3-25 過剰な強化――パストラミ風サーモン
ありがとうございます。
虹の橋を渡ると、絵に描いたような芝生が広がる、小高い丘の上であった。
眼下には、紅葉中の落葉樹林であろうか、鮮やかな赤や黄色に色づいた木々と、それを縫うように伸びる街道らしきものが見える。
「うわぁ……ちょー綺麗……」
「……んだなぁ」
「ファンタジーって感じじゃないけど、なんかイイね」
小鳥や小さな虫、機械のようなモノは所々に見られるが、地球的ファンタジーなモノは見られない。
いや、機械の反応は少し該当するかもしれない。これは、ニャマコに似ている気がする。
「ふむ……生物の反応が少ないにゃ」
「うん。虫とか……これは、鳥の感触かねぇ?」
「ん、人は居ないのかな?」
「うん。でも、あの街道を進むと、ヒト種がたくさん居る街があるよ。そこの小屋で身分証貰ったら街に入れるから、見に行ってみようか」
丘の麓には、赤い三角屋根の小屋が二棟連なっている。
身分証を貰うという事は、管理者側の協力者であろうか。
「ふむ、この辺りの管理施設かにゃ?」
「うん。管理って言っても、芝生と街道の管理だけどねぇ」
芝生も街道も、地球の公園や観光地のように整備されている。
「ん、あの小屋には人が居るね。でも、この感じ……なんだろ?」
「うむ。生体反応が弱いヒト種が一人と、お主の知識には無い『丸いの』がおるにゃ」
「丸いの?」
この反応、私は知っている。
丸くて緑色の、あの種族であろう。
「うん。その子は、マリモさんと同じ種類の生き物だよ。見た目は、羽根の生えた小さなマリモさん……かねぇ」
「ん、マリモさん見た事無いけど、なんとなく分かったかも」
黒い神が頷くと、背中の羽根も羽ばたく。
「黒いの。その羽根はそのままで良いのかにゃ?」
「ん、大丈夫」
気に入ってもらえたらしい。が、このままでは不完全過ぎる。
「待って。少し、仕様変更させて欲しい」
実用に耐えるよう改善しなければならない。
羽根の生えたヒト種を参考にしているが、この重量で三対も生えた者は存在しないため、能力で補っている。
しかし現在、能力の活用部分が非効率過ぎる状態。
能力といくつかのツールを用いて再び改造。
なんだろうか。私の管理者能力が非常に不安定。部分的に発動したり、しなかったり、強過ぎたり、弱過ぎたり、何が原因かは分からないが、不規則で非常にやりづらい。
「ん……軽くなったかも」
「能力が使い難い……でも、機能に問題は無いはず」
「大丈夫。自然な感触だよ」
「追加した機能は、使わない時に収納される機能と、腕の代わりに使える機能」
「あ、ホントだ……こうかな?」
一枚だけ羽根を使って、ニャマコを抱え上げる。
そのまま何度かシェイクさせると、手と羽根を交互に使って、お手玉のように宙を転がし始める。
「ふむ……これはどうかにゃ?」
「ん……軽くなった? と思ったら……重い!」
黒い神の頭の上で重量を増しながら、同時に体積も増やしてゆくニャマコ。
全ての羽根と両手を使って支えるものの、片膝をついて重量上げのような姿勢で震えている。
「……筋力も必要?」
「ん、お願いしたいかも……」
急激な筋力増加で違和感を覚えないように、神経の処理も改良しつつ、全身バランス良く強化してゆく。
原因は不明ながら、今回は能力が安定している。
せっかくなので、未だに不完全な身体機能も修正してゆく。
少し、やり過ぎた気もする。
多少バランスが取りづらいかもしれない。が、すぐに慣れるはず。
「……どう?」
「あ、ありがと。軽くなったよ」
「ふむ……これはどうかにゃ」
ニャマコが、徐々に上半分をクラゲの傘のように変形させてゆく。
重量バランスを変えて重心移動させているようで、ふらつき始める。
しかし、黒い神もすぐに適応して、微細な動きで安定させてゆく。
「ん……よゆーかも。重心移動なら、感触で分かるよ」
「ふむ、ならば……」
跳ねるように浮かび上がったニャマコから、8本の砲身のような物が伸びる。
「いぇあー。bring it on」
手指と羽根を曲げ伸ばしして、挑発するような動きと共に、爽やかな笑顔を向ける。
「……失敗したら手を痛めるからにゃ、軽く行くのにゃ」
8本の砲身から、黒い神に向かって、硬質な楕円球体が同時に撃ち出される。
速度と回転は、それぞれ異なる。
「……取れた」
回転に合わせようと意識し過ぎたのか、いくつか羽根の向きが不自然な事になっているものの、意識的な細かい挙動自体は問題無いようだ。
「ふむ……流石は先生の改造だにゃ」
「ん、成功報酬は?」
「……ほれ、懐かしのプリン饅にゃ」
「わーい。懐かし過ぎてうろ覚えだけど……あれ? あ、そっか。思い出したって事?」
「……いや、お主の記憶を精査して、欠けた記憶を補完してみたのにゃ」
「ん……うまっ。ヤバうま。ナニコレ……」
「にゃ?」
黒い神がプリン饅を口にした直後、膨らんで浮かんでいたニャマコが、しぼみながら落ちて行く。
「ん?」
「……感覚の同期が強過ぎるのにゃ」
なるほど。おそらく――、
「改造の影響で、一時的に、味を強く感じる状態になっているのかと」
思われる。
「コレ、ヤバイね。こんなに食欲出るなんて、初めてかも」
「慣れると、普通になる」
あくまで、一時的な副作用のようなモノ。
「んだば、今のうちに黒姐が好きなもん、たくさん作ったら良さそうやけぇ」
「うん。ちょうどイイから、食事にしようかねぇ」
赤い神が、芝生の上に長いテーブルを生成する。
「うむ。今の味覚の状態なら、海鮮丼、味噌田楽、ザッハトルテ、プリンかにゃ。まぁ、味のバランスが――」
「ウチが合わせるけぇ、ニャマコ兄さんが良さそうなもん選んでくれたら、大丈夫やけぇ」
食欲が出たのは喜ばしい事。
「ん、先輩のおかげで、あっ――」
振り返った際に、ニャマコが撃ち出した弾丸に足を滑らせる。
すぐに姿勢を制御しようとするものの、強化された脚力の扱いに失敗し、勢い良く倒れ込んで来る。
私の手をクッションに改造。地中に土台を造り、私の足と土台を結合する。
受け止める。
「んぶっ!」
「…………」
どちらもダメージは無いものの、私が顔面ブリッジになった。
「あ、ごめん……」
無意識的に、かつての黒い神の不具合に関して、後悔が鬱積していた可能性が高い。
改造に気合いが入り過ぎたようだ。
ヒト型永命種にしては、異常な筋力になっている。
「キニシナイ。強化し過ぎた。ごめん」
「ん、キニシナイ」
私の平坦なイントネーションを真似したようだが、満面の笑みであるため、ギャップを感じる。
「お主ら、何をしておるのにゃ?」
「食いもんたくさん作ってみたけぇ、皆で食わんね?」
起き上がると、丘の上の草原が、野外立食式の豪華なパーティー会場のようになっていた。
相変わらず白い神とニャマコの食品生成が早過ぎる。
花瓶やテーブルクロス、食器類の装飾には、赤い神の独創性を感じる。
ヤバちゃんのオススメスポットが褒められて、対抗心が芽生えたのであろうか。
「うん。忘れられちゃったドラゴン料理もあるよ。できれば、一口食べて欲しいねぇ」
「ん、完全に忘れてたよ」
なるほど。スルーされた想いが、デザインに反映された、という事か。
「……はい。薄く切ってあるから、こうして何枚かまとめて食べると美味しいよ」
フォークに刺して渡されたドラゴン料理は、見た目、妙に鮮やかな色合いのパストラミビーフ。
「あ、コレ、知ってる味かも。匂いはミックスジュースだけど……」
「ふむ……この味覚は、スモークサーモンかにゃ?」
「ん、そんな感じ」
私も食してみたが、確かに臭みの無いキングサーモンのような味わい。
歯ごたえは強いが、コクも強い。
「味がしっかりしちょるけぇ」
「ん、ドラゴンのお肉って、美味しいんだね」
「うん。ドラゴン討伐、興味持ってもらえたかな?」
ドラゴンというのは、例のモンスターなのであろうか。
であれば、ヤバちゃんが管理上必要で置いた物を、破壊する事になる。
「ん、ドラゴンはいっぱい居る感じ?」
「うん。普通のドラゴンはいっぱい居るけど……退治する予定なのは、色の名前で呼ばれてる特別なヤツだよ」
「色の名前って? あ、味噌田楽ちょーうまい」
「レッドとか、ブルーとか」
「普通のは?」
「普通のは、そのままドラゴンって呼ばれたり、全然違う名前だったり……小さいドラゴンは、意訳変換だと大トカゲって変換されちゃうくらい小さいよ」
「コレは?」
フォークに刺したドラゴン料理を指差す。
「これはシードラゴン。漁師さんの獲物だよ」
「漁師って……お母さんの感触イメージだと、なんか強そうだよ?」
「そうだねぇ。形にすると、こんな感じらしいよ」
二人の間に、鋭い棘を持つトカゲの頭から、東洋の龍に似た長い胴体が生えたフィギュアが現れる。
「なんや、顔がウチの母さんに似ちょるけぇ」
「うん。ごめん。ただのイメージだから、顔は本物とは違うはずだよ」
ドラゴンのイメージで思いついたのが、山トカゲ――白ママだったのであろう。
「ん、似てたら倒し難いよね……」
トカゲ系統の顔は、イマイチ見分けがつかないが。
「でも、直接見てみないと分からないからねぇ……とりあえず、街で情報集めだよ」
「ヤバちゃんに聞いてみたら?」
「や、それだと冒険にならないよ」
「そっか」
「ふむ……その前に、身分証とやらを貰わなくて良いのかにゃ?」
「……忘れてたよ。身分証無しで街に侵入したら、逮捕されちゃうねぇ」
冒険者になる前に、犯罪者になってしまう、という事か。




