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3-10 謎のステップ――謎の儀式

ありがとうございます。


「――こうするとキマるんだけど、こっちのが繋げやすいんだよね……na mean?」


「いぇあー、やけぇ」


 ファンタジーな庭園でヒップホップ――いや、ハウスもか。

 キレの良いトゥループ。滑らかなシャッフル。寂しそうに眺める赤い人物。


「ん、音が無いからステップで……いぇあー……あ、お母さん……砂漠になっちゃった所、直しに行かないとダメだよね?」


 寂しそうな赤い神が視界に入ると、実務的な事を口にする。


「……や、大丈夫だよ? クロちゃんはその辺の義務とか無いし、ちょっと……めんどくさいし」


「ん? 環境戻すだけなら、私でもなんとかなりそうだけど……」


 管理者と言っても、彼女の場合は研究に近い職分。

 そのため、環境の調整は必須要項では無いものの、彼女なりに管理者らしい在り様について、考えてはいるらしい。


「いや、問題は環境よりも、砂に埋もれておるヤツらだにゃ。少し厄介な事になっておるのにゃ」


「ん……『餌』になって元気いっぱい……なんだよね?」


 黒い神が、勢いのあるトゥループを挟みながら尋ねる。


「んだなぁ。元気いっぱいやけぇ。んだけぇが、ニャマコ兄さんが言いたいんは……元気いっぱい過ぎて困る……っちゅう事やけぇ」


 白い神が、ステップのフロントバックキックから、なぜか格闘技の鋭いバックスピンキックに繋げて応える。

 このやり取りの意味は分からない。


「うむ。目覚めたら違う意味で覚醒するのにゃ」


「覚醒って……薬物依存とは違うの?」


 おそらく、『迷いから覚めて過ちに気づく』という意味の覚醒であろう。

 さらに言えば、様々な怖れから解放される――解放され過ぎるのであろう。


「うん。心も体も健康なんだけど、性格がねぇ……ちょっと前向き過ぎるっていうか……」


「ハイな感じ?」


「うん。クロちゃんに分かりやすく言うと……誰彼構わずラブアンドピースで……恐れ知らずにぶっ飛んだジャンキー……みたいな?」


「ナニソレ怖い」


 淡々と語られた力あるフレーズ。そこに乗せられた強烈な『感触』イメージを読み取り、漠然とした不安に襲われたらしい。


 酷い表現だが、厄介な度合いは伝わりやすいのかもしれない。


 血を失う争いを避けながら、恐れずに他の『餌』を受け入れようとする状態――吸血対象として望ましい精神状態、という事か。


「……肉体を復旧するのは問題無いが、精神と記憶を復旧するのは、極めて難しいのにゃ」


「白姐でも?」


「んだなぁ。戻すんは無理やけぇ。元の感じに似せて、変えるんはできるけぇが……」


 要は、精神状態と記憶を上書きする事はできる、という事か。

 ちなみに、埒外に優秀な管理者が居る場で敢えてライの名を挙げたのは、ライ種だからというより、無意識的な信頼度の違いが大きかったようだ。


「……私よりシロちゃんの方が、頼り甲斐あるのかねぇ……」


「当たり前にゃ。何を今更……」


 消え入ってしまいそうな儚い呟きに対しても、ニャマコは辛辣。


「……そうだねぇ。今更、私が何をしても……」


 まるで、養母に立場を奪われた実の母のような発言だが、実際は拉致の実行犯でしかない。

 黒い神が管理者になる前、彼女が苦しみの渦中にあった時も、それを認識しながら傍観し続けていた。

 管理者になった後も、直接的にはニャマコと白い神が、間接的にはマリモ型管理者がサポート役。

 さらには盗撮係――見守る役目まで他人任せともなれば、当然の扱いかもしれない。


「ん? お母さん、なんか感触が弱ってるけど……大丈夫?」


「……今、優しくされると……泣いちゃうよ……」


 一見、軽く演じているのかと思ったが、本当に泣き出しそうに見える。

 思考伝達は曖昧だが、感情の動きは多少読み取れる。溜まっていた心理的な抑圧が急激に解放された印象。


 しかしこれではまるで、独りよがりで駄目な親が、子供に依存しているような絵面に見える。

 もっとも、精神と呼べる物を持つ管理者は、誰であれ心身を健常に保つ手段を持つ、あるいは付与されている必要があるため、流石に病んでいるわけでは無さそうだが。


「えっと……ヨシヨシ、大丈夫ダヨー……ゴホン! あー、あー……よーしよし、大丈夫だよー? お母さんはイイ子だから……話してくれるよね?」


 赤い神を優しく包み込み、撫でる。


「うん……う゛ん……」


「これは……なんとも言えんにゃ」


 これほど唖然とするニャマコを見たのは、初めてかもしれない。


「んだなぁ。んだけぇが……こういう事もあるけぇなぁ」


 ニャマコの辛辣さがトドメになってしまったようだが、それ以前から抑圧された思いが何かしらあったのだと思われる。


「話してごらーん。ほらー……ニャマコびよーん……ツルツルの、トゥルトゥルだよー」


 和ませたいのであろうか。

 玩具のようなマジックハンドをローブから取り出すと、ニャマコを掴んで引き寄せ、伸ばしては撫で回す。


「う゛ん……トゥルトゥルって……イイよねぇ……」


「はい、持ってー。トゥルトゥルー……いぇあー。はい……トゥルトゥルー……いぇあー」


 そっとニャマコを手に持たせると、その手ごと掴んで高々と掲げては戻し、また掲げる。

 繰り返される謎の儀式に、されるがままに身を委ねるニャマコ。


「……なんなんにゃ」


「んだなぁ。んだけぇが……こういう事もあるけぇなぁ」


 こういう事とは、どういう事かは表現し難いが、そういう事なのであろう。

 ともかく、とりあえず落ち着いて話せる状態までは、持っていけそうな雰囲気ではある。


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