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2-26 残務終了――ホーム帰還

ありがとうございます。


 巨大な蟻塚のようになっていた鼠人達の拠点は、中央が広い吹き抜けになっており、外側には螺旋状のスロープ、外壁側に居住スペースという構造。

 見た目は蟻塚だが、巻貝をイメージしたらしい。


「シャワーできたよ」


「ありがとなぁ。ウチも終わったけぇ」


 黒い神により、中央広場の一角には細かく区分けされた浴槽が造られ、それぞれ高い位置にシャワー用のパイプが伸ばされている。

 浴槽の区分けは、入浴に必要な湯量の調節、及び衛生的な理由。

 外には、耳無し集落と同じような分体貯水池も造られ、そこから流れ込む水を遠心ポンプで高い位置に送る仕組みになっている。

 湯沸かし用のかまどでは効率良く加熱するために、わざわざ逆さまの巻貝を模した螺旋パイプのような巻き方をしている。


「革は、油鞣しかにゃ?」


「んだなぁ。たぶんそれで合っちょるけぇ」


「鞣す材料は足りそう?」


「そこらの土と油やけぇ、大丈夫やなぁ。コレが試しで作ったヤツやけぇが……」


 地球の油鞣しとは違うのであろうが、元は黒光りしていたウナギ型生物の皮が、セーム革のように質感はきめ細かく、色は薄灰色に変化している。


「うわぁ。超柔らかいね」


「んだなぁ。柔らけぇし丈夫やけぇ」


「丈夫ってどのくらい?」


 猫人以上の身体能力を得た鼠人も多いらしい。

 彼らが着る物に使うとなれば、耐久性が心配になるのも当然か。


「んだなぁ……」


「ワシが試すから、貸してみるのにゃ」


 そう言うなり、左右それぞれ二又に分かれたネコミミで、革の端を引っ張って広げる。

 そして、僅かにその身を膨らませると――、


「ふっ!」


 息を吹き出すような音に一拍遅れて、軽い銃声のような音が弾けると共に、革とニャマコの間に霧のようなモヤが一瞬浮かぶ。


「うむ。シミュレーション通りだにゃ」


「なんか、防弾チョッキのテストみたいだね……」


 どうやら、目視では捉えきれない速度で何かを吹き付けたらしい。

 おそらく、センサーで計測していた靭性などから、革を引っ張る力と当てる水弾の威力や当て方を設定して、伝わる衝撃や伸び方をテストしたのであろう。


「うむ。それだけ優れておるからにゃ。ただの油鞣しでは無いのにゃ」


「んだなぁ。シメて強くしちょるけぇ」


 『シメて』という表現からは詳細が分からないが、ライのイメージでは、何かに浸して圧力を加えるという化学的な工程が重要らしい。


 おそらく、ライがこのような加工技術を持つのは、歪な能力を持つ生物種であったが故。

 ライ種は分析能力に優れているが、自由な物質生成は行えない。

 つまり、組成などを詳細に把握していても、その成分を作り出せないという事。

 その歯痒さから、化学技術方面に関心を持つ者は多いらしい。


「大した技術だにゃ。黒いのは能力があれば不要だが、仕組みは知っておいた方が良いかもにゃ」


「ん、ちょっと気になるけど、そっち系はそんなに……あ、完成品をコピーするのは練習するよ」


「ふむ、丸投げかにゃ?」


「あ……そのうち頑張ります」


「…………」


 黒い神は製造技術全般に興味が強いが、服飾や化粧など女性が好む属性が絡むと敬遠しがちな傾向がある。


「えっと……この後はどうする? しばらくここでのんびりする?」


「ウチは分体がおるけぇ、構わねぇでなぁ」


「そっか。お風呂の使い方はどうしよ? 服作るの邪魔しちゃ悪いし……」


 入浴文化の無い場所で浴場の使い方を教えるには、まとまった時間が必要であろう。


「んだなぁ。革と服は時間かかるけぇ、ウチが分体で教えるでなぁ」


「ごめんね。ありがと」


「いんやぁ。元からウチの仕事やけぇ」


「それじゃ、皆に気を使われるの苦手だし……早めに出よっかな」


「出るというか、他に用が無ければホームに帰るのにゃ」


「ん、ユルルングルも家だけど、やっぱあそこがホームだね」


 黒い神とニャマコに合わせて環境が最適化されるホーム空間は、二人にとっては拠点としてこの上無いが、ライにとっては分からない。


「楽しみやなぁ。ウチは初めてやけぇ」


「って言っても、屋根も壁も無いけどね」


「まぁ、家屋を建てる事もできるが、お主には解放的なくらいでちょうど良いかもにゃ」


「ニャマコと白姐が居れば十分だよ」


 閉鎖的な空間で寝たきりになっていた期間が、あまりに長過ぎたのであろう。


「うむ。とりあえず、二人ともワシの上に乗るのにゃ」


「はーい」


 ニャマコがおまるベッド型になると、ライが黒い神を抱えてベッドの上に寝かせ、その隣で横になる。


「んだば、ニャマコ兄さん、頼むけぇ」


「あれ? 食べて変質するんじゃないの?」


「食べるのは急ぐ時だけだにゃ。それに、誰も見ておらんが人里だからにゃ」


 ニャマコが、ゆっくりと二人を体内に沈めてゆく。


「そっか。ナマコに食べられるとこ見られ――」


 完全に覆われると、三人共に蜃気楼が薄らいで霞むように消えてゆく。


「んぷ……」

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