3-7 狂気――静寂
ありがとうございます。
注)暴力的な表現が含まれます。
「――逆らえば、こうなる。お前達も、覚えておけ」
「…………」
うつ伏せに倒れ伏した人影。
慄き身を縮める配下達。
この状況に至る場面――暴虐的な懲罰と思われる場面は、ニャマコの配慮により省かれている。
「余の手足を呼び集めろ。あいつらも罰する」
「お待ちください。彼らの心を乱したのは山トカゲです。罰するのなら山トカゲを……」
巻貝がもたらした快楽に溺れ、王を侮り軽んじたという事か。
巻貝に噛み付いた際のあの興奮度合いを考えるに、開放感に任せて叛逆にまで及んだ可能性もある。
「関係無い! どちらも、余に逆らったらどうなるか、教えてやる!」
「しかし……ここには彼らの子や妻も居ります……」
血縁や婚姻関係に配慮するという事は、近親者同士の連帯――家族という共同生活単位があるのかもしれない。
どの程度、密な関係なのかは分からないが、少なくとも内と外を区別する分だけ、相応に心理的な結びつきが強いのであろう。
「逆らうのか、お前も……逆らうのか! お前も! 余に逆らうなら、お前の子や妻も罰するぞ!」
「それは……お許しを……」
「分かったなら……手足を呼び集めろ! 動け!」
蹴り飛ばされた配下は、転がる勢いのまま駆け出して行く。
尚も憤慨する王が、倒れ伏した者に向かい足を踏み降ろそうとしたところで、また場面が変わる。
――――
「――片付いたか?」
「はい……王のご命令通り、罪人達も山トカゲも、捕らえた者は全て埋め終わりました……」
「良くやった。それで良い。奴らは、王より山トカゲを選んだ。望み通り、山トカゲと共に在れば良い」
生き埋めなのか、埋葬なのかは分からないが、処罰を終えた王の声音には清々しさを感じる。
不快な物には、土を被せて蓋をする。
単純な発想だが、そこに至った精神性に病的な不調和を感じる。
「しかし、逃げ出した者達は山を越えております。罪人だけでなく、その一族も……」
「放っておけ。山の先は死者の国だ。生きて戻る事は無い」
そのような言い伝えがあるという事か。
実際には死者の国など無く、閑散とした平野の先に、赤茶けた岩山が散見されるだけである。
生命の気配が薄いという点では、死を連想するのも分からなくはないが、大自然が織り成した雄大な景観と言った方が適している。
今頃は、新妻の手料理片手に歩く王子が、気ままにその景観を楽しんでいるのであろう。
「……王子の行方の手掛かりも、得られませんでした」
「アレの母も、喪われて久しい。恩情をかける時はもう過ぎた。王子は変える」
「ですが、王の子は一人、という法がありますが……」
「余の発する言葉こそが法だ。余のもとを離れた王子は、死んだ者として扱う」
「分かりました……」
意見する時も、答える時も、総じて全てを諦めたかのように、あからさまに力無く振る舞う。
事ここに至って、逆らわないまでも、王の勘気に触れないよう配慮するような繊細さは、消え失せてしまったのであろう。
そのような配下を見ても、ただ無表情で頷く王。
「帰るぞ。手足を呼び……なんだ?」
突然、周囲の草が萎れ始め、疎らに生えた細い立ち木から、幹の皮が剥げ落ちてゆく。
植物の周囲を良く見ると、僅かに霞んで見えるが――、
「光る……砂?」
訝しむ王が、漂う霞に手を伸ばし、呟いたその時、地面から青白い輝きが噴き上がる。
「なんだ……何が起きた」
「分かりませんが……体が軽くて、暖かい……眠くなって……」
話しながらも、徐々に瞼が落ちて行く。
一度、体が大きくふらつくと、元から突き出している首の重さにより、前のめりに倒れ込む。
「山トカゲの毒か?」
「…………」
王の問いかけに、返事は無い。
しかし、それを咎める気配も無い。
「……心地良い。そうか、これが山トカゲの……ハッ、ハハッ。そうか……これは、新たな法が必要だ……この砂に、余の許し無く触れる事、禁ずる……」
これまでに無い、穏やかな声音であった。
座り込んだ王は、空を仰ぎ見る。
徐々に降り積もる青白い輝きは、草花も、王達も、広大な湖をも含め、全てを等しく埋没させていった。




