢は地球時間で70代から80代辺りかと思われる。
寿命もその辺りであろう。
肉体の構成自体はヒト種と言って差し支え無いはずだが、所々に手が加えられた痕跡が見られる。
大部分は見慣れた肉体強化だが、脳と神経の一部には、珍しい構造体。
これは、私が永命種について研究していた際に、データとしては見た事がある。
確か、永命種以外に限定的な能力付与を行うために取られる、簡易的な改造処置のはず。
いや、少し分析に没頭し過ぎてしまったようだ。
「……?」
黒い神が、不思議そうにこちらを見ている。
「ふむ……死んでおる、というよりは永眠しておる、と言った方が近いのかもにゃ」
「んだなぁ。んだけぇが、心がねぇと治せねぇでなぁ……」
いや、この状態であれば――、
「問題無い。おそらく、ヤバちゃんの頼みは治療と言うより『転生』かと」
思われる。
「あ、はい! 良く分かりませんが、マロリー様にしかできないというお話でした!」
「ふむ、なるほどにゃ。完全な永命種に変える転生処置が出来るのは、先生だけだからにゃ」
「永命種! 転生! 凄いですね! 良く分かりませんが!」
「うん。管理者を造っちゃう凄い先生なんだよ」
いや、『完全な永命種』への転生処置は厳しい。
少なくともこの場において出来るのは――、
「……完全な永命種に、なるべく近い状態に寄せるだけ」
以前、管理者に適した知的生命体を『完全な永命種』に変える研究を行っていた。
しかし、それは実質頓挫している。
ここで言う『完全な永命種』とは、管理者に必要な機能を備える、もしくは付与できるだけの素質を持つ生命体の事。
それには『意識の器の柔軟な拡張性』とでも言うような仕組みが、どうしても必要不可欠であった。
しかし、十分に要件を満たす形で、それを実装する手段が見つからなかった。
なぜなら、それを実装したなら、その者が持つ気質や、管理者として優秀な思考能力まで変質してしまうから。
そのため、永命種の管理者そのものを増やすのではなく、管理者能力を借りる事ができる補佐役、もしくは端末を増やす方向にシフトしてしまった。
「や、それでも私の蘇生技術は、先生の転生技術が無かったら生まれなかったからねぇ。今、ニャマコやニャマゴロー達が居るのも、先生のおかげだよ」
それは考え難い。
私が技術提供していなかったとしても、どこか私にはアクセス出来ない領域に、十分な技術情報が存在していた、と考えるのが妥当に思える。
赤い神の権限であれば、探せば容易に見つかるであろう領域に。
「ん、ニャマコ居なかったら……たぶん色々終わってたし、救世主かも」
救世主、他力救済、奇跡の到来。
そうか、ニャマコ達の『派生』が、私の不完全な技術に起因する不具合――奇跡だとしたら。
いや、だとしても――、
「違う。シーギ種の研究者達の成果」
であろう。
私は、シーギ種の依頼に従い能力を使うツールでしかなかった。
賞賛を受けるべきは彼ら――旧世代のシーギ種達。
「……シーギ種ねぇ。うん。先生の世代の人達に、今度『お礼』しに行こうかな」
一瞬、表情に陰を落とすが、すぐに笑顔を浮かべる赤い神。
「ふむ……今イメージした、ハリセンのような物はなんなのにゃ?」
赤い神が、扇状の板を生成する。素材は不明。見た目は鉄扇に近いが、折り畳み機構は見られない。
「ハリセンはハリセンだよ。ほら、この形……イイよねぇ。私が知る日本の文化で、三番目くらいに好きだよ」
土下座は何番目か。
いや、それよりも――、
「チーズさん。このまま私が処置するのは構わない……が、赤い神も可能なはず。能力の技量で言えば赤い神の方が――」
「ん、でもお母さんがやったら、ニャマコみたいになっちゃうかも……」
なるほど。
「うん。ニャマコ型はカワイイからねぇ」
全員の視線が、ニャマコに集まる。
「……なんにゃ? ワシの見た目に、何か文句でもあるのかにゃ?」
「ううん。ニャマコはちょーカワイイよって話だよ」
確かに、ニャマコ型になってしまうのは問題であろう。
人によっては自害しかねない。
「……にゃ? 今のイメージは……先生かにゃ?」
伝達されていた。
「転生処置を開始する」




