2-24 出迎え――着衣
ありがとうございます。
結局、『上司』に尋ねて得られたのは、具体性の無い音声データだけであった。
具体的には――、
『次元の数は同じでも種類が違うからねぇ。あと、抑制システムの影響もあるよ。でも干渉できるモノは全部、基本的に地球のある世界と同じ扱いで大丈夫だから』
と、良く分からない表現が並んでいた。
色々と気にはなるものの、さしあたって黒い神にとって問題は無いらしいので、一先ず保留としよう。
現在、移動家屋の中ではライが分体から鼠幼女に正確な方角を伝えているが、微妙にズレてしまっているため迎えに行くようだ。
「んだば、ちぃと迎えに行ってくるけぇ」
「ん、いってらっしゃい。あ、一度停車した方がイイよね?」
ライの見た目が霧状に広がってゆく。
これは、ライいわく『薄く広がる』という状態。
「いんやぁ。止めねぇで大丈夫やけぇ、こうしたらすぐに――」
気体のような状態で声を発する。
その動きは目視できない。
「ただいまやけぇ」
「はや……」
瞬間移動に近い早業。
いつの間にかハッチが開いており、その手前に鼠幼女がキョトンとした表情で浮かんでいた。
「神様?」
「ん、久しぶり。ちょっとぽっちゃりした?」
以前はいくらか痩せ気味に見えたその体は、ほんの数週間の間に、地球人的な感覚で見ればかなり健康的な体型に変わっている。
いかに食料事情が改善したとはいえ、ヒト種にしては随分と体型変化が早い。
代謝速度が元から速いのか、ライのオヤツによるものか。
「何もしてないのに、ライ、ご褒美いっぱいくれる……」
「ん、白姐は優しいからね……しょうがないよ」
「本体が離れて自立を促しても、分体で甘やかしていたら意味が無いのにゃ」
「んだなぁ」
浮かんでいる幼女の後ろに、白い煙が集まってライの身姿が形成される。
「まだ村に着くまで時間あるから……ご飯とお風呂、どっちがイイ?」
「オフロって?」
日本の常套句は伝わらない。
それどころか、風呂という単語が意訳変換を素通りしている。
おそらく、入浴習慣が無いのだと思われる。
「湯を浴びたり、湯の池に浸かったりする遊びやけぇ。一緒にやってみんね?」
「うん」
ライも入浴に関しては、そういった慣習を持つ地域も知っているが珍しいと以前話していた。
湯を潤沢に使う文化の土壌が、この星にはあまり無いのかもしれない。
「粘土が服なのかな? お湯に入ると溶けちゃうけど大丈夫?」
「服はウチが作るけぇなぁ」
「ライ、フクって?」
鼠幼女は現在、神を祀る儀式で纏ったタトゥー粘土の上から、泥を被せたような状態。
ここに来る道中、泥跳ねが付着したのであろう。
鼠人は、粘土を体に纏う文化を持つようだが、服という単語が意訳変換を素通りしたという事は、被服ではなくボディペイントのような物、という事か。
「耳無しが、四つ足ケモノの皮被っちょるけぇが、知っちょるけぇ?」
「神様と、ライも被ってる」
「んだなぁ。コレは貝殻やけぇが、神様のが服やなぁ」
「私もなんか作るよ。えっと……帯とか」
デザインセンスに自身が無いのか、最も無難な部位を選んだようだ。
「んだば、とりあえずオフロっちゅうんを試してみんね?」
「うん」
「ん、このニャマコお風呂にそのまんま入ってね。たぶん、ニャマコが綺麗にしてくれるよ」
「粘土と老廃物を分解してやる事くらいしかできんがにゃ」
老廃物に限定できる時点で、管理者の能力を十分使いこなしている。
おそらく、綺麗にすると言っても表皮の質を向上させるような事まではできない、と言いたいのであろう。
「私じゃ上手にできないからね。ニャマコ師匠に任せるよ」
ライが鼠幼女を抱き上げると、そのまま入れと言われたためか、白ローブを纏ったままニャマコ浴槽に入ってゆく。
「ん、貝殻だから大丈夫だよね。じゃ、私も着たままで……」
着衣入浴はスルーして、それに合わせて自らもローブを着たまま浴槽に入ってゆく。
「……あれ? このローブ、内側も水の抵抗かからないの?」
「今頃気づいたのにゃ?」
自らの身姿に頓着しない性格故か、違和感を感じさせないニャマコの加工技術が凄いのか、黒ローブの機能性の高さは意識し難いようだ。
「あ、二人ともどう? お風呂、どんな感じ?」
「あったかい……水浴び?」
「ん……君の言う通りだね。君が正しいよ」
「?」
「こやつは気にしなくて良いのにゃ」
喜びを分かち合いたい神の願いなど、鼠幼女には伝わらないであろう。
同じヒト種でも地球人の感覚とはいくらか異なり、入浴が鼠人の体に与える影響も定かでは無い。
「あったけぇと体ん中の流れが楽んなるけぇ、ヒトの子の体には良さそうやなぁ」
入浴の効能を語るライも自身の感想は特に無いのか、ヒト種にとってどうであるか予想してみたようだ。
「ん、白姐の言う通りだね。白姐が正しいよ」
「……まぁ、温度と時間が適切であれば、心身の調整に役立つかもにゃ」
「オヤツと、一緒?」
「そうだね。感触はイイ感じになってるから、体にはイイはずだよ」
珍しく母性的な笑顔を見せる黒い神。
ここのところ退行度合いが激しかったが、純粋さ溢れる幼女を前にしては、年長者らしく振舞うようだ。
「帰ったら、皆に服とオフロ作るけぇ。飯で残る、皮と油が使えるでなぁ」
素材は現地の物を使うという事か。
ウナギ型生物の皮革加工技術、余剰素材の活用方法を教えるつもりらしい。
「足が速くなったって聞いたけど、コケたら危ないからね。丈夫な服を着た方がイイのかも」
「転ぶの、平気」
猫人以上の速度――秒速100メートルを超える速度で転倒しても『平気』なのであろうか。
やはり同じヒト種とはいえ、地球人と比べるとスペックの差が著しい。
この世界のヒト種に多少は慣れてきたであろう黒い神も、流石に動揺したのか、眉をピクリと跳ねさせた。
「慣れん事嫌うんも悪くねぇけぇが、上の子を真似るんも勉強やけぇ、神様を真似たらもっと勉強になるでなぁ」
「うん。勉強、する」
「勉強する子はエライけぇ。んだば、神様と似ちょる服作るでなぁ」
「ん、白姐の言う通りだね。白姐が正しいよ」
笑顔で頷きを繰り返し、全肯定する。
「お主はなんなんにゃ」
喜びを分かち合う事は叶わなかったが、久しぶりの入浴コミュニケーションに気分が良くなったのか、テンションは高まっているようだ。
「よーし。お婆ちゃんがカワイイ帯作るからね」
「オバーチャン?」
これは意訳変換を素通りしただけで、見た目との不一致に対する疑問ではない。
「長老みてぇなもんやけぇ」
「神様、偉いから?」
黒い神に尊大さなど欠片も見て取れない。ニコニコと微笑みながら、柔軟で薄いシリコン製の帯を生成している。
「んだなぁ」
「ふむ……集落全体が、家族という括りに近いのかもにゃ。相互扶助が盛んで、血縁の枠組みが無いという事だにゃ」
「ん、ニャマコ師匠の言う通りだね。ニャマコ師匠が――」
「分かったから、大人しく帯の生成に集中するのにゃ」
着色バリエーションが少ないためか、黒から白へ、また黒へと濃淡をいくつも作っては分解を繰り返している。
悩んではいるようだが、テンションは維持されている。
「どんな色が似合うのかな?」
「んだなぁ……ヒトの感じ方やと、ヒトの血の色を優しくした感じが良さそうやけぇ」
「優しい血の色……ピンクですね。分かります」
「分かりやすい色表現だにゃ」
血の色と言うと不穏だが、実際に作られたのは清楚で可愛らしい薄桃色の帯であった。
確かに、血液染め――『カーファ』染めではあったが。
「結構しっかり作ったけど、あまり速く走ると壊れちゃうかも」
「服が壊れねぇように走るんも練習やけぇ」
「練習、する」
ちなみに、ライによって生成された服は淡いグレーのローブ。
帯は黒い神によりリボン結びで結合固定されているが、伸縮性が高いため着脱は容易。
全体的には地味な印象だが、洗浄された幼女が着ると清楚な印象を受けた。
もっとも、時速360キロで走ったなら、すぐに粘土色に染まってしまうのであろうが。




