3-13 赤い神のルーチン――赤い神のスタック
ありがとうございます。
ニャマコが観測記録から再現した映像は、私には絶対に不可能と言えるほどの精度であった。
かなり断片的な必要最小限のデータしか渡していないというのに、周囲の環境や遠景も含め、細部に渡って予測により補完されていた。
管理対象であった生物も、個体特徴に関する直接的なデータなど含まれていないというのに、ほぼ完璧な再現度。
今、目の前には現地の代表的な知的生命体の姿が、私が知る者であれば個々人を簡単に特定できるレベルで、かつ黒い神の知覚範囲内で映像化されている。
音声式の管理者共通言語による彼らの識別名を、近い音でカタカナに当てはめたなら『シーギ種』のような表記になるであろうか。
そのヒト種とは異なる姿――樹皮に近い肌を持つ直立した三葉虫のような見た目は、黒い神を少々驚かせたが、私はその微細極まる映像化精度に驚かされた。
意訳変換と音声変換の方は、赤い神の個性表現を排除してしまったのか、やや淡白な印象だが。
「いぃや……それはやめといた方が良いだろ……」
「そうかな? 精神性の統計的には大丈夫だと思うけど……うん。流石、先生の世界だねぇ」
「いや、それ最新のヤツ入ってないから……短期で見たら好奇心関連のはずれ値が……はずれ値になってないからな?」
「いつもの事だよ」
「いぃや、やめといた方が良いと思う」
「ニャマゴロー達が居るから、大丈夫だよ」
「そんな名前の奴知らないから、放置だな」
「クロちゃん方式だよ? ムーよりも、ニャマゴローの方がちょーイケてるよ?」
「何がどうイケてるんだよ……」
すり鉢状の建造物の中央へ、空からゆったりと降りてゆく赤い神。
その後方には、多数の楕円球体。
通称ムー、もしくはニャマゴローを含め、全てニャマコと同型機なのであろう。
見た目は、鮮やかなオレンジ色である事を除けばニャマコと変わらない。
しかし、語尾も言い回しも特徴の薄いその口調は、個性的なニャマコに慣れてしまうとむしろ新鮮に思える。
「そういえば、前回はセレモニーだったからアレだけど、今回はなんで呼ばれたのかねぇ?」
「あぁ、永命種の身体構造をスキャンしてみたいとか、詳細は現地で説明とか、わけの分からない事言ってたから無視してたんだけど……代表連れて来るとか言い出して――」
「なんだろうねぇ。構造データくらいなら、資料と一緒に送れば済むのにねぇ」
眼下には、すり鉢の外周に多数のシーギ種が並んでいる。
元データから関連情報を抽出した際に、呼び出しの理由はある程度把握できたが、私の知る頃とは随分と異なる情勢に思える。
「……っていうかこれ、絶対空から降りる必要ねーよ……もうこれ、ただの目立ちたがり屋な変人だろ……」
「や、クロちゃんの神様イメージ、なんかカッコ良かったし、ウケるかなって……」
「…………」
「私じゃ貫禄が足りないのかねぇ? あ、効果音忘れ――」
「そういう問題じゃねーよ」
赤い神達の真上には、派手な魔法陣のようなモノが見える。おそらく、シーギ種にも知覚できる何かで構成されているのであろう。
しかし、シーギ種に天から神様が降りて来るイメージなど無い。
さらには、彼らにとって管理者という存在は、開発途上国にとっての友好先進国の代表者に近い。かつて私も、上位的な立場というよりは、肩を並べて共に歩む隣人的な感覚であった。
「すみませーん! ちょっと間違えて、上の方に出ちゃったんですー!」
「なんなんだよ……どんな言い訳だよ……」
場違いなほどに平然とマイペースを崩さないその姿勢は、黒い神とはやや異なる。
突出した権限と技術を得るに至った管理者としての経験が、このような気質を育んだのかもしれない。
「――いえ、謝罪など不要です。謝らなければならないのは、こちらですから……今回は本当に申し訳ない……ムー様も、今日はそういう事でして……」
一瞬で赤い神の近くに現れたシーギ種が、淡々と『周囲に伝わらない言葉』で話す。
この者は、この世界の技術研究を取りまとめる公的機関の幹部。私も面識がある。
「……あぁ、そうか。そういう事か……思ったより早かったな……あー、すみませんが、そちらの代表さんはしばらく離れてて貰えます?」
「……何か問題でも?」
私も良く知るこの人物は、様々な分野の代表を歴任しており、この世界における最重要人物の一人と言える。
「いえ、すみませんが説明は後で。とりあえず……失礼します」
ニャマゴローのネコミミが、代表の体を遠くへと移動させる。
「ムー様、ありがとうございます……」
背後に居た側近達が、揃って感謝の声を漏らす。
「いや、そっちで責任取るって事は分かるけど、代表だからって、状況を全く知らない人を現場で巻き込む必要あります? もちろん防護は張るけど、被害が無いからって流石にやり過ぎでしょう……」
怒りを感じる声色。
ニャマゴローは、『地球人的な道徳観』において、道理に外れた行いを嫌うのかもしれない。
「はい……申し訳ありません」
「……失礼。状況は、『身内への過失狙い』で合ってます?」
「はい……彼らは影響範囲を限定しているつもりですが、想像力が足りません。この施設の中央なら、我らにも被害が及ぶはずです」
この者達であれば、赤い神達に実質的な被害が無い事も予測できたであろう。
おそらく、事前に知らせる事もできたのであろうが、あえて現場に招いた方が、状況を説明しやすかったのだと思われる。
これから起きる事を計画した者達にも、分かりやすく知らしめたかったらしい。
「あいつらに協力したのも、その方が効果的だからか……」
「はい……」
代表の側近達は、背を丸めて防御姿勢を取る。
その程度では、これから起きる事にはなんの役にも立たないが、気分的な物であろう。
「……周りの感触は?」
ニャマゴローが、赤い神に尋ねる。
「うん。興奮と高揚感でいっぱいだねぇ。ちょっと羨ましくなっちゃうくらい、楽しそうだよ。こういうの、クロちゃんならなんて言うのかねぇ……never better……ブチアゲ……かねぇ?」
軽い口調ではあるが、その顔には陰りが浮かぶ。
おそらく、これまでに行ってきた技術協力について、想いを巡らせているのであろう。
「これで、今回も俺の勝ちか……というかやっぱり、まだ当分は先生の方針が最善策なんだよ」
「うん……でも、たぶん……抑え目ならイケたんだよねぇ……いつもの事だけど……」
黒い神の感情表現を真似ているのか、分かりやすく俯きながら落ち込みぶりを見せてはいるものの、顔には僅かに苦笑いを浮かべている。
一応、問題のある世界をいくつも直轄する経験豊富な管理者。このような経験は、一度や二度では無かったと思われる。
しかし、だからといって慣れるわけでもない。恒常性維持機能に積み上げられたゴミ箱の中身は、自ら処理する以外に無い。
「……後は俺らがなんとかするから、休んでて良いよ。前に、シロちゃんのお母さんがどうとか言ってたでしょ? ちょうどタイミングも良いから、行って来なよ」
「うん。ごめんねぇ……」
ぼんやりと、地面を見つめたまま立ち尽くす。
この世界の元管理者としては、非常に居た堪れない光景。
スクリーンが、閃光で埋め尽くされる。




