3-23 大きな苦痛の無い世界――抑制された抑制されない世界
ありがとうございます。
「大丈夫やけぇ。赤姐はなんも悪くねぇでなぁ。赤姐は、壊れたもん直しちょるエライ子やけぇ」
あからさまな甘えにも、白い神の手は慈愛に満ちている。
「うん。直すだけじゃなくて、すごーく強化してあるから、もう消えたりしないよ?」
「ふむ、なるほどにゃ。あの世界の構成は、抑制システムをアップグレードした結果かにゃ?」
「ん? 抑制システムって?」
前にも、どこかで聞いた気がする。
「お主に分かりやすく言えば、過剰な力を世界の外に逃すシステムだにゃ。例えば、お主らが全力で能力を使い、世界を火の海に変えようとしたなら、そこの焚き火くらいの火力で頭打ちになるのにゃ」
ニャマコのネコミミは、放置されたマンガ肉――ドラゴン料理のグリルを示している。
「ん……爆弾作ったりしても?」
「ワシの知るバージョンでは、設定次第だにゃ。化学反応なら、発生した熱や運動量、電磁的な変化量の抑制度合いは、細かく条件指定出来るのにゃ」
なんとなく、エネルギーの物質への作用において、周囲の環境に合わせて、上限が設けられているようなイメージが思い浮かぶ。
具体的には、あらゆる作用に抑制判定を行う中継処理が介在しているようなイメージ。
「んだば、ウチの護りみてぇなもんかなぁ?」
「うむ。生物の感覚も調整できるからにゃ。同じではないが、似たような事は出来るはずにゃ」
白い神の護りは、エネルギー量をそのまま逃すというより、吸収してから変質させて吐き出すイメージに思える。
「お母さんが造ったの?」
「いや、赤いのと、ワシら補佐役全員で造ったのにゃ。赤いのがやり過ぎる前提で、それをカバーする手段を研究し続けた成果だにゃ」
過剰さを嫌いながら、自ら過剰にやらかしてしまう黒い神にとっても、非常に有効なフォロー手段に思える。
「うん。それの最新バージョンがヤバちゃんの世界に適用できたから、クロちゃんの能力練習にもちょうどイイかなって」
「ん、イイと思います」
練習に対する意欲より、ファンタジーに対する意欲を感じる。
「先生に怒られたからねぇ……ヤバちゃんの世界で冒険者っていうのになれば、モンスターといっぱい戦って、能力の応用力もつくはずだし……」
私のせいなのか。
ファンタジー世界におけるソレは、管理者の業務に必要なのか、どうなのか。
「冒険者……皆で冒険者パーティ、楽しそうかも」
ゲーム的に考えるなら、私以外、これ以上無い強力な面子に思えるが――、
「魔法使いしか居ない」
という、かなり尖った編成になってしまうような。
「ん、魔法縛りだね。面白そう」
「うん。クロちゃんが楽しめそうなら良かったよ。早速だけど、案内してもイイかねぇ?」
「ん、行こう。早く行こう」
「世界ごと自滅したような危険な奴らがおるのを、忘れてはおらんかにゃ?」
「そうだった……でも、白姐が護ってくれるし、大丈夫だよね?」
「うん。それに死んじゃっても、ヤバちゃんの教会で復活できるよ。そこで素材になる物さえ納めれば、誰でも何でも、元通りになるからねぇ。現地の人も、寿命以外なら完全には死なないし、病気も少ないよ」
ファンタジーというか、ファンタジーゲームな世界、という事か。
しかし、ここに居る者に単純な死のリスクは、ほぼ存在しないため――、
「問題は苦痛の方」
だと思われる。
単純な不滅性だけでは救いにならないのが、苦痛を持つ生物。
痛みや苦しみと表現できる感覚自体、元から持たない生物も多い。
しかし、地球的なファンタジー世界であるのなら、それに相応しい感覚を持つ生物が多いのであろう。
つまり、黒い神の場合、『感触』による間接的ダメージも問題になる。
「うん。でも、あの世界の抑制システムは、嫌な感覚だけをすごーく減らしてくれるから、大丈夫だよ?」
「ん、最高だね」
この空間も、受ける感覚をある程度型枠に嵌めてしまう仕組みがあるが、あくまで仮想現実のような仕組みを介しているからこそ。
現実世界の生物全てに、そのような効果を及ぼそうとするなど思いつきもしない。
世界の根幹から手掛けていればこそ可能なのであろうが、その仕組みがどのような物であるのかは、曖昧なイメージに止まる。
それによる弊害は、いくつか具体的に思い浮かぶが。
「ふむ……つまりあの世界の生き物は、リスクをあまり感じずに、欲求に従おうとするわけだにゃ」
加えて黒い神が、社会通念のギャップに、著しい精神的疲労を感じる可能性も高い。
生まれつき感覚が異なれば、同じ生物種でも、常識、価値観、感情の動き、身体反応などが、外的要因に調整されない限り、別の生物種のようなモノ。
寿命以外の死や病についても、健常さを維持するための環境構築に強く関わる。
「んだなぁ。ちぃと、ややこしくなりそうやけぇ」
「うん。それはヤバちゃんも分かってるから、精神の制御関係で問題が多い地域には、悪いモンスターがたくさん生まれてくるんだよ」
煩わしい害悪が、自らの精神性から生まれるのであれば、それを自ら制御する努力もするはずであろう、という事か。
あるいは、大きな苦痛の代わりに、小さな苦痛をたくさん用意した、という言い方もできるか。
しかし、ある程度は効果が見込めそうではあるが、完璧に代替できるとは思えない。
「例外も、多いのでは?」
「そうだねぇ。先生とクロちゃんから見てちょっとおかしな人は、そこそこ居るかもねぇ」
私から見てちょっとおかしな人というと、赤い神が該当する。
赤い神がそこそこ居る世界には、行きたくない。
「ん……でも、あんまり苦しくならなくて、死んでも復活できるんだよね?」
「うん。私も少し見てきたけど、問題なかったよ。最高に苦しくても……このクロちゃんの目覚ましくらいかねぇ」
赤い神の額には、未だにミニニャマコが結合されている。
「……アレ、結構キテたよ?」
「こやつにとっては、大した苦痛ではないはずにゃ」
「もうコレ、取ってもイイかねぇ?」
「イイけど……似合ってるよ?」
「や、そんなに純粋に言われると……」
どうやら、赤い神の『感触』は、黒い神が本心から言っていると判定したようだ。
拷問用アクセサリーが似合う、か。




