2-25 『ぜんぶ』の家――住環境の変化
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鼠人集落の手前、ダイニングで湯上りの昼食を摂っている際に、何気なく鼠幼女に近況を尋ねた黒い神は、軽く困惑していた。
「大きいおうち、作った」
「ん、ドームの事かな? 誰のおうちなの?」
「ぜんぶ」
子供故の、言葉足らずという事であろうか。
「……Whose is that?」
「いや、意訳変換のミスではないのにゃ。言語を変えても、意訳結果は変わらないのにゃ」
「そっか……白姐、どういう意味か分かる?」
「んだなぁ。家に入るヤツっちゅう意味なら、『全部』で間違いねぇでなぁ」
意訳変換は、たびたび変換スルーされる事はあるが、今のところ明らかな誤変換は無かったはずである。
「全員って事?」
「んだなぁ。んだけぇが……全部やなぁ」
「ふむ、直接見た方が早いかもにゃ。もう見えてきたのにゃ」
ニャマコとライは、既に分体と観測機で把握しているようだ。
気になった黒い神は、一人早々に食事を終えると、ダイニングエリアから出る。
ダイニングから先に視界を遮る物は無いため、前方は見晴らしの良いパノラマ。
そこには、山があった。
正確には、鼠人の集落があった場所には、高さ350メートルほどのやや縦に長い山盛りの何かがあった。
ランドマークのようであった巨大巻貝ストゥーパが、完全に付属品のようである。
それを目にするなり、開いたダイニングの扉越しに、怪訝な顔をした黒い神が皆を振り返る。
「……もうこれ、村じゃないよね?」
「んだなぁ。山みてぇに見えるけぇなぁ」
「アレに入っておるのは、集落そのものと採掘場の一部、それにコレのガレージと、採掘場の管理モンスターどものホームベースだにゃ」
「ホントに全部なんだね……」
確かに、『誰の』という問いに『全部』と答えるのも無理は無い。
生物も非生物も問わず、間違いなく全てのための家、というか施設であった。
「んだなぁ。んだけぇが、半分は空っぽやけぇ」
「芯材と壁材に、あの光る石を使っておるのにゃ。耐久性の高さを生かして、スペースを広くとっておるのにゃ」
「ん……熱に弱いとマズくない?」
確かに、光る石が溶けてしまったら一気に崩れてしまいそうである。
「コレのおかげやけぇ」
何気なく差し出した掌に、青みがかった石が現れる。
「あれ? 今、作った感触無かったような……」
「今、採掘場で取ってきたけぇ」
「あ、うん……速過ぎない?」
「うむ。なぜか知らんが、最近白いのの能力が急激に成長したのにゃ」
「そっか……」
後部の換気口を見ると、網状の開閉部が開いている。
思考イメージを読むに、復路はトンネル状に形成した内部に通したようだが、往路は物質と干渉していないような印象を受けた。
「ウチも良う分からねぇけぇが、新しい『カーファ』飲むたんび、体が変わっちょるけぇ」
ライの変化は多少気になるものの、私は分析する手段を持たない。
適切な表現が難しいが、ライ種の肉体の構成要素は『重ね合わさり過ぎている』ため、私では及ばない。
「ニャマコは知ってたの?」
「うむ。原因以外は大体把握しておるが、説明するには時間がかかるのにゃ」
同期しているニャマコ自身は変化を即座に把握できるものの、黒い神に説明するには伝達手段がネックになる。
つまり、黒い神が理解できる伝達媒体、伝達速度での説明が、面倒になるほどの変化が起きていたという事か。
「あ、大丈夫だよ。女神様補正だよね」
「……どう大丈夫なのか良く分からんが――」
「プリン食べたい」
「……ほれ、鼠人も食べられるはずにゃ」
ライが隣に座る鼠幼女を膝上に乗せると、黒い神がライの椅子を横長に拡大し、その上で体育座りする。
ライも青い石をテーブルに置くと、バケツ状の透明な容器に入った柔らか特大プリンをスプーンですくい、二人に均等に与えつつ頭をなでる。
「ん、このプリン……カラメルが熱々で、プリンが冷んやりで……ヤバうまー」
「うむ。お主の記憶に『熱冷』スイーツというのがあったから、試してみたのにゃ」
「ん、そういえば健康だった頃、『おしるこジェラート』ちょー好きだったかも……で、なんの話だっけ?」
「その青い石で、光る石の耐熱性を上げたという話だにゃ」
「ん……どうやって?」
「今、お主が思い浮かべたモノはどれも違うのにゃ。合金でも、クロムメッキでもないのにゃ」
「あ、合金だと融点下がりそうだもんね……なんて言ったっけ? そういうの」
「いや、お主の記憶には『共晶』という単語があるが、そもそも青い方の成分は金属とは言い難いのにゃ。感触で調べてみれば分かるはずにゃ」
「ん……粘ってるね」
「うむ。電気陰性度が高いのにゃ」
電気陰性度――電子を引きつける力が強力なのであれば、基本的に金属的な性質はあまり無く、合金、もしくはめっき素材と言うには相応しくないのであろう。
「混ざると脆くならない?」
非金属と金属で構成された物質として、塩化ナトリウム――塩が思い浮かんだようだ。
「ふむ、塩をイメージしたのかにゃ? まぁ、混ぜ込んだならそのイメージに近いが、これの場合は混ざるというより、外側を覆って断熱するイメージだにゃ。より正確には――」
塩の結晶のような形であれば脆そうだが、表面のみをコーティングする断熱塗料に近い扱い方なのであろう。
「あ、このカラメルの下の層みたいに、くっつきやすくて熱を通さないって事だね」
「……まぁ、それで良いのにゃ」
詳しいニャマコの解説はスルーされた。
鼠幼女と仲良く柔らかプリンを食べさせてもらっている黒い神は、思考も柔らかくなっているようだ。
「んだば、駐車モードに変えるけぇ。外に出よかぁ」
ライに手を引かれてハッチに向かう鼠幼女と黒い神。
どちらの様も、姉に養育されている児童のように見える。
外へ出ると、移動家屋の本体部分が、後部に取り付けられた巻貝へと、いくらか収納されてゆく。
「この間、なんか後ろでやってたのはコレだったの?」
「んだなぁ。せっかく皆が造ってくれちょったけぇが、ちぃと狭いけぇ」
ガレージは山の一角を凹ませるような形になっていたが、ややサイズが足りなかったため、鼠人に配慮して移動家屋の側を調整したようだ。
「ん、カタツムリっぽくてイイ感じだね」
巻貝に入った上にガレージにも入るというのは奇妙に思えるが、鼠人の信仰に応えるためであろう。
「んだば、中の空いちょるとこにオフロ作るけぇなぁ」
「そうだった。でも、白姐は服の作り方も教えるんだよね」
「んだなぁ」
「それなら、お風呂は私が造るよ」
「いや、給水用の貯水池だけは白いのが担当した方が良いのにゃ」
ニャマコを抱いた黒い神と鼠幼女が、手を繋いでライについて行く。
構成要素の異なる数多の世界に分布し、適応し得るライ種。
世界を平面とすると、ライ種の構成要素は『奥行き側』に長い。
干渉しない要素を、橋渡し要素で繋げ続けたような形。
マロリーが知り、干渉可能な構成要素は限られる。
故郷の世界、元管理世界、地球のある世界、『世界の外』に無数に存在する泡状の『部屋』のうちの一部、これらの構成要素のさらに一部のみ。




