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2-27 天国――ジャミング

ありがとうございます。


 初めてホームに降り立ったライは、分かりやすく動揺していた。

 珍しく普段使わない目を開いたり閉じたり、手を伸ばして空を掴もうとしてみたりと、やや興奮しているようにも見える。


「こりゃあ……なんも知らねぇで来たら天国来たかと思うけぇが、神様が住む所っちゅう意味ならあっちょるのかなぁ」


「そんなに? っていうか天国ってこの世界にもあるの?」


 死後に至る天上の国など、惑星の外で寿命も無く生きるライ種には、あまり馴染まない概念かもしれない。

 おそらく、この仮想現実と現実の混じりあったような空間を端的に表す日本語として、なんとなく当てはめただけなのであろう。


「見てねぇのに見えるけぇ、不思議でなぁ……天国っちゅうんはあんまり聞かねぇけぇが、皆も神様が住むとこに興味はあるけぇなぁ」


「神様っていうか、ただのお婆ちゃんだよ」


 見た目も精神年齢も、ライの友人と大差無いであろうに、ただの老婆だと自称するのはむしろ違和感があるが、神――信仰の拠り所という立場に馴染んだ彼女もイメージし難い。


「んだなぁ。黒姐が神様やらねぇでも、誰もあんまし困らねぇでなぁ」


 ライに軽く撫でられ、ふやけた笑みを浮かべる。


「ん、でも前から神様居たみたいだけど、私が神様扱いで大丈夫なのかな?」


 彼女が惑星に降り立ってから、槍を向けられたり、匂いを嗅ぎ回された事はあったものの、最終的には神として扱われていた。

 おそらく、似たような存在が既に知られていたのであろう。


「それは、この世界全体の管理者だにゃ。そやつが昔、積極的に接触しておったのにゃ」


「あ、そういえば……なんか最初にあの人が言ってたね」


「うむ。今も、この世界全体の管理者だにゃ」


「ん、会社で言うと……社長みたいな?」


「いや、その例えなら、あの上司が社長だにゃ。この世界全体の管理者は係長……いや、係長補佐かにゃ?」


 見習いのような立場の黒い神を現場に近い場所で監督し、何か問題が起きた場合にはフォローする立場、という意味か。

 とはいえ私の知る限りでは、管理者はその担当区域における権限が被るような事は滅多に無い。

 しかし、黒い神は事前準備の機会や十分な情報を与えられず、観測機へのアクセス権限も最低限の物。また、その活用方法も知らされず、さらには『上司』へ連絡する手段も無い。

 そのため、直接的な補佐役であるニャマコ同様に、最低限必要なフェイルセーフという事らしい。


「そっか。挨拶とかしなくて良かったの?」


「うむ。今は寝て……いや、地球時間で20年以上前から寝ておるからにゃ」


 随分とマイペースにも思えるが、端末や補佐役がそれだけ優秀なのであろう。

 私もかつて端末に任せて、半ば休眠し続けていた事がある。


「ん……コールドスリープみたいな?」


「いや、元から長い休眠期間を不定期に取る種族で、見た目は大きなマリモみたいなヤツだにゃ」


「え? マリモ?」


「いや、本体がマリモ型なだけで、惑星ではヒト型の端末を使っておったはずにゃ」


「そっか」


 私の知るマリモ型の知的生命体は緑藻ではなく、植物でもなく、音声言語を用いて食事も取り、感覚もヒト種に近いためか、ヒト種と共に暮らしていた。

 その管理者も同じ系統の生物種であるなら、ヒト種と交流していたのも違和感は無い。


「ウチが知っちょる管理者さんは、見た目が三つの箱みてぇな形しちょったけぇ」


「……箱?」


「ふむ……今、思い浮かべたヤツは、マリモ型の端末だにゃ。まぁ、端末と言っても、マリモ型本人と変わらんがにゃ」


 管理者が空間的に離れた場所や、時間の流れが異なる場所から職務に当たる時など、必要に応じて端末を用いる事がある。

 その形態は様々だが、独自に開発された場合を除いて、似ている物は型式のようなカテゴリに分けて区別され、単に観測や通信を目的とするモノだけでなく、管理者の思考を模して自律的に業務に携わるモノもある。

 ちなみに私の主要な端末は、訳あって元生命体で、端末自体に明確な意識が存在するため、補佐役でもある。


「んだばウチは、鼠と猫の神様も、ホントの雨降らしの神様も、知っちょったみてぇやなぁ」


「そっか。神様眠っちゃったから、皆大変だったのかな?」


「んだなぁ。捨てられたみてぇに思っちょったけぇ」


「ふむ、なるほどにゃ」


「……っていうか、さっきから気になってるんだけど……アレ、何かな?」


 黒い神が苦笑いと共に見つめる方角には、随分と先進的なビル群のような物が見える。

 しかし、ビル群と言っても地球で見られる直方体のコンクリートジャングルではなく、大小の巻貝を並べて繋ぎ合わせたような独特の構成になっている。


「アレは……この空間が予測した、未来の鼠人集落だにゃ」


「でも、集落っていうか……ドリル巻貝の街?」


「うむ。棘付きの殻……しかも、棘の部分で繋がっておるのにゃ」


「んだなぁ。全部くっついちょるけぇ。まとめて一つの貝みてぇやなぁ」


 ビルの側面からは、所々に突起のような物が伸びている。

 巻貝の棘のようにも見えるそれらは、地面や隣接する巻貝ビルを結びつけて、支えにしているのであろうか。

 あるいは、ビル間を行き来する連絡路や、各階層から外へ繋がる通用口かもしれない。


 一応、その傍らには黒い神が生成した巻貝ストゥーパ群も見られるが、ビル群と併せて見たなら、まるで巻貝親子の群れにも見える。


「……ドリルタワーしょぼいかも。もっと大きく作れば良かったね」


「あくまで予測だからにゃ。建築技術が大きく発展する可能性を、示唆しておるだけだにゃ」


「んだけぇが、悪くねぇでなぁ」


「ん……白姐の感触、イイ感じ」


 ヒトとは異なるが、ヒトらしい『感触』の心地良さに目を細める。


「あの湿地帯にコレができれば、かなり目立ちそうだにゃ」


「白姐が探してる人も、気づいてくれるかも?」


「んだなぁ」


「アレも目立つし」


「うむ……」


 黒い神が示す先には、緑のドームが見える。

 正確には、マングローブの密林が樹木密度を高め過ぎて、緑の塊となってしまった猫人集落の成れの果てか。

 密林全体で神樹という一つの生命体であるためか、中央が盛り上がるように半球状のドームを形成している。


「むしろ、アレがマリモだね。地面からマリモ生えたみたいになってるよ」


「んだなぁ。マリモは知らねぇけぇが、かまくらみてぇになっちょるけぇ」


「猫さん達も、仲良しって事かな?」


「あるいは土下座かもにゃ」


 猫人の無抵抗を示す服従のジェスチャーは、確かに土下座に似ていたが、日本の土下座には見られない激しさを伴っていた。


「ん、アレだけ激しく謝罪してるのに、感触は怒ってるみたいで不思議だったかも」


「お主も良く並列で思考しておるから、活用できるかもしれんにゃ」


「あんなに謝るほど迷惑かけてないよ……ないよね?」


 黒い神がライに同意を求める。


「ウチは黒姐が作るもん、好きやけぇなぁ」


「まぁ、ワシは黒いの自身に危険が無ければなんでも良いがにゃ」


「大丈夫だよ。次のは安全だから」


「なんにゃ……思考にノイズが多過ぎて読めんにゃ。あやつも昔、似たような事をして、やらかしておったのにゃ……」


 思考伝達をごまかす手段を完全に習得してしまったのか、私も読み取る事ができない。


 最近は、小さくて高機能なプロペラを大量に生成しているが、飛行型モンスターでも創るのであろうか。

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