3-16 額から光線を出したくなる気分――紅茶をがぶ飲みしたくなる気分
ありがとうございます。
「紅茶作ったけぇ、座るとこ行かんね?」
「ん、ありがと」
「アレ美味しいよねぇ」
信号送信機に接続されたラインを取り外して、東屋に向かう。
赤い神の額に結合されたミニニャマコは、そのまま放置されている。
「どうでも良いが、送信機は取らんのかにゃ?」
「ん、ニャマコ型アクセサリー、結構カワイイかも」
「そうかねぇ?」
「んだなぁ。おでこに飾り付ける子らも、見た事あるけぇ」
「先輩、そういうの、なんて言うんだっけ?」
「ヘッドドレス、額飾り」
「そうそれ。ほら……こうすると光るんだよ」
黒い神が触れると、緩やかに明滅し始める。
「うん。そういえば、地球には額から光線が出る人、居るよねぇ。アレ、カッコイイよねぇ」
「ん、イイよね。『必殺のビーム』みたいなの、私も好きかも」
人というか、キャラクターであろう。
そのような兵器を標準装備した地球人など、銃規制の無い国でも厳しいと思われる。
「私も、やってみようかねぇ」
「ふむ、試すなら空に向かって撃つのにゃ」
「あ、アレ、マトになりそうだけど……いっつもだいたい浮いてるよね。なんなのかな?」
黒い神が指差す先には、恒星とは異なる光を放つ球体が見える。
この惑星には、所々にこの球体が浮かんでいるが、どのような存在かは不明。しかし、管理者共通の標識のような信号が放たれているため、スルーしていた。
「アレは、マリモ型管理者の観測機だにゃ」
なるほど、私がアクセスできない専用観測機、という事か。
「あ、マリモさんのか……それじゃ、マトにしたらダメだよね」
「そのマリモさんって呼び方、イイねぇ」
「んだば、アレに伝えたらマリモさんに伝わるんかなぁ?」
「うん。最近はたまに起きてるから、伝言があれば私が伝えるよ」
「助かるけぇ。ウチの妹探すんに世話んなっちょるけぇ、感謝くらいは伝えてぇでなぁ」
「うん。せっかくだから『必殺のビーム』で伝えるよ。こんな感じで――」
必殺では器物損壊だが、光線に信号を乗せて伝える、という事であろう。
揃えた指を額のミニニャマコに添えてから、斜め上に敬礼するように指し延ばす。
同時に、派手な赤紫色の波長を添えて撃ち放たれる、光の信号線。
「どうかねぇ?」
「ん、ちょーイケてるね」
「……なんなんにゃ」
居眠りの多い部下に対して、唐突に上司の額から放たれたのは、感謝の想いを込めた『必殺のビーム』。
どのようなリアクションを取るべきなのか、判断が難しいかもしれない。
「なんか飛んできちょるけぇ」
「あれは、小型の観測機だねぇ」
「ん、見えないかも……」
目視では厳しい距離を、ヒトの歩みほどのスピードで近づいて来る。
「端末で拾って来る」
やはりマリモさんは、かなりマイペースな気質のようだ。
ただの返信であれば、赤い神と直接通信すれば済む事。
何か、形有る物を受け渡すつもりであろうか。
「ん、先輩の端末、気になるかも」
「黒い神の好みには、合わないかと」
球体収納から、久しぶりに愛用の端末を取り出す。
この端末は意識を持っているため、愛用というよりは昔馴染み、と言った方が正しいのかもしれないが。
「ん……グソクムシ……かな? 昔、流行ってたよね」
確かに、一時期日本でもダイオウグソクムシが流行っていたようだが、当時のグッズはなかなか手に入らない。
流行は周期的に繰り返す事が多いが、残念な事に、未だその兆しは見られない。
「ちぃと先生の子らに似ちょるけぇ」
「ん、そうだね……めっちゃ三葉虫だったね」
「私の端末はカワイイ系。彼らはスマート系かと」
「そっか……」
残念ながら、黒い神には伝わらないようだ。
「ふむ、元の型式は赤いのと同じかにゃ?」
「そう。赤い神が発表した、死んだ生物の『根幹』を移植する系統」
「うん。ニャマコとニャマゴローの本体も、似たような物だねぇ」
「ん? ニャマコって死んでるの?」
「うむ。本体は一度死んでおるはずにゃ。まぁ、その本体が何者で、なぜワシらが『派生』したのかは、こやつしか知らんがにゃ」
「うん。隠蔽しておかないと、私が怒られちゃうからねぇ」
いかにも小悪党、といった顔つきを見せる赤い神。
「いつか解析して、内部告発してやるのにゃ」
「……ごめんなさい」
日本式の振る舞いが気に入ったのか、報告から知った猫人のアレが気に入ったのか、滑らかな動作で土下座をする。
「観測機、取って来る」
この端末は、ニャマコと同じく生物では無いが意識を持つ存在。
取り出した際には眠っていたが、先程目を覚まして用件を急かされていた。
軽く挨拶代わりに会話しつつ同期も行い、小型観測機の回収をお願いすると、軽やかに飛び立つ。
「ん、今の感触、結構好きかも」
「ふむ、電磁波の言語かにゃ?」
「そう。古いシーギ種の言葉」
最近のシーギ種は、他種族に合わせて音声言語を用いるようになったが、かつては電磁波によるやり取りが主流であった。
「なんて話してたの?」
「『面白い場所だな』とか、『ヒト種の仲間ができて良かったな』とか――」
「純粋なヒト種は一人もおらんがにゃ」
全ての端末が、私と同じ気質と、固有の気質を併せ持つ。今の端末――『1号機』は大雑把かつ繊細。客観的に見たなら、二面性の中に二面性があるカオスな人。
「ちぃと先生と似ちょったけぇ」
「ん、もしかして、家族みたいな感じ?」
「そんな感じ。端末になる前から一緒に居る」
いつも取り留めの無い話を、延々と聞かされる。
「ん……地球でも?」
「地球では『交代役』と入れ替わって、色々と調整して、世界の外に出ないと話せない」
「ふむ、この管理区域内なら、いつでも会話くらいできるのにゃ」
「随行許可が必要」
「うん。許可するから、告発しないで……」
声が足元から聞こえてきた。赤い神は未だに土下座を続けているが、私に向かって行う必要は無いはず。
視線を上げると、端末が戻っていた。
「あ、グソクさん……めっちゃ速いね」
「んだなぁ」
目視が難しい速度で飛んでいたものの、無音かつ無風、熱も発生しない。
戻ってきた端末は、半透明の膜に包まれたピンポン玉のような小型観測機を手渡してくれた。
「ふむ、白いのには及ばんが、優秀だにゃ」
この端末が、この大気環境で無音無風で飛行する最高速度は、音速を超える。
白い神の速度は、私には計測不能。
「ん、ナニコレ。感触もマリモっぽいけど……」
「うん。マリモさんは凄く変わった人でねぇ、観測機もちょっと変わってるんだよ」
「うむ。マリモ型は同族から見ても特殊な存在らしいにゃ」
「そっか」
私の知るマリモ型生命体の印象とは、いくらか異なるように思える。
「まぁ、見た目だけで言えば、本体の原寸サイズはこの星より大きいはずにゃ」
「ん……色々、でっかい人なんだね」
おおらか、鷹揚、寛大。それらを混ぜて、強めたようなニュアンスに聞こえる。
「うん。クロちゃんに、『三種族の件、ありがとう』って言ってるねぇ」
「あ、はい。どういたしまして」
黒い神が小型観測機に頭を下げると、膜の部分が一箇所だけ、緩やかに伸び出してゆく。
「伸びちょるけぇ」
「うん。シロちゃんのお母さんが居る所に、案内してくれるらしいよ」
「気持ちは嬉しいけぇ。んだけぇが、急ぐ必要はねぇでなぁ」
白い神の言葉に反応したのか、伸び出した膜が緩やかに戻ってゆく。
「あ、そっか……やっぱ砂漠の人達を先に――」
「うん。それなんだけど、さっきニャマコと一緒に頑張って、色々細かく確認してみたんだけど……もう手遅れだったよ」
赤い神が、自らの頭を指し示している。
「ん、なにこのイメージ……どういう事?」
「や、クロちゃんに分かりやすく言うと、パーリナイがスプレッドでフィーバー……かねぇ?」
「うわぁ……」
良く分からないが、パンデミックのような状態、というニュアンスに聞こえる。
「うむ。周辺地域のヒト種の集団と、友好的にも敵対的にも、関係性が複雑に絡み合っておったのにゃ」
「埋まってたのに?」
「うむ。異常な体力だにゃ。全員バラバラに砂漠の海を泳いで、多方面に影響が拡散しておるのにゃ」
「元気やなぁ」
「うん。あまり拡散してなければ、先生に治してもらうっていうのもオススメできるかなって……思ってたんだけどねえ」
黒い神の気質から考えて、私が呼ばれた二つ目の理由は流れてしまう可能性が高い。
既に、地域社会までもが変質しつつある以上、その原因の排除による影響は、地域社会全体に及びかねない。
「放置か、介入か。黒い神の選択に従う」
「ん……えっと……とりあえず、様子見で……この紅茶、美味しいね」
「うん。美味しいねぇ」
いつのまにか、目の前に用意されていた大きなビールジョッキに、特大ビーカーに取っ手をつけたようなポットから紅茶が注がれる。
赤い神はティーカップだが、黒い神はドンブリ盃。
何か、がぶ飲みしたくなる気分、という事か。




