3-1 空の枝道――能力の本質の活用
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ライの興奮による『感触』の混乱はしばらく続いていたが、黒い神の精神に対する影響を懸念したライが、一旦短い休眠を挟む事で収束した。
その後は、和やかに食事を再開し、米の品種による違いや、味噌汁の具材、漬け物文化について歓談。
今は、ニャマコソファに共に埋もれつつ、ニャマコ汁と『カーファ』を楽しんでいる。
「ん……お米の栽培を広めよう」
「んだなぁ。イイ考えやけぇ。んだけぇが、種は作れるんかなぁ?」
「記憶から読み取れるのは、炊いた米の味と食感だけだにゃ。遺伝情報は見当たらないのにゃ」
「そっか……」
ニャマコが本気で探れば断片的な手掛かりくらいは掴めるのであろうが、黒い神の専門的知識はファンタジー文化が癒着し過ぎているため、想定外な何かを生み出しかねない。
「それに、推測して作るにしても、あの惑星の空気や水、土の成分や微生物などに合わせるとなると、かなり違う物が出来上がるのにゃ」
「……ん? できるって事?」
「いや、米の味がする何か別の作物が出来上がるだけだにゃ」
「あ、環境を変質させれば……田んぼの水と土だけでも……」
「待て。環境の変質は生物の変質も招くのにゃ。進化は結構だが、その理由が米のためというのは……」
「美味しいお米で進化、イイと思う」
「良い……のかにゃ?」
最近は、黒い神の感覚に影響されているのか、ニャマコが断言を避ける傾向がある。
「んだけぇが、ウチは味が美味かったら十分やと思うけぇ、環境はそんままが好きやなぁ」
「ん、そうだね。白姐が好きなようにする」
同意というよりは、追従の色が強い。
「味噌汁も美味かったけぇ。お米作るついでに、味噌汁に使うもんも一緒に作りてぇでなぁ」
「やっぱ、ご飯にはお味噌汁だよね」
「ふむ、出汁は塩虫の調味料かにゃ。あとは味噌の原料――穀物も麹も、どこかにあるかもしれんにゃ」
「コクモツっちゅうんは……ウチが今考えちょる草の実で合っちょるけぇ?」
ライの思考イメージには、様々な植物の構造が浮かんでいる。
「今、白いのが思い浮かべた中で、該当しそうな物がいくつかあったのにゃ。まぁ、その辺の穀物を見つけ次第、考えたら良いかもにゃ」
「ん、現地素材で作る方が、作り甲斐もあるよね」
「んだなぁ。ウチらの食う分はニャマコ兄さんが作ってくれるけぇ、急ぐ必要ねぇでなぁ」
「ん、それじゃ、とりあえず次のとこ行ってみよっか」
「うむ。今、新たな枝道ができ……これは……」
「どうしたの?」
「あそこを見るのにゃ。あれが今、新たに生まれた枝道だにゃ」
ニャマコのネコミミが指し示すその先には、なぜか地球で見られる道路標識が立っていた。
「……斜めの……一方通行?」
車線限定の斜め下矢印や、左右に歪曲した右左折限定の矢印ではなく、斜め上を向いている。
日本であれば斜め前方への直進限定、という意味なのであろうが、見たところそれらしき道は無く、背景オブジェクトの田畑が広がるのみ。
「いや、あれは斜め上を指しておるのにゃ」
「……どういう事?」
「出口が上空にあるのにゃ」
「んだば、飛んだら行けるけぇ」
ふわりと浮き上がるライの腕から羽毛のような物が翼状に生える。
おそらく、大部分の構成要素を『薄く広がった』状態にして、自らの見形を形成する質量を減らし、腕の翼で面積を稼ぎ、周囲に広がった一部で支えているのであろう。
「白姐、ちょー綺麗……」
「黒姐の話やと、神様の遣いは羽が生えちょるけぇが……これで合っちょるけぇ?」
「ん、ホントの天使は知らないけど、似合ってるよ」
「器用なもんだにゃ。ワシも合わせるかにゃ」
同様に浮かびあがるなり、ネコミミの後ろ辺りから羽のような物を生やすニャマコ。
具体的には、水色の楕円球体に、同じ質感の歪曲した平面が付いた状態になっている。
「カワイイけど……羽の生えたナマコだね」
「…………」
「ウチはカッコイイと思うけぇ」
「……黒いのは地面を拡大するか、ローブを裏返して着るのにゃ」
「裏返し?」
「外から圧を加えて体を軽くすれば、ワシらが運びやすくなるのにゃ」
「あ、それ知ってるよ。一人でローブ調べてた時、ウォーキングタオルごっこしてたから」
確かに、前後から収納ローブで挟めば、見た目は薄いタオルのようになる。
歩くタオルを自称する酩酊状態を以前目にした記憶があるが、タオルに何か特別な思い入れがあるのかもしれない。
「……まぁ、そのままでも構わんがにゃ」
「大丈夫。こんな事もあろうかと……」
尻尾の先に、何かを取り付け始める黒い神。
「思考伝達をごまかしておったのは、コレだったのかにゃ?」
「ん、もしかして、コレの事考えてたから、こんな枝道できちゃったのかも?」
「そうかもしれんにゃ」
黒い神のためにあるこの空間。枝道の生成には黒い神の思考が関わっているらしい。
屋根裏に出たり、地下空間に出たりしていたのも、長い寝たきり生活が影響していたのかもしれない。
「よし……これで――」
尻尾の先端から、多数の細い針が上空に伸びてゆく。
細過ぎて目視ではほとんど見えないが、彼女の思考からは、多数の小さなドローンに吊り下げられるようなイメージを読み取った。
「あ……」
体は確かに浮かび上がったものの、腰から吊り上げられたような体勢になっている。
「ふむ、尻尾の姿勢制御が不安定だにゃ」
「んだなぁ。上を気にし過ぎやけぇ」
どうやら、尻尾を使い姿勢を制御するつもりであったようだが、上空の気流制御に意識が持っていかれてしまったらしい。
「……これで……こうかな?」
「ふむ……」
先ほどよりは安定した姿勢だが、微妙に回転がかかっている。
外からは見えないが、ローブの内側の付け根部分で体全体を包んでおり、接続部分は分散させる形で、軸受けは真上に配置している。
しかし、軸受けの機能に問題があるのか、体の向きが不安定。
「黒姐は元から軽いけぇなぁ」
「このまま改良を重ねるくらいなら、能力で飛ぶ練習をした方が効率的かもにゃ」
この大気、この引力で飛び回りたいのなら、拡大で空高く昇ってから、滑空する形が手早く済む。
しかし、浮かび上がりたい場合はいくらか難しい。私なら、自らの肉体を改造すれば早いが、黒い神ならどうであろう。
「でも、白姐みたいなのは無理だし……」
「ウチの護りが馴染んだらできるけぇ」
「そっか。でも、能力で飛ぶのは……どうやるのかな?」
「能力練習で気づいた事はないかにゃ? 特に、強く結合、縮小、挿入した時だにゃ」
思い当たる手段はあるが、今の黒い神の技量では難しい気がする。
「ん、そういえば……硬い物作る時、なんか感触が……」
「うむ」
「こうして……」
黒い神の前方の景色が、僅かに歪む。
「待つのにゃ」
ニャマコがマットのように変形し、黒い神の斜め下に広がる。
「――んぶっ!」
引き寄せられるように、顔からニャマコにめり込む。
同時に、後ろからライに体を支えられている。
「試すなら、せめて地面に足をつけてから、もっと小規模にするのにゃ」
「流されちょったけぇ」
「ありがと……ビックリした……」
「あと、重さに対する先入観……というか、感触センサーで感じる重さの感覚は、一旦無視するのにゃ」
方法自体は間違っていないと思われるが、『感触』による予想と実際の現象の差が大き過ぎたらしい。
「滑りやすいけぇ、流れを曲げ過ぎたら危ねぇでなぁ」
「そっか……思ったよりツルツルなんだね」
ライの言う『流れ』とは、短く正確に表現できる日本語が無く、なんとなく当てはめたのであろう。
イメージ的には、氷の床を急に凹ませたようなニュアンスであろうか。
「親子揃って、加減を知らなさ過ぎるのにゃ」
ニャマコの中で『上司』と黒い神は、同類を超えて親子という扱いになったようだ。
「親子じゃないけど……あの人も同じ事やったの?」
「うむ。あやつは、爆炎の中をきりもみ回転しながら吹き飛んでおったがにゃ」
「私より上級者だね」
「似たようなもんだにゃ。今のも、白いのとワシがカバーしなければ、縦回転しておったのにゃ」
「ん……お母さんって呼ぼうかな」
「あやつは、慣れてからは銀河を移動させたり、自在に混ぜ合わせたりしておったが――」
「うわぁ……」
「ワシのような演算機がサポートするからできるのにゃ。単独でそのような規模でやるのは禁止だにゃ」
ちなみに『上司』は、その技術で星々の動きを調整するツールも開発している。
このツール単体では『銀河を移動』や『自在に混ぜ合わせ』と表現できるほどの機能は無いが、これが無ければ解消されなかった苦悩、煩悶は多い。
「まぁ、慣れるまでは、今のままのプロペラで十分かもにゃ」
「ウチが支えるけぇ」
「ありがと……結構良く出来たのに、すぐにお蔵入りしそうだね……」
「プロペラのクオリティは十分高いのにゃ。生成能力の成長度合いには、自信を持って良いのにゃ」
「ん、飛行系モンスターには使えるからね」
「…………」
もはや、ファンタジー好きというより、モンスター好きのような印象を受ける。
「んだば、行ってみるけぇ?」
「ん、冒険の始まりだね」
「ワシと白いのがおれば、まともな冒険などあり得んがにゃ」
冒険となれば、成功するかどうか分からず、ある程度リスクも存在しなければならないであろう。
ニャマコの発言も理解できるが、あの『上司』に任された管理区域である以上、あり得ない事では無い。




