2-22 思考の隠蔽――電磁石の研究
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「ヒヒッ……」
真っ黒な林檎を手に、ニヤニヤとした笑みを浮かべる黒ローブ。
静音設計な移動家屋の中は、着ぐるみ猫人達が居なくなった分、余計に静かなためその不気味さが際立っている。
「役に……立った……ヒヒッ」
ふんわりソファに体育座りの姿勢で、今回の成功を噛み締めているようだ。
ニャマコとライは、なにやら後部巻貝の改修のため離れており、この怪しい独り言を止める者は居ない。
「ふふっ……フヒヒッ……やれる……いける」
なにがやれて、なにがいけるのかは分からない。
しかし、その目はかつてないほど力強く眼力を放っており、その視線の先には黒林檎。収納ローブの中からは、何か細かい物が放たれている。
最初期には『感触』が届かなかった収納ドロの内部だが、今では収納物を把握しつつ能力による操作まで可能になったようだ。
どうやら、何かを組み合わせて構築しているようだが、あまりにも小さな粒子状であるため分析し難い。
この技術は、移動家屋を召喚風に登場させた時に、あらかじめ小さくこっそりと生成していた時のものであろう。
「……っしゃー! キタコレ!」
「にゃ⁉︎」
突然叫び声を上げ、そのタイミングで後部ハッチ側からもニャマコが悲鳴を上げる。
急激に昂り過ぎた感情が、決壊するように流れ込んだらしい。
「ニャマコ兄さん?」
後部ハッチが開くと勢い良くニャマコが飛び出して、天井でバウンドしながら黒い神の頭部に直撃する。
「フヒッヒッ……ふごっ!」
「……何が起きたのにゃ?」
興奮のあまり引き笑いが極まったところに後頭部からの衝撃で、妙な声を上がる。
飛びついたニャマコは、頭部全体を覆っている。
「ん、何も起きてないよ? ちょっと喜びを噛み締めてたっていうか……」
「いや、それにしては妙にボンヤリとしたイメージだったのにゃ」
「ん、大丈夫。事故とかじゃないから」
「ふむ、それなら良いが……」
能力の扱いもある程度慣れてきた黒い神だが、だからこそ大きな事故が起こり得ると考えたのか、ニャマコは大きな感情の変化に過剰反応してしまったようだ。
「よし、伝わってない……」
さりげなく黒林檎をローブの中にしまい込みながら呟きを漏らす。
「お主……また妙な事を考えておったのかにゃ?」
「……ごめんね、びっくりさせて。ただちょっと、能力練習が捗って盛り上がっちゃっただけだよ。気にしないで大丈夫だから」
「ふむ……」
飛び出したニャマコを追って来たライが、後部ハッチからゆったりと出て来る。
「ニャマコ兄さんは心配し過ぎやけぇ」
「いや、予想を超えるからこその危険にゃ。何かあってからでは遅いのにゃ」
既に予想を上回るレベルにまで、能力の技術と規模が成長している、という事か。
「んだなぁ。ウチも黒姐は心配やけぇ。んだけぇが、黒姐も管理者やけぇ。ニャマコ兄さんが無事なら、死ぬ事はねぇでなぁ」
「ん? 私って不老なだけじゃなくて、不死だったりする?」
初めから黒い神が心配で同行を始めたライだが、過保護になるのは避けたいのであろう。
黒い神の方は心配云々よりも、何気なく語られた一部が気になってしまったようだが。
「いや、不死と言うわけでは無いにゃ。ワシの中に本体があるだけで、その肉体は分体、と言えば良いのかにゃ……いや、二つ併せて一つの存在と言うのが近いのかもにゃ」
「えっと……脳がニャマコの中にあるみたいな?」
自分の頭に手を添えつつ、困惑の苦笑いを浮かべて問い返す。
自分の体や見た目には基本的に無頓着な黒い神であっても、スルーしきれなかったらしい。
「んだなぁ。ウチも黒姐と同じやけぇ。三人仲良く一緒っちゅう事やなぁ」
ライは仕組みを理解させるより、共感による納得のしやすさを重視したようだ。
「ん、白姐と一緒なら嬉しいかも」
「今は、白いのの意識も少しは把握できるのにゃ。黒いのと同じく『ボトムアップ』のみだがにゃ」
「えっと……上にニャマコの意識があって、その下に私と白姐の意識があるって事?」
黒い神が思い描いたのは、自分とライが仲良く手を繋いでいるところに、上からニャマコが降ってきて、二人の頭部が一つの大きなニャマコに変わるイメージであった。
「いや、ワシの言い方が悪かったにゃ。ワシは上位意識というよりは、司令室のような中枢置き場になっておると言った方が近いのにゃ。まぁ、正確な表現には程遠いがにゃ」
「ん、ニャマコの中にいる私が、アバターを動かしてる感じ?」
今回のイメージは普通であったが、僅かに懐かしさと寂しさを伴っていた。
かつて仮想現実の中にひきこもっていた時の、客観的な姿を思い浮かべたようだ。
「うむ。ただし、その肉体が死ぬほどダメージを受ければ、死ぬほど苦しいがにゃ」
「……怖い」
長い苦しみの経験が蓄積された彼女にとって、過剰な痛みや苦しみと言った負の身体感覚は、絶対的な恐怖の対象と言える。
生物の過剰な苦痛に対する適応は、興奮、快楽、感覚の鈍化や麻痺だが、かつての彼女は全て機能していなかった。
「大丈夫やけぇ。ニャマコ兄さんは、危ねぇ事したらダメやって、言うちょるだけやけぇ」
「そっか……」
苦痛に対して恐怖が根強いわりに、どうにも自身の肉体に対する配慮の無さが抜けない様子に、ニャマコが釘を刺したという事か。
「既にお主の記憶情報は全てコンバート済みにゃ。つまり、ワシはお主の過去、全ての記憶を把握しようと思えばできるのにゃ……苦しみの生々しい度合いも含めて、何もかも全てにゃ」
「ん……ごめんね。でも、すぐに忘れちゃうかも。先に謝っておくよ」
自ら死に向かうような機能不具合に苦しみながらも、ひたすら中途半端に修復し続けられるという拷問。
それを忘れてしまうというのは、ある種才能なのか、それともただの不具合なのか。
「ふむ、開き直りが凄まじいにゃ」
「んだけぇが、忘れるんは大事やけぇ」
なんとも曖昧な表現だが、言いたい事は分かる。
言い換えるなら、どうにもならない苦しみの渦中で苦しみそのものを意識し続けるのは危険なため、適宜思考を散らし忘却へとそらせるのは重要、という事であろう。
「ん、キツイとすぐ諦めて忘れるかも。でも、キツ過ぎるとムリだからね……後で全力で遊ぶんだよ」
「その訳の分からんところまで把握できてしまうのが、何とも言えんにゃ……」
苦痛に晒されている最中は、あっさりと絶望して安楽な終わりを望みつつ、喉元過ぎれば熱さ忘れて、軽い不運を取り返すようにはしゃぐ。
私の知る黒い神は、それを半生通して繰り返してきた。
その過去を完全に把握したニャマコからしてみれば、流石に人間味に溢れるにもほどがある、といったところか。
「ん、ちなみにさっき作ってたのは、コイルガンとレールガンと――」
「製造中止だにゃ」
「……でも、使うわけじゃないよ? 電磁石作る練習みたいな感じだよ。電磁石って色々便利だし、人工筋肉だけより、クランクにした方が簡単にガッてイケるから――」
「身構えておらん時に、電磁的な感触を急激に刺激されたらお主はどうなるかにゃ?」
「あ……」
呆れて苦笑するような声色に、心配の色を織り交ぜるニャマコ。
見えない不具合を放置したまま忘れ続けて、いつか大惨事になる技術者を見ているようなものであろうか。




