3-4 星を巡る旅――予期せぬ婚儀
ありがとうございます。
「少し、浮かび過ぎたかしら……」
「綺麗だ……」
空高く――山の頂より遥かに高く浮かび上がった巨大巻貝は、上空の風を見誤ったのか、山々の稜線を越えてなお、ふわりふわりと流されて行く。
「ごめんなさい。山の上でお花畑を見せてあげたかったのに、風に流されちゃったの……」
「ううん、十分だよ」
「困ったわ……この辺りは霧が薄いから、すぐには補給出来ないし……」
ライ種の循環系には疎いが、ただの霧を吸ったところで、まともな活力が得られるとは思えない。
何かしら代わりになるような成分を持つ、浮遊微生物でも混じっているのであろうか。
だとしても、さほど効果的とは考え難いが、ライと同じく吸血、体液吸収を極力避けている、という事か。
「どこか……遠くへ行きたいな」
「帰らないつもり?」
「帰っても、追放だから」
王は、己自身が法であると明言していた。
そのような強権が許される立場にあるのなら、追放するもしないも王の気分次第に思えるが。
「そう……洞窟の国は飽きちゃったのね」
「……知らない場所に行ってみたいんだ。綺麗な場所とか……知ってる?」
広大な世界に魅せられ、あの狭い洞窟の主におもねる気が失せたのであろうか。
「そうね……この星には、綺麗な場所がたくさんあるわ」
「この星?」
惑星を意味する単語は、彼らの言葉に無いのであろう。
晴天の星――衛星なのか、なんなのか不明な発光する球体を見上げる王子。
「丸く浮かんだ、この大地の事よ」
「丸い……」
「前にも話したけど、私は空の上の遠い星から来たの。広い空の上でたくさんの星を巡って、この星まで来たのよ?」
「どの星から?」
「見えないくらい遠い星よ。私も、故郷を追放されちゃったのよ」
「……一人で?」
「ええ、たまにこうして誰かと話す事はあるけど、旅の間はずっと一人よ」
「…………」
「でも、こんなに綺麗な星に来られたんだもの、今はとっても幸せよ?」
「……星を巡る旅、してみたい……君と一緒に……」
「そう……」
「あ……ごめん。僕と一緒じゃイヤかな……」
「いいえ、違うの……王子と一緒なら、きっと楽しいと思うけど……」
「……そうか、霧が無いから――」
「違うの、そうじゃなくて……でも……そうね。少し、下に降りて休んでもいいかしら?」
風船を萎ませるように、巨大巻貝を縮小しながら裾野に降りて行く。
裾野に降り立つと、巨大な殻に見合う、大きな白いトカゲのような顔を覗かせて、僅かに開いた口から細長い舌を伸ばす。
そこには、ライが作るオヤツ――白い飴玉のような物が乗っている。
「……これって――」
「しっかり、考えて決めるのよ? これを食べると、私と一緒になっちゃうから……これからずっと、いつまでも……」
ライ種の同化状態を利用して、いつか共に、星を巡る旅ができるように、という事か。
王子の想いに応えたいのであろうが、随分と思い切った手段に思える。
「…………」
「私はもう、星を巡る旅はできないと思うの。この大きな本体を使うなら……ね。だから――」
説明の途中、急に接近する王子。
急に迫ってきた事に驚いたのか、飴玉――球状の分体が転がり落ちる。
すかさず王子が掴み取ると――、
「美味しかった」
勢い良く飲み下した。
「ええぇ……」
唖然とする気持ちが良く伝わる声音に、ニャマコの音声変換の技を感じる。
「全てを分かち合い、共に在る事を誓う」
力強く、真剣な表情で、白いトカゲの額部分に手を当てる王子。
「…………」
「これで、僕と君の婚儀が済んだ。一緒に、ずっと、幸せだよ」
「…………」
王子のコミュニティでは、相手の口に入った食べ物を食べてから、相手の額に手を当てる事で、婚姻の承諾を示すという事か。
しかし、その辺りを確認する心の余裕が無いのか、舌を出した状態のまま固まっているライの恩人。
ライ種は、コンディション次第では、ヒト種を遥かに凌駕する思考速度を持つらしいが、予想外な展開の速さに動揺が収まる隙が無さ過ぎる、という事か。
「舌は、もう戻しても大丈夫だよ?」
「婚儀……そう。ええ、そうね。少しだけ考えさせ……じゃなくて……え?」
「大丈夫?」
ライ種に、配偶、婚姻関係などあるのか、どうなのか。
吸血対象の生物種がそういった社会的関係性を持つのであれば、そのコミュニティの中で擬態して紛れる事もあるため、擬似的な婚儀を結ぶ事もあるのかもしれないが。
「……ええ、大丈夫よ。婚儀の作法は知らないけど……ヒト種の子供ってどうやって作るのかしら……でも、美味しかったのね。良かったわ。味付けは結構適当だったのよね……」
あまり、大丈夫そうには見えない。
支離滅裂に言葉を繋ぐが、同化状態の説明、承諾確認はどうなったのであろうか。
「子供は……君が望むなら、ちゃんとした住処を見つけてから考えよう」
「そうね。それが良いわね……あれ? 良かったのかしら?」
「大丈夫?」
「……ええ、大丈夫よ?」
あまり、大丈夫そうには見えない。




