3-18 ふわとろ蒲焼き――まさにその通りだが
ありがとうございます。
「ただいまー」
「ただいまー、やけぇ」
「ただいまにゃ」
誰に言うでも無いが、帰宅の挨拶が始まってしまったため、私も訪問の挨拶をしておこう。
「お邪魔します」
「よく来たねぇ。ゆっくりしていってねぇ」
なぜか、赤い神までついて来ている。
直轄世界が凍結されたままになっているはずだが、良いのであろうか。
「赤いのは、呼んでおらんはずにゃ」
「や、ここ創ったの、私だからねぇ」
「ん、お母さんはどうでも良いけど……先輩に、おもてなししなきゃだね」
「…………」
「赤姐、気にし過ぎやけぇ」
娘に蔑ろにされた赤い神の目尻に涙が浮かんだ瞬間、その口に白い飴玉が差し込まれる。
「うむ。白米と味噌汁でも良いかにゃ?」
ドリンク系かと思いきや、食事のメニューであった。しかし、これはありがたい。ニャマコの日本食の再現度合いは、直接確かめてみたかった。
「あ、あのウナギも……ニャマコ、作れたりする?」
「ふむ……完全には成分分析しておらんし、記憶のイメージが少し弱いのにゃ。多少違う味になるかもしれんにゃ」
おそらく、ニャマコの言う多少の違いは、後で実物を食べても、私達には気づけないレベルだと思われるが。
「んー……前のやつ、古いけど少しだけ――」
「ウチが取って来るけぇ」
「残ってるから……って、もう行っちゃった?」
取って来ると宣言した時には、既に消えていた。
湿地帯のどこかの分体から、受け取って来るのであろうが――、
「取って来たけぇ」
やはり、移動の動きを捉えきれない。
「ん、おかえり。先輩、今の何秒だった?」
「消えた事を確認してから、2秒未満」
「ありがと」
「白い神、ありがとう」
だらりと宙に浮かぶウナギを背景に、白い神が柔らかく微笑む。
「ワシの方も完成したのにゃ」
「ん……ニャマコタツだね」
私のコタツを真似したのであろうか。
ニャマコがその身の一部を変形して、床とコタツを形成している。
漆塗りのような艶のある天板と、濃紺のコタツ布団に高級感を感じる。
「白いの。ウナギをこのタレと合わせて、かまくら焼きと同じように、加熱してもらえるかにゃ?」
「やってみるけぇ」
寸胴鍋のような物に入った濃い褐色のタレに、宙に浮かんだウナギが投入される。
器用な事に捌きと漬け込みと加熱を同時に行ったらしく、再び浮かべられた時には、既に巨大な蒲焼きのような見た目になっていた。
「ん、ちょー美味しそう」
「先生、うな重の器というのは、これで合っておるかにゃ?」
「だいたい合ってる」
うな重の器――丼重に蓋は無いようだが、赤みがかった黒い漆塗りが、白米の白を引き立たせている。
「赤姐も、こっち座って一緒に食わんね?」
「うん……私の分もあるんだねぇ……」
「ニャマコ兄さんも、黒姐も、からかっちょるだけやけぇ」
赤い神の半泣きは、本気で悲しんでいるというより、白い神に甘えたいアピールに見える。
「盛り付けは、こんなもんかにゃ。山椒の出来は分からんから、味見してからの方が良いにゃ」
「ん、ありがと。それじゃ、いただきます」
黒い神の隣で、赤い神が動作を真似する。
「いただくねぇ」
「いただきます、やけぇ」
「いただきます」
箸を通すと、皮の弾力がいくらか強いものの、タレの染み込んだ身は柔らかく、ふわりと芳ばしい香りが立ちのぼる。
口に運ぶと、優しい甘さとコクのある脂が、溶けるように広がってゆく。
身の大部分が、解れやすく柔らかい。しかし、皮に近い部分の食感は、焼肉の特上カルビ――三角バラと呼ばれる部位に似ている。
これはウナギではないが、これほど美味なウナギ料理を食べたのは、そこそこ長い日本暮らしの中でも記憶に無い。
もっとも、私の味覚はサンプル提供されたアメリカ人の味覚データが基になっているため、日本人の感じる美味しさとは多少違うのかもしれないが。
「ん、ふわとろだね」
「ふわとろだねぇ」
確かに、総合的にまとめてしまえば『ふわとろ』と言っても差し支えないかもしれない。
いや、とりあえず、端的に感想を述べるのなら――、
「最高」
であろうか。
「んだなぁ」
「うむ。先生に喜んでもらえたなら、作った甲斐があったのにゃ」
ウナギも白米も一級品、それを上等な丼重と箸で食し、さらにお吸い物と香の物まで付いてくる。
これほど贅沢な日本食に喜ばないような感性であれば、そもそも日本の食文化に馴染めず、帰化する事も無かったであろう。
「ニャマコが、黒い神の補佐役で良かった」
「ん、私も良かったかも。ニャマコと白姐が居なかったら、私の食生活が壊滅……っていうか、まともにご飯食べてない気がする」
「ふむ、お主は一度気にいると、同じ物ばかり食い過ぎなのにゃ。たまには他の物も……」
「ん? あれ?」
ニャマコが、話している途中で急に言葉を途切れさせる。
同時に、なにやら悩ましげな顔で考え込む黒い神。
しかし、その口元には薄っすらと笑みを浮かべ始める。
「ふむ……かなり昔、お主と出会う前――いや、赤いのと出会う前、お主に似たような事を言っておった気がするのにゃ」
「ん……いっつも外食する時、言ってたよね」
徐々に、その笑みを深めてゆく。
「うむ……なるほどにゃ。道理で、日本の知識が妙に馴染むわけだにゃ」
「ふふっ。やっぱ、ニャマ――」
「うん。待って。先生、今の二人の思考、読み取ってた?」
赤い神が突然、何かに追い詰められたような顔でこちらを凝視しながら、いつもの語尾も付けずに力強く尋ねる。
「……目の前で、常に思考を見張り続けるのは失礼かと」
「うん。クロちゃんも……おーけー?」
赤い神が自らの頭を指差し、『感触』による思考の読み取りを促す。
「……いぇあー……ん?」
「うん。ありがとう」
眼力を感じる。
「……no worries……ん?」
黒い神の表情が不安定。これは、催眠であろうか。
つまり――、
「赤い神は、自白している」
という事か。
「や……何もしてないよ?」
一応、自衛のために現在の状況をグソクさん達が記録しているが、おそらくこれはただの小芝居であろう。
小芝居に乗せられるのは嫌いではないが、生憎と得意なわけでもない。
「黒い神が生まれた原因は、赤い神」
「うん。でも、管理者採用したから、もう大丈夫だよ?」
つまり、何かの手違いで生まれてしまった異分子を、責任を取るために引き取ったような形になっているのであろう。
「補佐役も調達」
「うん。クロちゃんのためだよ?」
確かに、ニャマコに関してはそう言えるかもしれない。
新任管理者の補佐役として必要性が高く、代替できる存在が見つからないため仕方なく調達。その後、調達してから長い間、赤い神の埒外な技術で時の流れを異常加速した直轄世界、もしくは『世界の外』で試験運用していた、という言い方もできる。
しかし、実際は自分の補佐役として、存分に有効活用していただけであろう。
「複数の同型機を確認済み」
「うん。私も、イイ感じの補佐役が欲しかったんだよねぇ」
「自白した」
「…………」
前回よりさらにスムーズな、実に流麗な土下座。
「なんや、赤姐。なんか悪い事しちょったんかなぁ?」
「情報の偽装を行い、他の管理者の管理対象生物を不正に利用した……が、私にはそれを誰かに報告する義務も、情報を修正する義務も無い」
「先生……」
こんな感じで良いのであろうか。
本気で心配する白い神に申し訳ないので、早めに切り上げる事にした。
もちろん、あくまでこれは小芝居でしかない。
「ふむ、ワシにもそのような義務は無いのにゃ」
「ん、私にも無いよ。たぶん」
「皆……ありがとねぇ」
「んだけぇが……悪い事しちょったんなら、ちゃんと謝ったら良いと思うけぇ。関係無くても、ウチも一緒についてくでなぁ」
まさにその通りだが、実際のところ責める者など居ないのであろう。少なくとも、私が謝罪されたなら何か別の意図――真意を疑い、全力で調査し、徒労に終わり、余計に迷惑を被る。結果、赤い神が『ちょっと変な人』という評価を得るであろう。
まさにその通りだが。
「白い神、誰も何も気にしていない。赤い神が、一人で舞い上がっているだけ」
「うん……先生は厳しいねぇ」
白い神が、優し過ぎるだけかと思われる。
「んだけぇが……赤姐は心が良う見えねぇでなぁ。本当に、大丈夫けぇ?」
「シロちゃん……ありがとう。シロちゃんは、本物の女神だよ」
その観点からすると、赤い神は本物の邪神。
「ん……白姐の凄さ、思い知るがよい……」
黒い神が、ローブから取り出した拳大もある白い神の飴玉を、赤い神に放り投げる。
「……うん。思い知ったよ」
地面に正座したまま両手で受け取り、頭を下げる。
親子揃って、うな重でテンションが上がっているようだ。
「……先生、香の物とお吸い物はどうかにゃ?」
「落ち着く味。うな重を引き立たせる脇役の凄さ、オモイシッタ」
「……無理に合わせる必要は無いのにゃ」
ニャマコの料理の素晴らしさを、私もテンションで示そうと試みたものの、恥ずかしさでカタコトのようになってしまった。
脇役は、無理に主張してはいけない、という事を思い知った。
ウナギ型生物の皮付近は赤身がかっており、実際、牛バラの赤身肉に近い。
皮にはアミノ酸が豊富で、噛むと旨味が滲み出す。ただし、地球人には難消化性の成分も多い。




