3-2 創造された天国――保護されたライ種
ありがとうございます。
「ん……キタコレ」
「惑星の上空かにゃ?」
「んだなぁ。んだけぇが、ここもまた面白ぇとこやなぁ」
空の枝道を抜けた先は、多種多様な花々が咲き乱れる、もとい規則的に整然と咲き並ぶ天上の楽園であった。
空に浮かぶ何かの上に、惑星の基準を遥かに超えた技術で構成された花壇や噴水、東屋などが見られ、所々半透明な幾何学模様の何かが浮かび、周囲は透明度の高いドーム状の膜で覆われている。
面積は、半径で数キロメートルはあろうか。
「これ……これだよ……見てよニャマコ! 昇る滝! 浮かぶ水路! 虹の花壇! あの噴水! ドラゴンの口から――」
「分かった、分かったから……とりあえず落ち着くのにゃ」
「んだけぇが、黒姐が楽しそうやと、ウチも楽しくなるけぇ」
「まぁ、たまには良いのかもしれんが……同期強度を緩めるから、少し待つのにゃ」
明らかに異常な環境を目にしても、黒い神のテンションは高まっている。
ニャマコとライも落ち着いて見えるが、状況が読めている、という事か。
「なんや、どこも全部、色がたくさんやけぇ。んだけぇが、一個も乱れてねぇでなぁ。綺麗やなぁ」
「ん、これが本当の天国――天上の楽園って感じだね。あ、ほら、あの白塗りの東屋とか……なんかちょー普通っぽいのに、ちょーセレブだよ?」
「黒姐は、こういうんが好きなんやなぁ」
影が一切見られない西洋風の東屋には、テーブルの花瓶にスズランのような花が活けられ、マカロンらしき物がバスケットに盛られている。
「ん、なんか、こう……洗練され過ぎて綺麗過ぎるけど、こういう感じで過剰なのは――」
「むしろ、ファンタジーでしょ?」
唐突に、黒い神の背後から、彼女に良く似た声が言葉を繋ぐ。
「そ……って、えっ?」
「やあ、お母さんだよ」
「どっから湧いて来たのにゃ……」
本当に、どこから出てきたのか分からなかった。
自ら母親を自称するなり、後ろ手に隠すようにしてこちらを指差してから、小さく手を振る。
一応、手を振り返してみたが、見えているのであろうか。
「お庭、イイ感じでしょ?」
「ん……えっと……お久しぶり?」
「うん。その節は……じゃなくて、その……アレ……もう、怒ってない?」
「あ、うん……」
動揺した黒い神はともかく、『上司』の方も明らかにぎこちない。
報告に付随して、事前準備が適当過ぎる事や、そのため彼女が愚痴を漏らしていた事を伝えてみたのだが、直接謝罪に来たのであろうか。
「……あそこに……お菓子作ってあるから、お茶しよっか?」
「あ、おかぁ……じゃなくって、あなたが作ったんだね」
「……うん。お母さんでイイよ」
「あ、はい。じゃ、お母さんで……」
東屋について行くと、テーブル上に洋風の食器セットが現れる。
「お茶の方はあまり知らないから、ニャマコにお願いするよ」
何気無く呼びかけているが、ニャマコという呼称は、既に公認という事か。
もっとも、正式名称が不明な上に、自称していた究極の演算機などという呼び方もどうかと思い、報告内容の呼称もニャマコで統一していたが。
「お茶というのは、地球の紅茶かにゃ? その辺の知識は、ワシも似たようなものだと思うがにゃ」
黒い神があまりに偏食過ぎるため、美味しいお茶に関する情報が無いのであろう。
「んだば、ウチが作るけぇ……ちぃとコレ、貰うでなぁ」
代わりにライが、バスケットの菓子を片手に取ると、もう片方の手から筒状の水筒を生成する。
「ありがとねぇ」
「こん場所に合う見た目は知らねぇでなぁ、入れもんの形は任せるけぇ」
「うん。それじゃ、ティーポットは日本風にしてみようか……はい、こんな感じでどうかねぇ?」
「……これ、ヤカンだよ?」
西洋風には詳しいようだが、日本風には疎いようだ。
「……それじゃ、こんな感じはどうかねぇ?」
今度は、日本の土瓶らしい蔓状の持ち手がついているものの、ゾウの鼻のような注ぎ口、ドラゴンの羽と尻尾がついたような形状になっている。
「ん、ある意味、日本風だね……イケてるかも」
「面白ぇ形しちょるなぁ」
「ふむ……何か違う気がするのにゃ」
「大丈夫だよ。お茶は見た目より作法って聞いたし」
黒い神のフォローに土台は無い。
「……注ぎ方は、こんな感じかねぇ?」
中国茶のパフォーマンスのように、妙に高い位置から斜め下に向かって、土瓶とは思えない勢いで注がれる。
「ん……零れないのが不思議かも」
「能力使っておる時点で、たぶん違うのにゃ」
この場の誰一人、まともな経験も知識も無いのであろう。
誰も知らない以上、作法を探る遊びのようなモノであろうか。
「うん。でもなんか匂いが……凄くイイねぇ」
「ん、ヤバイね。飲んでないのに、美味しいって分かるよ」
「ふむ、黒いのの味覚からディスアセンブルしたのかにゃ?」
ニャマコが言いたいのは、逆算的に作ったのか、という意味か。
「んだなぁ。自信はあるけぇ」
自信作ができた時の黒い神を真似ているのか、ニヤリとした笑みを作るライ。
「ん……舌が蕩けるって、こういう事かも」
「うん。凄いねぇ。長く生きてるけど、こんなに美味しい飲み物は初めてだよ」
どれほど生きているのか気になるが、おそらく正確な存在時間など、本人でさえ知らないのであろう。
「んだなぁ。思ったより上手くできちょるけぇ」
「あ、お菓子も美味しいよ。普通に美味しい……」
「うん。地球の食事文化のレポートから、再現してみただけなんだよねぇ」
「……すまねぇなぁ」
「や、こんなに美味しい物作って貰って、悪い事なんかないよ。ありがとねぇ」
「そうけぇ? コレに合わせたつもりやったけぇが――」
「感謝のついでに、この子を渡しておくよ」
「…………」
差し出された手の上には、小さなカタツムリ――小型のライ種が乗っていた。
直後、身体反応を誤ったのか、ライの閉じた目から、文字通り滝のような涙が流れ出す。
「え……白姐、どうしたの? 感触が……大丈夫?」
「なんにゃ? 二人とも、感触を抑えるのにゃ」
「や……この感触は……難しいねぇ」
親子揃って、もらい泣きのような状態になっている。
「……恩人やけぇ。前に話しちょった……ずっと探しちょった母親みてぇな人やけぇが……エライ小せぇなぁ。気配は同じに見えるけぇが……」
「あ、白姐の……どこに居たの?」
「うぐぅ……」
『上司』の顔は歪み、涙塗れになっている。
「ん、顔が……ちょっとスゴイ事になってるかも」
以前――酸欠の時に、黒い神も同じような顔をしていた。
取り繕いが一切無い泣き方も、酷似している。
「うえぇ……」
「一度、感情を初期化するのにゃ」
「無理ぃ……」
「……今、同期して記憶を見たが、そのライ種は管理区域の境目におったのにゃ」
「そっか……あれ? でも――」
「んだなぁ。気配は星ん中にもあるけぇ……」
「うぐ……一人ぼっちで、真っ暗な宇宙……可哀想……虐められて、埋められて……砂漠に……うえぇ……」
もはや、ライの激情を浴びた事による混乱なのか、ライの恩人に対する同情なのか、良く分からない事になっている。
「ふむ、こやつが言いたいのは、マリモ型の観測記録から調べたそのライ種の足跡だにゃ。黒いのの引き継ぎ資料を調べておったら、見つけたのにゃ」
どうやら、黒い神が就任する前に、マリモ型管理者の記録から、管理区域内の細かな情報を仕入れていたらしい。
その情報と、こちらが送ったライについての情報を照らし合わせて、恩人の消息を辿っていたのであろう。
「何があったの?」
「大まかに言えば……いや、映像記録を見せた方が早いかもにゃ」
どうやら、複雑な経緯があるらしい。




