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3-9 赤い神――白い神

ありがとうございます。


 ふと目を離していた隙に、いつの間にか丸投げの神が消えていたが、白黒二人は黙々とお菓子を口に運んでいる。


「あ、ごめん。私、食べ過ぎたかも」


「いんやぁ、ウチもだいぶ食っちょるけぇ」


 ライの紅茶と比べて、評価の薄かった丸投げの神のお菓子。


「ん、意外と後引くよね。なんていうか――」


「懐かしい味でしょ? カシューナッツが隠し味だよ」


 丸投げの神が言葉を繋ぐ。


「……起きてたの?」


「また、どっから湧いてきたのにゃ?」


 今回も背後から現れたが、毎回やるつもりであろうか。


「や、驚かせるつもりじゃなくて……ちょっと急用で出掛けて戻ってきたんだよ」


「急用って、何かあったの?」


「うん。なんていうか……家に鍵掛けるの忘れてて、呼び出された感じ……かねぇ?」


 丸投げの神の例えは、意味が分からない。


「直轄世界の時間を、凍結してきたという事だにゃ」


「ん……なんていうか――」


「や、クロちゃんも、その尻尾使えばできるし」


 ホームにおいては、この世界との誤差の補正に使われている尻尾――汎用補正ピペットは、埒外な代物であったらしい。

 私も、系統的には似たような物を所持しており、今も使用しているが、時間凍結と表現できるような機能は無い。


「……確か、微調整だけって聞いたような……っていうかクロちゃんって、私の事?」


「うん。クロちゃんと、シロちゃんと……ナマコ、じゃなくてニャマコ……だねぇ」


 丸投げの神が、はっきりと言葉を区切って呼び間違える。


「既に同期しておるから、わざと言い間違えたのは伝わっておるのにゃ」


「地球だと、ヒト種の年寄りはボケるって聞いたから……」


「婆に違いは無いが、ボケ違いだにゃ。それは記憶障害という意味だにゃ」


「お母さん、そういうベタなボケ……アリだよ」


 黒い神も、はっきりと言葉を区切って評価する。


「ナシだにゃ。センスまで被らせる必要は無いのにゃ」


「うん。髪色だけでも変えようかねぇ」


「ボケたふりはやめるのにゃ。見た目のセンスなど、どうでも良いのにゃ」


 単に、わざと見た目を寄せているだけなのか、元から好みも似通っているのかは不明だが、細部は異なるものの、どちらも黒ローブに黒髪。


「んだけぇが、どっちも黒姐やけぇ」


「いや、黒婆だにゃ」


「お母さんの歳知らないけど……私も十分お婆ちゃんだよね?」


「や、クロちゃんは凄く若いよ? じゃなくて……すごぉく若いねぇ。あたしゃこの中じゃ、ブッチギリで年寄りだからねぇ。被らないようにイメチェンしようかねぇ」


 日本の高齢者を演じたかったのであろうか。芝居じみた振る舞いが強調され過ぎて、全く馴染んでいないように思える。


「その日本の年寄りイメージは、どうなのにゃ?」


「ん、ニャマコも人の事言えないような……でも、ブッチギリとかイメチェンとか、懐かしい響きだね。お年寄りっぽいかも」


 確かに、ニャマコの口調も似たような物ではあるが、これも丸投げの神お手製の意訳変換と音声変換プロセスに由来している。

 使わなければ良いのであろうが、直接クセの無い日本語で話すにしても、日本語を知る身内以外には伝わらない。


「うん。それじゃ……こんな感じで……ついでに、服も変えようかねぇ」


 わざわざ親子で並んだような位置に立つと、特徴の無い長い黒髪をかき上げ、ポニーテールに結い上げる。

 髪の一部には赤いメッシュが入り、ローブの色もワインレッドに変えたようだ。


 呼称も、丸投げの神から、『赤い神』に変更するべきか。


「ん、イイんじゃないかな? カッコイイと思うよ」


 黒い神は、ファンタジーに関わらないデザインには疎いが。


「んだなぁ。カーファが濃くなったみてぇな色は好きやけぇ」


 ライは、ヒトが感じる赤系統の色合いを好む。


「うん。赤いヤツと黒いヤツは、だいたい強いって聞いたからねぇ。組み合わせてみたよ」


 赤い神は、強く在りたいのであろうか。


「ん、間違い無いね」


「黒いのの記憶にもあるが、意味が分からんにゃ」


 前に、黒い神も似たような事を言っていた。

 私も意味は分からないが、情報に対する着眼点も黒い神と似ている、という事か。


「ん……それより、さっきの時間凍結っていうのがキニナルかも。この尻尾って、そこまでスゴイモノなの?」


 話の振り方が急だが、気になるのも当然か。

 管理者――便宜上の神のツールとしては、些か度が過ぎる性能に思える。

 具体的な仕組みは分からない。しかし、相対的な流れを調節する事と、復帰可能な形で凍結する事は、全く異なる何かが必要になる事は分かる。


「ニャマコから聞いてないのかな? なんかヤバイ事になりそうだったって聞いて、色々アップグレードしたんだけど……」


 最初期に報告した事件――丸投げの神の遊び心に、黒い神が釣られ過ぎてピペットを粉砕し、時間補正が一時的に停止してしまった件であろう。

 文字通り、時の流れに取り残される危険性があった。

 当時、一部損壊までは予想していたようだが、丸ごと粉砕したまま放置するとまでは思わなかったのであろう。


「いや、今のところ使う機会が無いからにゃ」


「ん、そういうの、私は自分で判断できないから……使うにしても、たぶんニャマコに任せると思う」


 成り立て管理者の黒い神には、活用が難しいツールであろう。


「うむ。黒いのにはまだ早いのにゃ。まぁ、今までのようにワシだけにしか使えない状態でなければ、問題は無いのにゃ」


 管理者に支給されるツールの使用には、相応の権限が求められる。

 ニャマコも成り立て管理者を補助するために、それなりの権限を持ってはいるようだが、あくまで管理者のサポーター役としてのモノ。

 あまり管理者業務の代行権限を持ち過ぎるのは、ニャマコ自身望ましくないのであろう。


「うん。ニャマコ、ごめん……シロちゃんに管理者権限つけたの伝え忘れてたよ」


「うむ。ついさっき、同期した時に知ったのにゃ。まぁ、妥当な判断かもにゃ」


 確かに、ライは黒い神の職務を補佐する立場にあり、それに見合った能力を持ち、黒い神とニャマコからの信頼も篤い。

 それに、管理者の基準を満たすだけでなく、ライ種というカテゴリーを凌駕する能力の発現が見られるため、例外的な措置が求められる。

 そのため諸々勘案すると、細かな制約を課し、監視をつけるなどするより、まず管理者にしてしまってから、細部を制限してゆく形が妥当であろう。


「んだば、ウチも黒姐みてぇな管理者になっちょるんかなぁ?」


「うん。同じ管理区域で、クロちゃんの補佐役みたいな感じだけどねぇ」


 正式に『白い神』になったという事か。


「ん、白姐と同じなら、嬉しいかも」


「いや、管理区域以外は同じではないのにゃ。能力は変わらんし、アクセス権限も制約だらけだからにゃ」


「ん? アクセス権限って?」


「お主にはまだ早いのにゃ」


 主に、観測機からアクセスできる他の管理者の業務、研究に関する情報の取得、交流や訴え、ツールの使用に関する権限の事。

 おそらく白い神は、何かしら条件を満たす場合のみツール使用、通信や書き込みなどが行えるのであろう。


「うん。クロちゃんには、また頃合いを見て教えるけど、シロちゃんは……ごめんね。ライ種は子供産んだりすると能力も権限も引き継いじゃうから……難しいんだよねぇ」


「んだなぁ。ウチは引き継がねぇようにできるけぇが、妹みてぇに知らねぇうちに生まれちょったら困るけぇ……」


 肩に乗せた小さな妹を、優しく撫でながら眉尻を下げた表情には、ヒト種のような母性を感じる。

 しかし、その繁殖の仕組みは根本的に異なる。

 ライ種の『明確な新個体』は、例えるなら記憶を消して気質を変化させた、繋がりの薄い分体のような存在。

 そのため、その気になれば際限なく同じ能力を持つ新個体を増やす事ができる。

 もっとも、そのような暴挙に出るライ種が居たとしても、他のライ種や管理者などから『実質的に排除』されてしまうのであろうが。


「まぁ、ワシらがおれば支障は無いはずにゃ」


「ん、白姐は白姐だから……ya dig?」


「いぇあー、やけぇ」


 白黒二人が、向かい合って複雑に手を打ち合わせる。

 見た目速いだけの子供のお遊戯に見えるが、気持ちの波長を合わせる握手の進化系のようなモノであろうか。


「……私も、このお庭造ったよ? シロちゃんの妹さんも、見つけたよ?」


「張り合ってどうするのにゃ」


 寂しそうに佇む赤い神が、小声でアピールしている。

 まだ少し、気後れがあるのかもしれない。

 



 ライ種を『実質的に排除』する具体的手法は以下。

 最も物理的な手法――管理者による手法は、休眠し続けなければならない損傷状態に追い込む形。

 最も迂遠な手法――ライ種による手法は、多数で同期して個人の境目を薄くする形や、親との繋がりが十分に強ければ一つの個体に戻る形。要する時間は不明。とてもとても永い……

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