3-26 マリモチーズ――伸びるチーズ
ありがとうございます。
管理小屋は、能力により補強された石造り。表面は、木製の板張りで装飾されている。
二棟連なっているが、ニャマコが生物を探知した方の、入り口らしき扉に向かう。
「これって、ノックした方がイイの?」
小屋の外観は地球の西洋風だが、作法が同じとは限らない。
「や、もう気づいてるみたいだよ」
赤い神が扉を開くと、何も無い室内に、手のひらサイズの羽根付きマリモ型生物が浮かんでいた。
「ようこそいらっしゃいました……お話は伺っております。私は、『色彩の森』管理公園の職員、マリモ種のチーズと申します」
「ん? マリモ種?」
「いや、赤いのが辞書を上書きしたのにゃ」
「うん。なんかカワイイし、イイかなって……」
「マリモチーズ……イイね」
阿寒湖のお土産にありそうな響き。
「あ、あの……」
「あ、ごめんなさい。チーズさん、よろしくお願いします。私の名前は……」
「クロだにゃ。発音できなければ、似た音で構わんからにゃ」
「あ、はい……クロ……クロ様ですね。よろしく……よろしくお願いします……」
「この感触……怖がってる。 ――お母さん、ちょっと一回、離れようか……」
事前に知らされてはいたようだが、これだけ管理者がまとまって現れたら無理も無い。
「あ、いえ……大丈夫……です」
「ふむ、その話し方は、黒いのに合わせておるのかにゃ? こやつにそんな気遣いは――」
「ニャマコびよーん」
黒い神が、両手でニャマコを引き伸ばす。
「やめんか」
そう言いつつ、自ら柔軟性を高めているようで、スムーズに伸びてゆく。
「……ビヨーン?」
「ん、そんな感じ、イイ感触だよ」
心配する私達の様子に、多少は安心感が得られたのかもしれない。
チーズさんの全身が、僅かに波打つ。
「……こんな感じで……どうですか?」
黒い神が、柔和な笑みを向ける。
「ん、イイ感じ。あ、変な事言ってるかもしれないけど、気にしないでね?」
「あ、いえ。ヤバ様から伺っておりますので、大丈夫です」
白い神の背後に隠れていた赤い神が、顔を覗かせる。
「うん。ヤバちゃんから、あの件も聞いてるかな?」
どの件であろうか。
「あ、はい。その件も伺っておりますが……とりあえず、言語照合をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。ワシと白いので、それぞれ頼めるかにゃ?」
「はい。それでは……」
チーズさんから伸びた触手が、白い神の手とニャマコのネコミミに触れる。
これは以前、ニャマコと白い神が行ったアナログな方式より高速な、辞書の情報を直接同期する方式。
二者間で行う場合は不整合が多いが、三者間であれば十分な信頼性が得られる。
「ふむ、地球の言語も混じっておるにゃ」
「はい。そちらはほとんど、新しいモンスターや道具の正式名称に使われています」
「なるほどにゃ」
ヤバちゃんの趣味、という事か。
「身分証については、口頭でお伝えしましょうか?」
「うむ。二度手間ですまんにゃ」
大容量の記憶の同期は、ヒト型永命種にはコストが高い。
赤い神や私はともかく、黒い神は受信方向の同期自体にも不安がある。
私が代替機能を付けるのも、完全にノーリスクとは言えない。
「――こちら、この国のヒト種の飲み物ですが、よろしければ」
チーズさんから伸びた触手が、カップに入った飲み物を差し出す。
食器のデザインに地球らしさを感じる。言語も日本語に切り替えている。
「ん、ありがと……いただきます」
「ふむ……コーヒーに似ておるにゃ」
味は似ているが、成分は異なる。
「チーズさんは、食べたり飲んだりできるの?」
「はい。ヒト種の味覚形成はできます。変形は苦手なので、食感は良く分かりませんが……」
「ん、白姐。お返しにあの紅茶、お願いしたいかも」
「んだば、チーズさんに合わせて作るけぇ」
テーブルと紅茶セットを生成、カップに紅茶を注ぐ。
「紅茶……ですか? 知識は先ほど頂きましたが――」
「や、ソレは真の女神シロちゃんにしか作れない、紅茶の限界を超えた紅茶――『神聖なる慈愛の紅茶』だよ」
「はい?」
「無視して良いのにゃ」
「あ、はい……では、頂きますね――」
カップに身を寄せて、感覚器らしき触手を伸ばす。
紅茶が僅かに吸収されると、触手が震え出す。
「これは……」
「合わねぇなら、無理しねぇで大丈夫やけぇ」
紅茶の吸収量に伴い、震えが激しさを増し、テーブルに身を落とす。
「いえ、これは……美味しいです。美味しくて……アメイジング……オゥサム……」
ふらつき始める。
「ん? 感触が――」
「ブルァッ……ダアァースッ!」
縦方向に伸び上がりながら、叫び出す。
「……大丈夫けぇ?」
「うぇへっ……大丈夫……大丈夫です……が、決めました! 私! 皆さんに! この世界を! 直接! ご案内します! よろしくお願いします!」
強い興奮が見られる。
いや、軽く中枢の働きを分析してみたところ、ヒト種が陶酔、抗不安作用、多幸感を得ている状態に近い。
「えっと……全然喜んで歓迎だけど……ここの管理はどうするの?」
「大丈夫です! あちらにツノ爺さんが居るので、問題ありません!」
「ツノ爺さん?」
「あ……マロリー様、ツノ爺さんの体を治して貰いたいのです」
先ほどの『あの件』というのは、この事であろうか。
「この世界では、遠隔での微細な能力使用が難しい。出来るだけ、近くに案内して欲しい」
「はい! ありがとうございます! こちらで……へぶ!」
扉に勢い良く衝突し、縦方向に延びる。
「ロックされている」
「そうでした! 鍵掛けてました! こちらです! ありがとうございます! スパシィバ! グラッシアス! うぇへっ……イィィイヤッハー! あ、この叫び、どうでしょう? 地球の知識で喜びの叫びとありましたが!」
これは流石に、テンションが上がり過ぎではなかろうか。
まさか、青の砂漠の王達と似たような症状、もとい健康を得てしまったのであろうか。
再度、チーズさんと紅茶の成分を分析してみたが、原因不明。
「ん……えっと……イケてるよ? い……いぃやっはぁー……」
「クロちゃん、もっとこう……イィー、ヤッハー! だよ」
「いや、そこはどうでも良いのにゃ」
「なんや、ウチ……変なもん混ぜちょったけぇ?」
「分からんにゃ。丘の上で料理を作った時に気づいたが……成分分析が、少し曖昧になってしまうのにゃ」
やはり、この世界の構成要素と抑制システムの影響なのか、センサーも能力も、思ったようには働かないようだ。
一応、白い神の構成要素と赤い神の所持品を分析して、この世界に適応するように、色々と調整してはいるのだが。
「うん。この世界の抑制システムは、ニャマコが知ってる旧バージョンより、ずっと強力だよ。私が何をしても、どんなに失敗しても壊れないようにって、ニャマゴロー達がすごーく頑張ってくれたから……結構融通が利かないんだよねぇ……」
なるほど。赤い神の能力を完全に抑制し得るのであれば、私如きではどうにもならないのであろう。




