3-3 王子――山トカゲ
ありがとうございます。
ニャマコが生成したスクリーンには、数人のヒト型生物が映し出されていた。
その背は低く、首は前に突き出し、腕と脚は極端に細いが、手指と足指は長く広がっている。
暗い洞窟の中に見えるが、鍾乳洞であろうか。
鍾乳石のような柱の密度が高過ぎて、足場はかなり悪そうだが、彼らの肉体は、このような場所には適応しやすい造りと言える。
「法に逆らうのか?」
「いえ……」
「余の存在、そのものが法だ。法は尊重しなければならない。敬いが足りない」
既に、言語は解析済みらしい。
言葉に元々『クセ』が少ないのか、ニャマコの趣味なのか、淡々とした物言いが続く。
「謝罪します……しかし、山トカゲに聞いたのです。霧の無い山の頂には、清らかな花が咲き、その蜜は甘美、曇りない夜空の星の輝きは、ヒトの心を癒すと」
「……余の指よ、それは正しいか?」
一際大きな肉体を持つ者が、隣の者に尋ねる。
「山トカゲは気まぐれな存在です。気まぐれに殻にこもり、気まぐれに数を増やし、気まぐれに我らを守る霧を払います。その話は、信じられません」
山トカゲというのが、ライの恩人の事を示しているのであろう。
循環用の成分――生物の体液の摂取が不足すると殻に籠るのも、分体生成で数が増えるのも、ライ種の特徴である。
「……それは、余の考えに適う。新たな法だ。山トカゲと言葉を交わす事、禁ずる。これに逆らった者は、追放する」
「……はい」
「王子には加える。この岩窟より外へ出る事、禁ずる」
「…………」
「お前は俺の子だ。王の子だ。外に出る必要は無い」
「……分かりました」
場面が切り替わり、洞窟の壁が崩れて外が見える場所で、先程の王子が佇んでいるのが見える。
その足元には、苔が繁茂し、草花も見られる。
「…………」
花を見つめている。
顔は無表情――感情が抜け落ちたような表情に見える。
身じろぎ一つせず、静止画にも見えるほど。
しばらくすると、崩れた壁の上部から、何かが滴り落ちる。
「王子、私よ。逢いに来たわ」
短い棘が疎らに生えた、縦巻きの貝殻。
そこから覗くのは、トカゲのようなシルエットだが、白く滑らかな肌質。
これが山トカゲ――ライの恩人なのであろう。
「…………」
反応しない王子。
「どうしたの?」
ライの恩人が、再度声をかける。
「君と話すのは、ダメだって……」
王子の視線は、足元の花に固定されたように動かない。
「王子は、それでいいの?」
「…………」
「山の上、とっても綺麗よ?」
「…………」
僅かに、王子の肩が震える。
「霧をいっぱい吸ったら、少し元気になったの。今なら王子を、山の上に連れて行けるはずよ」
「……行きたい」
ポツリと呟くと、足元の花を手折る。
その茎を、殻の棘に結わえる。
「ふふっ。ありがとう」
先程までは、霧がかかって薄暗くぼやけていた外の景色が、今は明瞭に見渡せる。
ライの恩人が、吸収したのであろう。
上を見上げれば、なだらかな稜線。
下を見下ろせば、広大な湖が広がる。
この洞窟は山脈の麓から、三日月型に突き出した半島のような、狭い陸地に位置するようだ。
「大きい……」
王子が崩れた壁から身を乗り出し、霧の晴れた稜線を眺めると、その瞳に、空からゆったりと近づいて来る巨大巻貝が映る。
「私の本体よ。やっと動けるようになったの」
王子の呟きは、巻貝の巨大さに驚いたのであろうか。
それとも、狭い陸地の洞窟から見た、広大な外の世界に感嘆したのであろうか。
「……あぁ」
本体の巨大巻貝は、洞窟の外側にぴたりと寄せられた。
王子の視線は、外の景色に向いている。
「王子? 早く乗らないと、疲れて落ちちゃうわよ?」
「……ごめん」
王子が、細い脚に力を込め、大きく跳躍する。
長い手指で巨大巻貝の棘を握ると、曲がった背と、突き出した首を伸ばして、空を仰ぐ。
霧が晴れた空を、晴れやかな表情で見上げる。




