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3-8 無意識的な怖れ――無意識的な出産

ありがとうございます。


 スクリーンの映像が青く染まりきると、上空からの俯瞰に切り替わり、山脈の麓から広域に渡り青一色の砂漠と化した光景で停止する。


「――白いの……青の砂漠が生まれたのは136日前だにゃ。今すぐに向かう必要は無いのにゃ」


 同期により、ライの思考を読み取ったのであろう。ニャマコが注釈を加える。


「…………」


 ライは無表情、無言でゆったりと頷くと、いつも通りの微笑を浮かべ、小さなライ種に『カーファ』を与える。


「ん……えっと……感触は分かんないからアレだけど……あの王様、良くやっていけてたよね」


 見たままの感想を率直に述べる黒い神。

 思考伝達には、いくらか不快さが読み取れる。


 私の知る黒い神は、どのような対象であっても、まず先に『感触で読み取った中身』から因果や構造を考察した上で感情が動き出すものの、映像だけであるため、『らしくない思考』に見えてしまう。

 同様に『感触』で読み取れないニャマコに対しても似たような傾向があるが。


「んだなぁ。逃げ出せねぇように、逆らえねぇように、たくさん考えて必死やったと思うけぇ」


 王は、配下の家族を盾にする事で、異論を封じていた。

 既に、それが可能な下地が、念入りに準備されていたのであろう。


「うむ。以前の王が、王族を過大評価するような話を捏造して、軽く洗脳しておったのにゃ。実際は、一度だけ外から迷い込んだ別のヒト種を、数人追い払っただけだがにゃ」


 こういった場合、一度ならず何度も虚偽の先例を積み重ねて、幼少のうちから語り聞かせていたりするものだが、どうだったのであろう。


「怖がりな子らなんやなぁ……」


「ん、どっちも怖がってたんだろうね。王様は皆を、皆は王様を……」


「うむ。どちらも、曖昧な物に依存し過ぎだにゃ」


 この場合の『怖れ』とは、持ちたい確信が持てない事に対する脳の警告の事を指していると思われる。

 曖昧な物を怖れ、それを払拭するためにまた曖昧な何かを得たなら、その曖昧さそのものが怖れとなるのは自然な流れであろう。

 単に、その度合いが強過ぎるという事か。

 精神性の問題とは言えるが、信じて疑い、肯定して否定する中で、様々な物事を知るだけでなく、社会的な安定の一助にもなり得るため、一概に不具合とは言えない。信仰も似たような部分がある。


「ん、でも、怒鳴りつけて暴力振るってたら、強くないのバレそうなのにね」


「いや、興奮作用のある何かを常用的に摂取しておった形跡があるのにゃ。まぁ、詳しい事はマリモ型の権限を貰わんと分からんがにゃ」


「そっか……ドーピング的な?」


「結果的にはそうかもしれんが、意図して摂取していたかどうかは分からんにゃ」


 純粋な精神性の問題だけでなく、心身に作用する何かしらの『異物』も、ニャマコが無視できないレベルで関わっている、という事か。


「んだけぇが、王様も皆も、怖くて泣いちょるようなもんやけぇ……泣いたり怒ったりしちょる間は、怖さが薄くなるけぇなぁ」


「そっか。どっちも感触は似てるのかな……お化け屋敷とかで、怒り出して暴れちゃう人とかが近いのかも」


「ふむ……似たようなタイプの知性と情動の傾向なら誘導しやすいからにゃ。お主ら親子のコントロールが難しいのは、ワシの知性と噛み合わないのが原因だにゃ」


「ん、ニャマコはカワイイし、ゆるキャラマスコットだからね……私、たぶんクール過ぎるのかも」


「…………」


 なるほど、噛み合っていない。


 しかし、どれほどあの者達が噛み合っていたとしても、誘導の手法がよほど綿密に計画的でなければ、必要の無い部分にまで歪みを拡大してしまうであろう。

 王のような虚偽や誇張だけでなく、美化や矮小化なども同様にコントロールを失いやすい。

 怖れから生まれ、また怖れを生むこれらは、繰り返し連鎖する中で致命的な不具合に至る可能性を高めてゆく。

 嘘も真実も、配下の心情も、山トカゲの毒の危険性も、全てを無視してしまうほどに、リスクの度合いを測る尺度が曖昧になりかねない。

 しかし、真に尺度となり得るのは見栄えのしない泥臭い事実、淡々とした味気ない理論ばかり。


 個人的には、栄枯盛衰の外面的な沿革や、痛ましさを取り繕う英雄譚は、眺める分には悪くも無い、が。

 白黒二人に伝えたなら、微妙な顔をされるのであろう。


「んだけぇが、おかげでこんな可愛い妹が生まれちょったけぇ」


 ライが、手のひらに乗せた小さなライ種を優しく撫でる。


「ん……妹? お母さんじゃなくて?」


「んだなぁ。ウチも最初勘違いしちょってなぁ。なんや母さん、しっかり旦那さん見つけて元気にしちょったけぇ」


「あ、うん。なんか結構……リア充してたかも?」


「うむ。そっちの心配は見当違いだにゃ。そこで泣き疲れて寝ておる奴が、紛らわしい事を言ったせいだにゃ」


 いつのまにか、テーブルに涎を垂らしながら、ふやけた笑みを浮かべて眠っているその姿は、状況の丸投げを体現しているのであろうか。

 これからは、丸投げの神と呼びたい。


「ん、白姐のお母さんは結構マジメそうな人だったけど、こっちのお母さんは……なんか、自由だね」


 そう言う黒い神も以前、似たような事になっていたが。


「いんやぁ。ウチの母さんも、結構自由な感じやけぇ。んだけぇが、苦労かけちょったでなぁ……こん人も、妹見つけてくれちょったけぇ、探し疲れたかもしれねぇで――」


「いや、こやつは泣きながら菓子を食い過ぎて、満腹になっただけだにゃ。多少は管理者として優れたところもあるが、その辺はヒト種の赤子と変わらんのにゃ」


 私の主観では、多少優れるどころでは無いが。


「ん、でも、感触がスゴイ気持ち良さそうだし、そっとしといてあげようか……それより、白姐の妹さんは……えっと……何がどうなってそうなったの?」


「今、お主が思い浮かべた予想で、おおよそは間違ってないのにゃ」


「え、マジで? えっと……王様達が埋まっちゃったアレが、出産シーンだったって事?」


 随分と派手な出産シーンだが、確かにライ種が『明確な新個体』を生成する時、その身の内に吸血対象を大量に取り込むと聞く。

 そうなると、あの青白く光る粉が、全て本体そのものであった、という事か。


「んだなぁ。餌がたくさんあるとこに本体を埋めちょったけぇ……うっかり出ちまったんやなぁ」


「ん……うっかり出ちまったって……ふふっ、言い方が面白いけど、たぶんその餌って……」


「うむ。出産のトリガーになったのは埋められた者達で間違いないが、あの王も、周辺の動植物も、纏めて餌になったのにゃ」


「うわぁ……あ、ごめん……」


 妹の誕生を喜ぶライを前にして、想像した犠牲の規模に唖然とする黒い神。


 しかし、犠牲といっても『餌』の命を奪うライ種は存在しない。むしろ、『餌』の肉体を護り、精神を癒す。

 おそらく、完全に命を失っていない限り、王に埋められた者達を含めて、誰も彼も、何もかも、健全無事なのであろう。


「いんやぁ、黒姐が正しいけぇ。ウチの母さんも本体起こして知ったら、どう思うか分からねぇでなぁ。ずっと血ぃ吸わねぇように頑張っちょったけぇ」


「ふむ、寝て起きたら砂漠で出産済みなど、わけが分からんだろうにゃ」


「ん、生まれた子供も大気圏外に発射とか、なんていうか……」


「『マジパナイ』っちゅう事やなぁ」


「ん、マジパナイね」


 黒い神の言葉遣いと、丸投げの神の言葉繋ぎが気に入ったのか、二人を真似してみたようだ。


「……ちなみに、分かっておろうが、ヒトも動植物も全て生かされておるからにゃ」


「んだなぁ。命まで吸うちょったら、血ぃ吸えねぇでなぁ」


 ライ種は、体液を持つあらゆる生物を捕食するが、食べて消化する狭義の捕食ではなく、生態学で言うような寄生なども含めた捕食と言える。


「だよね……長持ちな外付けバッテリーみたいな感じ?」


「いや、ほぼ永続式の発電機と言った方が近いのにゃ」


「んだなぁ。そんままにしちょったら、眠ったまま管理者に追い出されるけぇ」


「ん、私はそんな事しないけど……砂の下が……凄い事にならない?」


「うむ。あそこまで大規模な出産なら、砂の下は生命力に溢れかえるのにゃ」


 相利共生機能に加えて、ライ種の出産後は『餌』にとっても良質な養分、食料となる新個体の幼児食のような物が生成され続ける。

 つまり、健全無事な上に、過剰なエネルギー源まで周囲に溢れかえる事になる。


「生命力溢れる砂漠って……」


「『ちょーマジパナイ』っちゅう事やなぁ」


「ん、ちょーマジパナイね」


「お主らは、さっきからなんなんにゃ」


 水を主成分とする生命体が、砂漠に埋もれて生命力を高めるというのは、確かに違和感が強い。

 マロリーは、他の管理者や補佐役の能力を良く絶賛するが、マロリーも、とある分野で丸投げの神を含む多数の管理者から賞賛を受けている。


 ちなみに、マロリーが持つ世界の『違い』を超えてリアルタイム映像のように観測する技術は、あくまで技術でしかない。

 職務上グレーな範囲で観測機をクラッキング、ハッキングする技術。思考や記憶の読み取りに関しても丸投げの神のお手製。

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