3-5 伝わらない言葉――伝えられない想い
ありがとうございます。
混乱による支離滅裂な状態は、ニャマコの編集によりカットされていた。
「――私の分体は全部、記憶する力が弱いのよ」
「忘れやすい?」
「ええ、古い記憶は本体にしか残らないから、昔の事を思い出す時は、本体の記憶を見ているの」
「……昔を……見る?」
「なんて言ったら良いのかしら……本体が眠っている間は、昔の事が思い出せなくなっちゃうのよ」
記憶容量が小さいため、本体との接続が切れている間は、全ての記憶を引き出せなくなってしまう、という事か。
どうやら、燃費の悪い本体を休眠状態にして、王子が飲み込んだ分体で活動するために、問題点を説明しているらしい
「ごめん。良く分からない……」
「そう……」
「でも、君といつまでも、ずっと一緒に居られるのは分かったよ」
「そうだけど……嫌になって離れても、元の王子の体には戻れないのよ?」
管理者や補佐役などであれば、その技量やツール次第では、観測機から取得した元の構造データから復元できる。
あるいは、構造データさえあれば、相応の技術を持つその他の存在でも可能。
しかし、ライの恩人にはそういったツテが無いのかもしれない。
「大丈夫。僕は幸せだよ」
「……本当に、分かっているのかしら……王子、今の声、聞こえてる?」
「……こう?」
声の出所を探るように見まわしながら、本体に向かって右手を差し出す。
そうするように、聴覚に直接伝えられたのであろう。
「ええ……」
王子の手のひらの上に、艶やかな白いトカゲが現れる。
「……綺麗だ」
おそらく、分体により生成された依り代のような物であろう。
殻を持たないその姿は、カタツムリと言うよりは爬虫類だが、整った無機質な色艶は、シリコン樹脂製のオモチャという印象。
「こんな感じね。これからは、この体で王子について行く事になるわ」
分体から声を発する。
「そっちの……大きな君は、どうするの?」
「こっちは……そうね……風向きを見て霧のある所に戻ったら、しばらくは休眠かしら?」
本体から声を発する。
いずれまた、目覚めさせるつもりはあるようだ。
霧を吸収すれば、いくらか回復するような事を言っていたが、そのようなライ種も居るのであろうか。
「小さい君は……貝殻が無いけど、大丈夫?」
「ええ。だって、これからは王子が私の殻になるのよ? 重たい貝殻なんか、要らないわよ」
「そうか……そうだね、頑張るよ。強くなって、君を護るから」
「ふふっ。頑張らなくても大丈夫よ。私が王子の体に馴染めば、たぶんこの星で一番強くなっちゃうから」
「それなら……食べ物集め、頑張るよ」
「それも大丈夫よ。王子と一緒なら、食べ物だって作れるもの。ほら、これ……」
白トカゲが宙返りしながら浮かび上がると、手のひらにシトロンのような果実が現れる。
ヘタの部分が無く、不自然に整った形をしているが。
「これって……昔、君が採ってきてくれた……山の果物?」
「王子が好きって言ってたから、似てる形にしてみたの。そのまま食べられるから、食べてみて」
思い出を懐かしんでいるのか、薄く笑みを浮かべる王子。
そして、皮ごと大きくかぶりつくと、歯が打ち合さる音が響く。
見た目にそぐわない、薄いフィルムのような皮。中身は、真っ白なペースト状になっていた。
「この味、さっきの――」
「ええ、私を取り込んだ時、美味しいって言ってたから……でも私、味付けって苦手なのよね……」
「美味しいよ。ありがとう。これなら、いくらでも食べられそうだよ」
「そう? いつでも、いくらでも作れるけど……」
空に浮かべば風に流されてしまうような本体とは異なり、同化状態の小さな分体であれば、燃費を気にしなくて済むのであろう。
「それなら……僕は……歩くのを頑張るよ」
「歩かなくても――」
「待って。僕も何かしたいんだ……」
「そうね……それなら、ゆっくり歩いて景色を楽しみながら……たくさん味見してもらっても良いかしら?」
「うん、喜んで」
王子の手元の果実は、早速違う味付けで再生されたのか、食べる前と同じ見た目に戻っている。
食べた成分を再利用すれば、際限なく食べさせる事もできる。
もっとも、直接体内にエネルギー供給したなら食べる必要すら無いのであろうが、おそらく王子に対して、何か与えているような実感を好むのであろう。
「それじゃ、はい。どうぞ」
「……今から?」
「ええ。私はヒトが感じる味が分からないから、本体が休眠して忘れちゃう前に、出来るだけいろんな星のいろんな食べ物の味を試して、美味しいか不味いかだけ、教えて欲しいのよ」
「うん……でも、いろんな星のいろんな景色の話も聞きたいな」
「分かったわ。でも、そうね……ヒトの目には映らない物も多いから、上手く話せるかしら……」
「大丈夫。分からなくてもいいんだ」
「そう? それなら、食べ物も出来るだけ、そのまま再現するわね。これなんか、どうかしら?」
生成されたのは、カラフルなヒトデから、緑の液体が滲み出た何か。
波打つように動き、僅かに震えている。
「……これ、凄い……」
「凄い?」
「ごめん。僕も、上手く伝えられないみたいだ……」
新妻の手料理を食べ続ける、と言えば聞こえが良い。
しかし、いつ終わるとも知れない、得体の知れない食物を模した合成調味料の味覚テスト、と考えたなら、どうであろう。




