2-23 過保護な補佐役――過保護な観察役
ありがとうございます。
鼠人達の集落まで後半日ほどであろうか。
ニャマコを心配させた製作作業は中断しているようだ。
今は柔らかソファに埋まりながら、アクチュエータやクランク、それに透明度の高いプロペラのような物を延々と作り続けている。
おそらくローブの中は、相当な量のパーツで溢れかえっているのであろう。
「ニャマコー。いつまでヘルメットになってるの?」
「これからは、ずっとこのままだにゃ」
「蒸れそう……」
身辺警護どころか密着警護になっている。
「優しさやけぇ」
「ん、それなら、なんか防具作るよ」
「ワシ以上の防具など、存在しないのにゃ」
聞く耳を持たないようだ。
「白姐、助けて……」
「んだば、コレ飲んだら安心やけぇ」
「オヤツ?」
いつもオヤツ用にライから貰っている、柔らか飴玉のような白い物体が差し出される。
「いんやぁ。分け身やけぇ。んだけぇが、黒姐の体ん中馴染んで、護る事しかできねぇでなぁ」
「えっと……馴染むって、体を同期する、みたいな?」
「んだなぁ。馴染んだら、ウチみてぇな体になるでなぁ」
おそらく、良くも悪くも心身を健全に保ち続けるという、ライ種の相利共生機能を用いて全身の細胞に同化するのであろうが、意図的に機能を制限した状態で生成したようだ。
「ふむ、黒いのが白くなるのかにゃ?」
「いんやぁ。壊れねぇ体になるだけやけぇ」
「いや、お主がマズイ事をしでかすという意味では無いにゃ。見た目が変わらんのならそれで良いのにゃ」
マズイ事とは、記憶や精神状態の不自然な変化の事を言っているのであろうか。
もし、過失によりニャマコやニャマコの内に存在する黒い神の意識に受け入れられない変化が起きたとしても、おそらくニャマコに復旧されるだけであろう。
もっとも、その度合いによっては変化と復旧の途上で、黒い神に何かしら精神的苦痛や負荷のような物がかかりそうな気はするが。
「ん、良く分かんないけど……白くても全然アリだよ?」
相変わらず自身の見た目には頓着しないようだが、黒ローブに白い体では、アトラクションの亡霊のようになってしまう。
「いんやぁ。体のモトは変わるけぇが、見た目は変わらねぇでなぁ――」
仕組みはイメージし難いが、異常成長したライの力技で、あらゆる副作用を強引に排除した同化機能なのであろう。
「故郷の決まりやと良くねぇ事やけぇが、全部馴染んだら消えるけぇ」
決まりというのは、ライ種の相利共生に関わる環境が乱れる事を嫌う意識そのものであろう。
『馴染んだら消える』という表現は独特だが、伝達されたイメージはいくらか具体的であった。
文章に表現するなら、免疫系も神経も刺激しない形で適宜変質させながら、防護機能に限定した分体を同化させ、最終的には機能の制御を明け渡すというものであった。
「ん、私は嬉しいけど、決まりを破っちゃうのは大丈夫なの?」
「ウチはもう、ライ種と違うもんになっちょるけぇ。決まりは乱れねぇでなぁ」
「ん、進化しちゃった?」
「いや、ライ種は遺伝子も進化機能も無いのにゃ。さらに、ワシのように自らを造り変える事もできんはずにゃ」
遺伝子が無いというか、遺伝という仕組みが無いだけで、構造や機能を決定づける物はある。
ただし、遺伝子のように変化を許容する形式ではない。
「んだなぁ。んだけぇが、黒姐の『カーファ』飲んだら変わっちょったけぇ」
理由は良く分からないが、何かしら根本的な部分が、種のくびきから解放されてしまったらしい。
「そっか……コレ飲んだら、私も三段変形できちゃう?」
三段変形とは、液体のように溶けたり、気体のように薄く広がる状態に相転移的に変化する事を指している。
「んだなぁ。んだけぇが、最初は周りと腹ん中だけやけぇ」
要は、消化器官を含めたコーティングのような物であろうか。
消化器官がカバーできるという事は、呼吸器官も含むのかもしれない。
「ふむ……それなら安心だにゃ。だが、くれぐれも熱中し過ぎて、やらかさんように気をつけるのにゃ」
「ん、気をつける……あれ? 口に入れたら溶けちゃったけど、これでいいの?」
渡された白い物体は、飲み込むまでもなく、口に含むなり消えていった。
「んだなぁ。コレ、ちぃと触ってみたら分かりやすいけぇ」
手のひらを上にしたライの手元に、ちょうど手に収まる大きさの、半透明な青い球体が浮かぶ。
「?」
「ウチの新しい技やけぇ」
球体が差し出される。
黒い神は意図を図りかねているようだが、素直に受け取り、手のひらで転がす。
「冷んやりしてる……でも、感触がなんか変な……なんだろう?」
調べがつかないというより、『感触』で調べた結果に、自身で半信半疑になっているようだ。
「今、思い浮かべた推測は正しいのにゃ。冷やされて液体になっておるが、間違いなく空気だにゃ」
答えはシンプルであったが、その生成には通常のライ種が持ち得ない能力が用いられているのであろう
液体空気は直接触れたなら危険なはずだが、何か透明な膜に包まれているようだ。
「え……なんか煙出てきた」
膜の透過性を高めたのか、気化し始めたようだ。
内外の温度差に耐える堅牢さと、断熱性、可制御性に優れたこの膜は、ライ種の肉体そのものか、それに近い物であろう。
黒い神の防護にもこういった技術が使われているという事か。
「黒姐ならもっと冷たい氷作るんも、空の星より熱い火ぃ作るんも簡単やけぇ」
「それに触れてなんとも無いなら、とりあえず熱に関しては問題なかろうにゃ」
気化した煙であっても相当な冷気だが、気軽に渡した事から、あくまでちょっとしたテストのつもりらしい。
おそらく、防護の許容範囲はこの程度ではないのであろう。
「お風呂入ったらどうなるんだろ?」
「黒姐が辛くねぇ熱さはそのままやけぇ」
外的要因に対して、肉体の健全な状態――恒常性が維持されるように働くのであろう。
管理者のそれよりも、さらに直接的で強引な形ではあるが。
「これは……風呂場のイメージかにゃ?」
「ん、お風呂入りたくなった」
なんとも言えない空気を漂わせるニャマコ。
しかし、能力を借りて生成すれば良いものを、過保護さが馴染んでしまったのか、自ら浴槽状に変形し始める。
「……ほれ。イメージにあった温泉成分とやらが分からんから、見た目だけ似せた普通の湯にしたのにゃ」
「ん、なんかカワイイけど……ありがとね」
サイズは露天風呂だが、何を思ったか見た目が完全に子供用ビニールプールであった。
カラフルなマーブルやら星型やら、可愛らしく装飾されている縁にネコミミが生えている。
湯の成分は不明ながら、いわゆる濁り湯系の硫黄泉が伝わってきていたのか、硫化水素のコロイドのように白濁している。
「白姐。これが人間の喜び、幸せの象徴だよ」
いや、日本人の幸福度にはわりと貢献しているかもしれないが、人間の幸せというほどでもない気がする。
「んだば、試してみねぇとなぁ」
「いや、待つのにゃ。前方から何か……これは、あの子供かにゃ」
「んだなぁ。ウチの友達が迎えに来ちょるけぇ」
「え、鼠村から? かなり距離あるよね?」
ライの友人というのは小さな鼠幼女の事であろうが、単独で来たというのなら驚きである。
「ちぃとオヤツあげちょったら猫の子より速くなっちょったけぇ」
「……オヤツ、パナイね」
猫人の俊敏さに怯えていた鼠幼女が、秒間百メートルを超える猫人を超えるとは、どういう事であろう。
オヤツと呼ばれるただの栄養補助食品まで、ライの変化により『パナイ』何かになってしまったのであろうか。
ちなみに秒速百メートルというと、地球のハヤブサが獲物を獲る時の最高速度に近い。時速なら360キロ。
しかもハヤブサは落下方向の滑空速度で、身体構造も速度に適している。
対して、鼠幼女はヒト型で水平方向の陸上走行。
やはり、この世界の構成要素が根本的に私の知る物とは異なる可能性が高い。
であれば、黒い神にも何か悪影響があるかもしれない。
しかし、私のアクセス権限では調べられず、また調べられたところで理解が及ばない確信がある。
仕方ない、『上司』に尋ねてみよう。




