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3-12 風味だけトンコツ――名前だけセンセイ

ありがとうございます。


「文字がたくさんやけぇ」


 白い神が、薄く目を開いて即席麺の成分表示を見つめている。


「こってりスッキリとあるが、意味が分からんにゃ」


 私も分からない。


「でも、そこがイイんだよ?」


 曖昧だが、黒い神の評価には同意する。

 これは、試食を勧めるべきであろう。


「味見するなら、お先にどうぞ」


「ん……それじゃ、お先に――」


 芝生の上だが、立ち食いは避けたようで、コタツに足を入れて座る黒い神。

 手渡したフォークで、麺とかやくを絡めて口に運ぶ。

 僅かに首を傾げたのは、味の記憶を辿っているのであろうか。

 ゆっくりと味わいながら頷くと、目尻には涙が浮かぶ。


「なんだろ……少し変わった味だけど……ヤバイ、カップ麺久しぶり過ぎて、なんか涙出てきた」


 以前の黒い神であれば、このような物を食べたなら拒絶反応を起こしたかもしれない。

 しかし、白い神により改善された今なら問題無いはず。もし異常が起きても、ここに引き込まれた時に与えられた権限であれば、能力も、その他のツールも、端末も使用可能。

 つまり、私が修正する事もできる。

 

 あちらでも制約が無ければ、彼女の不具合を認識し、修正する事もできたはず。

 当時、見た目の異常は認識していたが、それだけでは永命種かどうかも判別できず、分析する事も、観測機からデータを得る事も、管理者に掛け合う事もできなかった。

 体内の不具合は、あの世界、あの時代においては甘受されるべき物であろうと考えていた。

 しかし、実際は永命種であった彼女自身が、精神的な原因により無意識に機能制限を掛けていただけ。つまり、管理者としての手段は無くとも、それ以外の改善手段はあった、という事。

 今となっては、我ながら怠慢に思える。


「ウチも、味見してイイんかなぁ?」


「どうぞ」


 白い神も場に合わせたのか、コタツに入っている。

 黒い神がフォークで掬って食べさせると、仕草を真似たのか、同じく首を傾げてから頷く。


「……面白ぇ味やけぇ。白米と味噌汁より、細けぇ味がたくさん混ざっちょるけぇ」


「コタツも、懐かしいかも。暖かいね」


「んだなぁ」


 能力で温度を上げつつ、コタツ自体も機能させている。


「ん……コレ、もしかして昔のかな?」


 コタツの布団を捲り、中を覗いている。

 不透明なオレンジ色に近いランプ部分を目にすると、薄く笑みを浮かべる。

 

「石英管ヒーター」


「そうそれ。イイよね。私も好きかも」


「気に入ってる」


「あ、こっち入って。先輩のコタツだけど……はい、あーん」


 わざわざ、私の口にも運んでくれるらしい。


「……確かに、豚骨にしては変わった味」


 感想としては、他に言い表せる表現が無い。

 具体的な味を細分化する事はできるが、正確に伝える事は難しい。


「だよね。なんか、風味だけ微妙に豚骨って感じ?」


 黒い神の表現が適切に思える。


「トンコツっちゅうんは分からねぇけぇが、こってりスッキリっちゅうんは分かるけぇ」


「ん、納得したかも」


「言い得て妙というヤツだにゃ」


 これで、レビューは問題無い。唯一、『交代制』で存在が許される端末で行う。

 地球で食すより、風味が僅かに強くなっている可能性はあるが、おおよそ問題は無かろう。


「お母さんが起きたら、食べさせてあげたいかも。仲間外れみたいになってるし……」


 そう言いながら、カップ麺を差し出してくる黒い神。

 同時に、ニャマコが生成したと思われる日本の菓子類一式をコタツに並べる。

 カップ麺のお礼であろうか。

 煎餅を貰いつつ、カップ麺を彼女の前に返す。


「残りは、好きにしていい」


「あやつは、先生にまで迷惑をかけておるのにゃ。気にする必要は無いのにゃ」


「あ、ニャマコも先生って呼んでるんだ」


「先生の経歴は、ワシも知っておるからにゃ」


 ニャマコにまで知られるような、派手な経歴は持ち合わせていないはずだが。


「私も尊敬はしてるけど……先輩って、やっぱ凄い人だったりする?」


「いや、まったく。あの赤い神とは比べ物にならない。例えるなら、ヒト種と微生物を比べるようなもの」


「言い過ぎだにゃ。管理者能力の応用は多少劣るかもしれんが、管理者としての業績は圧倒的に先生が上だにゃ」


「そうなんだ。あ、白姐……このカップ麺、このまま保存できる?」


「できるけぇ……これで大丈夫やけぇ」


「ありがと」


 やはり、寂しそうに二人を眺めていた赤い神の印象が強いのか、仲間外れにするのは避けたいらしい。


「まぁ、あやつもそれなりに努力はしておるからにゃ。たまには、甘やかすのも悪くないのかもにゃ」


「んだけぇが、先生は何のために呼ばれちょったんかなぁ?」


 白い神にまで、先生と呼ばれる。

 彼女らに敬われるような存在では無いのだが、雰囲気が偉そうに見えてしまうのであろうか。

 彼女らと比べたなら、柔和さが足りていないのは自覚しているが、早々に雰囲気を変えるというのは難しい物がある。


「おそらく、状況の原因説明を丸投げするついでに、私の専門分野に関わる依頼があるのかと」


「先輩に聞かれたくないのに、先輩に話させるって……」


「自分の口から話したくないだけだにゃ。甘えておるのにゃ。お主も同じだが、あの幼い外見は中身にも浸透しておるのにゃ」


 なるほど、つまり――、


「私も、外見を変えた方が良い?」


 という事か。


「そうかな? 先輩のその見た目イケてるし、感触も機械みたいで好きだけど」


 今の私の見た目は、コーヒー色のフォーマルと言ったら良いのであろうか。

 地球で一般的な、薄く細いストライプの入ったスーツのような物を着ている。

 パジャマ姿のままでは、流石に落ち着かなかった。


「んだなぁ。機械は知らねぇけぇが、服と体の見た目は合っちょるけぇ」


 体の見た目は、帰化したアメリカ人として振舞っているため、長身なだけでなく、髪色もゲルマン系の金髪に近い。

 肩の上には、透明な球体水晶のような物が浮かんでいるが、これはこの文章のソースを記録するために使っている思考転写機と、その他諸々を詰め込んだ赤い神お手製『盗撮セット』のケース。

 地球ではほとんどの機能が制約されてしまうが、『世界の外』では大変重宝している。


「機械の感触は、おそらく管理者になる前、一時期メンテナンスシステムの一部だったから」


「ん? システム?」


「ごめん。システムというか、機械のような生命体。ニャマコも同じかと」


 今の私は、地球のヒト種と同じ遺伝子を持つ永命種。

 元は『虫』、途中でニャマコ、今は赤い神や黒い神に近い構造、と言っても良いはず。


「いや、ワシはどちらかと言えば機械だにゃ」


 ニャマコは私の端末のように、『己であり、己ではない存在』と考えていたのだが。

 想定通りであれば――、


「本体は違うのでは?」


 と、思われるが。


「ふむ、本体と呼べるモノはそうかもしれんが……どんなモノで、どこにあるのか、ワシも知らんのにゃ。気づいた時には、あやつに酷使される演算機の一つだったからにゃ」


 良く分からないが、私の端末とは少し違うのかもしれない。


「ん……良く分かんないけど、ニャマコはニャマコだよ。それより、先輩の話は?」


「……ワシの知る限りでは、世界の外で機械の不具合修正や、保全担当者達の管理をしておったのにゃ」


 正確には――、


「機械というか、機械と生物の中間というか……」


 表現が難しい。


「うむ。修正と言うより、治療と言った方が良いのかもしれんにゃ」


「えっと……機械っぽい何かの……お医者さんだった?」


「だいたい合ってる」


「ん……ってことは、やっぱ先生かも?」


「そういう意味でなら、先生でも正しい。『元』先生……」


 とはいえ、日本語で尊称のように使われる先生という呼び名は、相応しいとは思えないが。


「っちゅう事は、専門分野っちゅうんも、何かを治す事なんかなぁ?」


「合ってる。管理対象の不具合を修正して、修正の仕方も教える仕事。修正できない場合、不具合の活かし方を提案する仕事。ただし、今は引退済み」


「引退済みと言うが、担当世界で不具合や病として認定された物をほぼ解消する手段を与えた結果、役目を終えてしまったのにゃ」


「役目を終えたというか、用済みというか……」


 実際のところ、排斥されたと言っても過言では無い気がする。


「まぁ、その世界の代表者達が、知能や技術促進が専門の管理者を求めたのにゃ。要は、あそこで寝ておるヤツにすげ替えられたという事だにゃ」


「あ、もしかしてお母さん、その世界で何かあったのかな?」


「そうかもしれんにゃ。あやつの直轄世界は例外的に複数あるが、どこも個性的な生物が多いからにゃ。知能の発達が早い代わりに、好奇心が旺盛過ぎる者が多いのにゃ」


 確かに、元管理世界もその傾向が当てはまるが――、


「私が干された後の事は知らない。あの赤い神が後任と知ったのも、つい最近」


 正確には、最近気になってきていた赤い神の足跡について調べ始めた時に、偶然それらしき情報の断片を見つけただけだが、一応確信はあった。


「先生には、今まで情報が入らないようにしておったようだにゃ……まぁ、あやつなりに気を遣っておったのかもにゃ」


「でも、頑張ってやり遂げたのに、リストラは無いかも……」


「……赤い神より、むしろ私が泣きたい」


 しかし、そのおかげで黒い神と出会えたのだから、そう悪くはなかったのかもしれない。

 今思えば、赤い神によって、間接的に黒い神のもとへ――友人の居なかった彼女のもとへ送り込まれた可能性が濃厚。


「んだなぁ。んだけぇが、泣いちょる原因が分からねぇでなぁ」


「観測機の記録から調べる。ここに放り込まれた時、取得権限は付与されてる」


 説明を丸投げされた事を、確信した理由でもある。


「ふむ。関連する情報を送ってもらえれば、ワシが分かりやすく映像化するのにゃ」


「お願いする」


 とりあえず、予想から目星をつけたキーワードで抽出し、ニャマコが把握しやすいであろう形に整えて送る事にする。

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