3-15 強制起床アラーム――もらいゲロ
ありがとうございます。
「――ん、お母さんを起こそう」
「どうやって?」
赤い神が引きこもってしまった理由は、ある程度把握できたものの、それ以外の要件は直接聞く必要がある。
しかし、思考と記憶を隔離している上に、感覚も遮断している以上、本人が起きるのを待つ以外に手段は無いはず。
「先輩、さっきコタツに給電してたよね?」
「電気ショックは効かない」
「ううん、違う。このミニニャマコに、コタツの時と同じように給電してもらいたいだけだよ」
マイコン自体も発電はできるようだが、最大出力でも要件を満たさない、という事であろうか。
「バッテリーというのは、こんな物でも良いのかにゃ?」
「ん、ありがと……うわぁ。謎物質がめっちゃミルフィーユしてる……」
「お主の記憶にある構造に似せて、素材を最適化したのにゃ」
「なんかスゴイかも……後で真似して練習してみるよ」
マイコンの発電機構を強化した方が早そうな気もするが、燃料がニャマコのリソースに限定されるため、汎用性を求めたのであろう。今後の活用も見越して、といったところか。
しかし、用途が分からない。
「何に使う?」
「赤姐さんの頭ん中に見える小せぇのを、どうにかするっちゅう事やなぁ」
白い神が答えてくれた。しかし、私には検出できない何かで構成されているのか、隠蔽されているのか。脳内にそれらしきモノは見当たらない。
「アラームの事だにゃ。非常用に電気信号の入力系もあるから、それを利用するつもりだにゃ」
どうやら、白い神の言う『小せぇの』は、実質的に外部に隔離された意識を、脳に読み出す装置の事らしい。
「なるほど。感触なら鍵穴が見える?」
例えるなら、ピッキング、あるいはクラッキングであろうか。
施錠された意識の錠前を、鍵を用いないで開錠する、あるいは、目覚まし時計に小細工を仕掛けるイメージ。
「ん、そんな感じ」
「見え方がキニナル」
「ん……なんていうか、ジャズから……アフリカっぽくなって……混ざってポリリズムで……ジャズフュージョンが好きな感じ?」
「なるほど、全く理解できない。ありがとう」
意味は分からないが、赤い神の音楽的な好みは分かった。
「ふむ、それで完成かにゃ?」
「ん、たぶん大丈夫だね。後はこのミニニャマコを、お母さんに結合したら完成かも」
「脳の中に直接?」
「直接は無理だにゃ。防衛機能にブロックされるのにゃ」
「ん、おでこの上に乗っけて、ちょっとだけ結合する感じ」
仰向けに眠る赤い神の額に乗せられた、小さなマイコン。
そこから伸びるラインの先には、バッテリーが設置されている。
バッテリーには別のマイコンが結合されているが、これを介して給電して欲しい、という事か。
しかし――、
「コレ、給電には不要」
と思われる。
「あれ? 整流器って要らない感じ?」
「直接、結合で酸化するか、イオンに分解するだけ。黒い神にもできる」
「そっか……先に聞いておけば良かったかも」
不要な仕事をしてしまったようだが、さほど残念そうには見えない。
軽い目的意識で、心の赴くまま創作するのが楽しいのであろう。
「給電完了」
「早いね……」
「ニャマコより、かなり遅い」
「いや、先生は普通だにゃ。黒いのはアバウトに、大規模にやるなら早いが、正確に、精密になると遅過ぎるのにゃ」
「ん、練習頑張る……」
目を瞑って、信号送信用のマイコンに触れて集中し始める。
内部ロジックの最終確認であろう。
「ふむ、そこまで慎重になる必要は無いのにゃ。赤いのの精神に悪影響を及ぼすのは、ワシでも、白いのでも不可能だからにゃ」
「そっか。それじゃ、最初からちょっと強めでいくね……はい、起動」
合図と共に、僅かに赤い神の瞼が震える。
「うむ。せいぜい胸焼けと、数回嘔吐する程度だにゃ」
「……それ、めっちゃ二日酔いだね」
仕事で失敗して娘に泣きついて、お菓子をやけ食いし、引きこもって寝ていたら娘に叩き起こされて二日酔い。
こうして並べると、日本の会社員の日常が想起される。
「起きたみてぇやけぇが……」
「うぇ……感触が、なんか……」
「もらいゲロ?」
「……ヤバイ」
座り込み、顔を背ける黒い神。
「……ヒドイ」
仰向けで、目を瞑ったまま、横を向く赤い神。
しばらく、お互いに顔を背けたまま、耐え忍ぶ静寂の空気が流れる。
二人の額に手を添える白い神。
「……これで大丈夫やけぇ」
「白姐……ありがと」
「シロちゃんは……優しいねぇ」
改善案がある。
「白い神に信号を伝えて、送信を頼む方法は?」
「ふむ、問題無いはずにゃ。その方が、寝覚めは快適かもにゃ」
「そっか……」
黒い神の製作作業が楽しそうであったため、作業そのものを観察する事に意識が集中し、リスクの想定を怠ってしまった。
今更ではあるが、次の機会があるかもしれないため、一応伝えておく。
失敗に気落ちした黒い神を目にして、赤い神が眉尻を下げる。
「……クロちゃんに起こしてもらえて……お母さんは嬉しいよ……んっ……」
小さな咳払いと共に、何かを分解。
体調は落ち着いたようだが、二人の間には微妙な空気が流れている。




