3-24 改造進化――仮想を切り裂き、幻想を開く
ありがとうございます。
「――それじゃ、ゲートに案内するねぇ」
フィンガースナップと共に、周囲の景色が変わる。
目の前には、台座に刺さった地味な両刃の剣が見える。
事前調査では、これには隠蔽処置が施されているものの、接触によりゲートが生成される事は判明している。
「ん? ナニコレ?」
「うん。そこに刺さってる剣、抜いてみるといいよ」
「ん……なんか、イイね。勇者って感じ」
勇者というか、アーサー王。
「いや、抜かなくても触れるだけで起動するのにゃ」
「……ニャマコ、演出は大事だよ」
「うん。私も頑張って造ったからねぇ。その剣に選ばれた人が王様になるんだよ。触っただけじゃ、ダメかもねぇ」
アーサー王の伝説になぞらえているのは分かるが、王になってしまう機能とは、なんなのか。
「ん、王様もアリだよね」
「ふむ……先生。そんな仕組み、あったかにゃ?」
「分からない。ニャマコが気づかないなら、私はもっと気づかない」
事前調査では、まともな空間認識すら不可能な異世界らしき場所に飛ばされてから、体感で数秒後に強制送還されただけ。
「うん。ニャマコは体を更新しないと無理だねぇ。先生はシロちゃんと私、選ぶならどっちが――」
「白い神」
なんのために選択するのかは分からないが、この二択であれば考えるまでもない。
「早いねぇ……うん。シロちゃんに負けても、もう悔しくないよ」
「ん、白姐だからしょうがないよね」
「だよねぇ」
既に、洗脳済みであろうか。
管理者にはライ種の魅了など効くはずもないが、白い神のそれは能力などではないため、防ぎようがない。
白い神は、いつも通りの微笑を浮かべて、佇んでいる。
「……なんなんにゃ」
私も、既に女神の手で撫でられているため、気持ちは良く分かる。
かつて、一応は、不具合の修正を専門とする管理者であった。しかし、このような不具合は白い神以外に前例が無く、分析も及ばず、原因不明。
当然、修正も不可能。
白い神が、こちらを見ている。微笑んでいる。
「…………」
なるほど。そもそも修正する必要が無い。
そう。これは不具合ではなく、神聖なる女神の慈愛であり、恩寵。
全てを癒す尊い祝福であり――、
「……私も、そろそろマズイかもしれない」
「ふむ……」
些細なやり取りをしているうちに、既に黒い神が剣の柄に手を伸ばしていた。
「いくよー!」
両手で柄を握った黒い神は、どこかに転移する様子も無く、ただ懸命に抜き取ろうと踏ん張っている。
「……うん。ダメみたいだねぇ」
「ん、残念……」
「次は、シロちゃんがやってみると良いよ」
「なんや、ウチが抜くんは簡単やけぇが……ウチが抜いたら黒姐の練習にならねぇでなぁ」
練習、とはどういう事であろう。
「……だよねぇ。シロちゃんには、簡単過ぎたかもねぇ」
「ふむ、なるほどにゃ……ただの能力テストだにゃ」
「あ、ホントだ……なんか変な感触すると思ったら、めっちゃ日本語の解説付きだった……」
どうやら、感触で抜き方の解説を読んで、その通りにする事で、管理者能力の上達度合いを測る仕組みになっていたらしい。
「うん。それじゃクロちゃん、もう一回やってみていいよ」
「ん……えっと、最初に鍵を作って……ここに刺して……くっついてる所を分解して……拡大で持ち上げる……っと」
「うん。正解だねぇ」
「上手く出来ちょったけぇ、エライなぁ」
「いぇあー」
それほど難しい内容では無かったようだが、とても満足げな表情で撫でられている。
さりげなくその隣に並んだ赤い神は、笑顔で待機している。
「赤姐も、エライけぇ。下の子に教えるんは、上の子の仕事やけぇなぁ」
「うん。私も、やろうと思えばできるんだよ」
なぜ、私を見つめるのであろうか。
なんとなく、赤い神の額の目覚ましを指で弾いて給電し――、
「……起動」
一瞬起動する。
「……痛いよ……」
ダメージは見られない。
「何事も、継続が大事」
「ふむ……激励、というヤツだにゃ。この調子で頑張るのにゃ」
激励のつもりは無かったが、そういう事にしておく。
「うん……頑張って、クロちゃんに教えるよ」
「ん……っていうかコレ、どうしたらイイの?」
黒い神が、軽い動作で剣を振る。
「うん。どうしようかねぇ? せっかくだから、先生にお手本を見せてもらおうかねぇ」
未だに、私に視線を固定している赤い神。
黒い神が、私と赤い神を交互に見る。
「ん? 良く分かんないけど……先輩のカッコイイとこ、見てみたいかも」
「……了解した」
改めて手持ちのセンサーで剣を分析してみたところ、隠蔽は解除されており、先端を加熱して振り下ろすと作動する、何かしらの仕組みがある事が分かった。
しかし、格好良さというのは良く分からないため、とりあえず、黒い神が好みそうな派手な演出を入れてみる事にする。
「先生、大丈夫かにゃ?」
「……要件は満たせる」
まずは挿入により、剣の先端を加熱する。
そして、その周囲に乱雑にささくれた真空の膜を作り、内部に指向性を持たせた多色の発光を伴う、燃焼反応の見た目を模したプラズマを維持。
そのまま途切れなく続けながら、空に向かって引き伸ばすように追加。
「ん……ナニコレヤバイ……ちょーカッコイイ……」
想定通り、黒い神の評価は高い。
「黒い神、コレ、持って」
「……イイの? ありがとう」
最後の工程は、主役にお願いしたい。
黒い神の手に、長大な炎と光の剣を握らせる。
ついでに、黒い神のローブの背に少し穴を開けて、三対の大きな羽根を生成。
ただ、黒い神の筋肉、及び神経に合わせるとなると、形状が少し禍々しく見えるかもしれない。なるべく地球人的感性でマトモに見えるよう、デザイン性を考えなければ。
「……ジャンプしながら、振り下ろしてみて」
何も、思いつかなかった。
とりあえず、表面を羽毛のような物で覆い、黒艶を出してゆく。
この羽根は、肉体を延長したオモチャ。意識した方向に向かって、体を持ち上げるための改造。
おおまかには、黒い神の運動制御に能力を誘発させる処理を挟み、羽根周辺の空気の運動量を調節し、体を持ち上げる。
荒くナンセンスな演出用。
「えっと……先輩? なんか、浮いてるんだけど……」
「行きたい方向に、歩こうとしてみて」
「ん……やばーい……ちょーとんでるー」
口元は笑顔だが、全体的な表情が呆けている。
「ふむ、黒いのには似合うかもにゃ」
「大したもんやけぇ。赤姐も、こういうんできるんかなぁ?」
「うん。ニャマゴロー達に手伝ってもらえばできるけど、一人じゃ無理だねぇ」
思ったよりも、高い評価を頂けた。
「よーし……それじゃ、いくよー」
「キメ台詞は?」
「ん……どうしよ。えっと……黄金を奏でる……静謐なる駆動……仮想を切り裂き……幻想を開け……神剣! ソード・オブ・マロリー!」
剣を製造したのは赤い神だが。
振り下ろす動きに合わせて、極小のプラズマで構成したエフェクトを入れておく。
背中の羽根に合わせて、舞い散る羽を模してみる。
剣が振り下ろされると、前方に違和感。
「虹……生えちょるけぇ」
剣で斬ったというのに、そのイメージにそぐわない物が現れた。
「ん? あ、ビフレスト……かな?」
「ふむ、虹の橋だにゃ」
「……もっと、空間の裂け目みたいになるのかと思ってた……」
ビフレストとは、北欧神話に登場する世界を繋ぐ橋の事であろう。
この橋を渡っていけば、世界を渡れるという事か。
「や、振り下ろすのは合ってたけど、斬る感じじゃなくて、道を指し示すイメージで作ったからねぇ……」
なるほど。私が、読み間違えたようだ。
「ごめん。私のミス」
「ううん。斬る方がイケてるし、全然アリだよ」
「そうだねぇ。これは、私がイケてなかったよ……」
なんとなく、赤い神の発想と食い違った事には、安堵感を覚える。
「それより、先生とワシの体を更新してもらっても良いかにゃ?」
「うん。シロちゃん、先生の体をクロちゃんみたいにできる?」
「できるけぇが……すぐには馴染まねぇでなぁ」
つまり、あの世界の構成要素に干渉できる体に、変質させるという事か。
変質速度が問題なのであれば、自ら変質、改造する事でいくらか補える。
もちろん正常な同化とは異なるため、白い神の分体による保護は得られないのであろうが――、
「だいたい問題無い。要件は満たせる」
と、思われる。
「そうけぇ? んだば、分体の素だけ渡すでなぁ」
「ありがとう」
受け取った白い塊を分析する。
黒い神と自分の体の構成要素の差分を取り、それを埋める形で白い成分を自らに結合、及び変質してゆく。
ついでに、赤い神のローブを参考に、黒い神のローブセットや中身、羽根、私の服や端末なども変質させておく。
「ん……今、先輩何かした? ローブの感触が、お母さんのみたいになってるけど……」
「そのままでは、全裸に見えるかと」
「あ……そっか、ありがと」
着ている感覚はあっても、あちらの世界の光が透過するなら、透明な服になってしまう。
「うん。ニャマコも、これで大丈夫だよ」
「うむ。お主の額の奴も、変えておくのにゃ」
「……うん。忘れてたねぇ」
故意に忘れていた可能性がある。
「ん……それじゃ、出発でイイのかな?」
「うん。虹の橋を渡ると、ヤバちゃんのオススメスポットに出るはずだよ」
「それって……空の上とか、土の中とか、屋根裏とかじゃないよね?」
「うん。地球みたいな惑星の地上に出るよ」
「そんな場所に出るのは、黒いのだけだにゃ」
この空間から、まともな場所に出るのは初めてではなかろうか。
いや、地球の『剣と魔法のファンタジー』が再現されたような世界は、まともな場所とは言えないか。




