3-21 ゲートの調査結果――女神の手
ありがとうございます。
グソクさんは、無事に戻ってきた。
しかし、残念な事に、ゲート調査は断念せざるを得なかった。
ゲートを見つけるまでは問題無かった。が、その先がなにやら良く分からない事になっていた。
「ふむ……ワシらが知らない世界に繋がっておるのは予想しておったが、まさかワシらが知らないモノで出来ておるとはにゃ……」
「分かった事は……観測機が存在する事。ミニニャマコが存在できる事。時間の進み方がホームと一致する事。私達には干渉できない事。後は……表現が難しい」
ゲートの先には、確かに空間らしき物が存在していた。
しかし、そこには物質と呼べる物どころか、まともに干渉可能な構成要素が存在しなかった。
もちろん、何も無いわけではなかろうが、私達にとって真空よりも遥かに無に近い状態、と言ったら良いのであろうか。
どのような手段を用いても、ザルで水を掬うような物であった。
「うむ。簡潔に表すとおかしな事になるが、ワシらの知る素粒子ではない素粒子と、ワシらの知る空間ではない空間で構成されておるのにゃ」
「とりあえず、これ以上調べるより、赤い神を問い詰めた方が早い」
私の思考を読んだグソクさんが、赤い神の額に飛び付く。
結合されたままになっている目覚ましマイコンは、給電さえすれば起動できる。
「ふむ、最大出力でかまわんからにゃ」
「出力上限だけなら、私でも改造できる」
「うむ。前の十倍辺りから始めるかにゃ。尋問は、最初のインパクトが肝心だからにゃ」
赤い神が、勢い良く立ち上がる。
「待って! 起きてるよ! 起きてます! おはようございます!」
起きているのは知っている。
会話に入るタイミングを伺っていたようなので、きっかけを作ろうとしたところ、ニャマコが小芝居を挟んできただけ。
「おはよう」
「おはようにゃ」
「……うん? 元気無いねぇ?」
ノリを合わせる役は、黒い神にお願いしたい。
昨日は、うな重セットの美味しさにテンションが上がってしまったが、今はゲートの件が気になる。
「私は、元からこういうテンション」
「ワシも、いつも通りだにゃ」
「……うん。クロちゃん達を起こそうかねぇ」
私達だけでは、物足りないのであろうか。
フィンガースナップに合わせて、焚き火と巨大な串焼き肉が生成される。
その見た目は、いわゆるマンガ肉。
「これは……観賞用?」
「や、ちゃんとした郷土料理だよ。でも、この空間に合わせて再現したから、味は保証できないけどねぇ」
焚き火に炙られるマンガ肉から、芳ばしい匂いが立ち昇る。
気流を操作しているのか、眠る白黒二人の方へと煙が流れてゆく。
「……ん、イイ匂い」
「……んだなぁ。面白ぇ匂いやけぇ」
焼けた肉の匂いであるのは間違い無いが、妙に甘い香りが混じっている。
果物のようだが、どの果物か判然としない不思議な香り。
「うん。二人には、どんな匂いに感じるかねぇ?」
「ん、美味しそうだけど……」
「なんや、良う分からねぇ匂いやけぇ……」
確かに、表現に困る匂い。
ありとあらゆる果物を煮詰めて、臭みだけを取り除いた匂いと言ったら近いであろうか。
「うん……一応、皆が食べられる成分で作ったんだけど……」
「見た目はイケてるよ。食べられるマンガ肉って、初めて見たかも」
成分は、アミノ酸が豊富に含まれ、食用肉としては高いクオリティに思える。
「や、似てるかもしれないけど、フィクションの料理じゃなくて、ちゃんとしたドラゴン料理だよ」
「……ドラゴン?」
「うん。ドラゴン」
「えっと……こういう……恐竜みたいな?」
黒い神が、自らの頭を指差して『感触』による読み取りを促す。
「や、もっとカッコイイ感じだよ。こんな感じ……」
赤い神も、同じように返す。
「うわぁ……ちょーカッコイイ。リヴァイアサンって感じだね」
先ほどまでの、寝起きらしい穏やかな雰囲気は消えている。
「うん。クロちゃんは、ファンタジーなモンスターとか好きだよねぇ?」
「ん、ちょー好き」
好きどころか、自ら製造している。
おそらく、マニアというカテゴリーを越えている。
「うん。剣と魔法のファンタジー世界って、面白いよねぇ」
「ん、ちょー面白い」
信じ難いが、この話の流れは間違い無く、ゲートの先へと繋がっているのであろう。
「ふむ……なるほどにゃ。つまり――」
「ファンタジー世界を創った?」
という事か。
「や、私じゃなくて、友達が創ったんだよ」
なるほど。あのファンタジー庭園のイメージソースは、その友人から得た、という事か。
「……お母さん……友達居たんだね……」
「うん……あの……シロちゃん。私とシロちゃんは、もう友達だよねぇ?」
「んだなぁ。んだけぇが、赤姐より、黒姐の方が寂しそうやけぇ……」
おそらく、信じていた相手に裏切られたような心境なのであろう。
しかし、保護者のような白い神やニャマコはともかく、少なくとも私は友人であったつもりなのだが。
私の方が、ショックなのだが。
「黒い神にも居るはず」
「ん……?」
「…………」
なぜ、私までダメージを受けなければいけないのであろうか。
かつて、彼女が身体機能を患っていた頃に、何もできなかった罰、という事か。
「……なんなんにゃ」
「んだなぁ。んだけぇが……」
他者の思考を、直接知る手段を持つ管理者が三人。
それぞれがすれ違い、落ち込みながらマンガ肉を囲む絵面は、さぞシュールに見えるであろう。
「ふむ……とりあえず、黒いのは先生の思考を読むのにゃ」
「あ……そっか……ごめん。先輩、めっちゃ友達だった」
「こちらこそ、ごめん……体の修正、できなかった……」
「修正? あ、大丈夫だよ。アレ、どうにもならなかったと思うし……」
「…………」
自ら機能制限を課していた以上、修正すべきは機能よりも、その心に空いた穴の方であろう。
例えあの世界の制約を超えて、何かしら強引な手段で機能面を修正したとしても、それで万事解決とするのは憚られる。
しかし、直接的な修正云々よりも、それ以外の努力を怠っていた事が問題なわけで。
「……でも、それならお母さんにも、一人くらい友達が居てもおかしくない……のかな?」
「や、たくさん居るよ?」
「…………」
黒い神が、胡乱な目つきで赤い神を見る。
「シロちゃん……」
白い神に、懇願するような視線を送る赤い神。
白い神が、赤い神の頭を撫でる。
ライ種がヒト型種族の頭に触れるのは、脳の活動状態を調べながら、精神を整えるため。
黒い神も、無言で白い神に近づいて行き、撫でられる。
気づいた時には、私も近づいていた。
「……なんなんにゃ」
女神の手は、神聖な慈愛に満ちていた。




