2-20 クランク――実用性と娯楽性
ありがとうございます。
耳無しの集落を出た後は、交易のプロモートについては一段落ついたため、穏やかな余暇のような雰囲気が漂っていた。
「――ふむ、この周辺のヒト種の集落は、鼠人と猫人、耳無しの三つだけかにゃ?」
「んだなぁ」
「ん、この辺は食べ物が少ないって事?」
「いや、狩猟社会ではこれでも人口密度は高いのにゃ。むしろ猫人と鼠人が近くに暮らしていた頃は、密集し過ぎだにゃ」
「そっか。食べ物の取り合いとかはしないんだね」
「黒姐のおかげやけぇ」
「ん、でもドリルの設計はほとんどニャマコだよ。それに、白姐みたいにずっと見守るとかじゃないし……」
「守るっちゅうか、ただの話し相手みてぇなもんやけぇ」
「完治させずに発症を抑えるには、分体を仕込むしかないからにゃ」
「ん、脳の病気だもんね……っていうか、アグレッシブ猫さんのアレは病気じゃないの?」
「いや、アレはむしろアレが正常にゃ。狩猟民族としては相応しい気質にゃ」
「でも、着ぐるみ猫さんは?」
「んにゃー?」
移動家屋のリビングスペースで穏やかに寛ぐ彼らは、基本的に用が無ければ我関せずな態度を崩さない。
「ふむ、確かに狩猟本能的な欲求は弱いのかもにゃ」
「んだけぇが、ウチが知っちょるヒトの子らん中で、一番速くて強いけぇ」
彼らは賢く穏やかで強い分、繁殖に関わる欲求は弱いようで数は少ない。
そのため、アグレッシブな者達の渇望を抑えきれなくなり、今の状況に在るとか。
「それだけ余裕があるという事だにゃ」
「そっか。こんなにカワイイのに……」
などと言いつつ、そのフサフサなネコミミを撫でようとするが、ゆったりと紙一重で躱される。
「んにゃー。すみませんが、耳に触れるのは……」
「あ、ごめんなさい……」
いかに見た目が愛らしい猫に似ているとはいえ、知能と感受性に秀でたヒト種。
過度なコミュニケーションには、恥じらいや抵抗感を持つのであろう。
「神様ー、私の耳、撫でていいよー」
「お、ありがとー……おぉっほ……もっふもふだね!」
「んにゃー」
大きな猫サイズの女の子が頭を差し出し、少しわざとらしく甘え声を出す。
どうやら、寂しげな黒い神のために愛らしさを演じてくれたようだ。
賢い子供に気を使われる退行した管理者。
切ないが和やかな光景。
「もうじきお別れやけぇ、黒姐は寂しいかもなぁ」
「一度くらいは、モフモフ三昧したかったよ……」
「……モフモフザンマイ?」
意訳変換を素通りした不穏な発言。
その意味は通じずとも直感的に何かを察知したのか、撫でられていた女の子もそっと距離を取る。
例えモフモフ三昧の意味が伝わっていたとしても、素気無く断られた可能性が高い。
「いや、この者達には仕事があるのにゃ。お主は能力訓練だにゃ」
「これが、神の孤独……」
「んだば、ちぃと面白ぇ技教えるけぇ」
「これが、神の慈愛……」
黒い神の手を引いて、上部ハッチを開くライ。
その手には、移動家屋の改修時に得たアクチュエータの切れ端。
その切れ端に白い吐息を吹きかけ、以前小天体を破砕した時に使用した、プロペラ付きの分体を形成する。
「あ、メテオ迎撃ミサイル」
「いや、そのネーミングはどうなのにゃ?」
「黒姐は回るもんが好きやけぇなぁ。仕組み教えるけぇ」
「……ドリル……ミサイル」
回転と飛行から、破壊兵器を連想したらしい。
「言っておくが――」
「ん、大丈夫。オモチャ造るだけだよ」
「……その爆撃ドローンというヤツは、オモチャにしては危険過ぎるのにゃ」
ニャマコに伝達されたイメージは、破壊兵器でしかなかった。
その後、プロペラ付き分体の内部機構を細かく分解しながら、部分的に稼働させる形で教えを受ける。
「――ここで支えて、こっちの輪っかを回すけぇが、上手くやらねぇとズレるけぇ」
「これは……クランク?」
「んだなぁ。たぶんそれで合っちょるけぇ」
どうやらアクチュエータをピストンにしたクランク機構に、強力な摩擦低減措置を施した物らしい。
「ドリル……」
「いや、ドリルはもう十分だにゃ」
ちなみに、これまでのドリルは特製アクチュエータの運動力にモノを言わせた構造で、結合強化したシリコンベルトを対になる形で逆向きに巻きつけ、コマ回しを繰り返す形で動作していた。
その非効率具合により、乾燥粘土の掘削になんとか使えるレベルのトルクに収まっており、それがむしろ好都合であった。
「ん、分かってる。ドリルじゃなくて、こういうのは?」
頭を指差して、思考伝達を意識する。
「ふむ……それなら問題無いにゃ」
脳裏には、ダンジョンモンスターで学んだ知識を思い浮かべているだけだが、ニャマコには伝わったようだ。
私は完成品まで読み取れなかったが、ニャマコが何も指摘しない辺り、特に危険性は無いのであろう。
「ん、今度こそ、ちゃんと皆の役に立てそうだよ」
「楽しみやけぇ」
おそらく、これから向かう猫人の集落において、有用な何かを作るのであろう。
とはいえ、黒い神であれば何かしら娯楽性が含まれるはず。
となれば、ある程度予想はつくが、求められるクオリティを考えると少し不安を感じてしまう。




