2-18 吸血貯水池――慈しみの池
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「プリンちょーうまー」
ライの生成した素材、及びニャマコ自身を用いて合成調理されたプリンは、極上のハリツヤと舌触りの滑らかさ、そして味蕾に対する直接的な刺激をもって、黒い神を融解させていた。
「さすがニャマコ兄さんやけぇ」
「やはりお主には、堅苦しい威厳など似合わんにゃ。キモい顔でプリン食っとる方がマシだにゃ」
今回、当人が全く望まない形で神らしい威厳を強引に維持させてしまったニャマコは、微妙に申し訳無さを滲ませる。
「猫の子らが石の運び出し終わったみてぇやけぇ、見てくるついでに大黒虫も収納しとくでなぁ」
交易交渉自体は既に済んでいるため、交易経路の路面舗装を兼ねて猫人集落を経由する形で、鼠人集落への帰路につく事となった。
「そういえば、インテリアマッチョさん達に挨拶してないね。感触は苦手だけど……ものすごく苦手だけど……悪い人達じゃないんでしょ?」
スノードームを崇める耳無し種族達の正式名称は、未だに確定していない。
インテリアマッチョを直訳するなら、筋肉質な内面。
無理矢理、剛毅な者達という意味に取れなくもない。
「インテリアよりはインテリの方がまだ近いかもにゃ。インテリアなマッチョでは人間かどうかすら怪しいにゃ。競技用のトロフィーかにゃ?」
「ん、インテリなインテリア好きのマッチョさんだね」
ちなみに黒い神にとっては、敬意や感謝、覚悟など、自らに不足するモノを持つ場合、インテリな印象を受けるらしい。
「……まぁ、ともかく、挨拶はまた今度にするのにゃ。ワシも観測機置いて、白いのも立派な分体を出しおったから心配はいらんのにゃ」
散々、黒い神もニャマコ自身もマイコン扱いしてきたミニニャマコではあるが、本来の用途は世界の様々な事象を記録するための観測機。
ライの分体の方も、用途が多過ぎて良く分からない物になりつつあるが、あくまで切り離しても機能する体の一部でしかなく、本来は電話でもなければ隕石破砕ミサイルでも雨降らし機でもない。
「立派ってどんなの? おっきなカタツムリ?」
「見た方が早いのにゃ。外に出れば森の手前に見えるはずにゃ」
移動家屋から出て、ニャマコがネコミミで指し示した方角を眺め見ると、そこには以前は無かったはずの大きな池ができていた。
「なにあれ? 池っぽいけど……全部白姐の感触だね」
最大感知距離が伸びた『感触』には、はっきりと感じ取れるらしい。
「うむ。この辺りは、湿地帯と違って水捌けが良過ぎるからにゃ。一応、地下深くまで掘れば水は出るから、井戸のような物もあるにはあるが、貯水池があった方が良かろうという事にゃ。あとは――」
ニャマコが解説している途中、なにやら池の中央から水が膨らみ盛り上がってゆくと、そこに目と口のような物が形成されてゆく。
そして、おもむろにその口を大きく開き、そこから見た目にそぐわない高く清涼な声を発する。
「あー……あー……ちぃとでけぇ声出すけぇ、耳塞いでなぁ……あー! あー! 血ぃ、吸うたろかぁー!」
「……すごいマイクテストだね」
昨晩、黒い神との雑談中に、『けぇ』や『なぁ』だけでは色々紛らわしいという事で、接続詞及び語尾提案会が開かれ、『さぁ』や『かぁ』などが採用されていた。
しかし吸血と結び付けると意味がはっきりする分、余計にシュールさが増している。
印象の強さだけならキャッチコピーに相応しいかもしれない。
「あれは、耳無しの血を吸って脳の状態を調べるためだにゃ。あやつらは脳の不具合が多過ぎる種族だから、それの対症療法……でも無いが、まぁ、脳に限定した耳無し専属の医者みたいなもんだにゃ」
一見恐ろしく感じてしまう血を吸う池だが、実際は慈しみに溢れていた。
「あ……そういえば、興奮してなくても感触がキツイような……なんかこう、うまく言えないけど、暴れてるみたいな?」
「うむ。それをなんとかするための吸血だにゃ。暴力性が強くなり過ぎたり、理性を失う者が出た時、あのような武器を持たせたら危険過ぎるからにゃ」
「もしかして、武器の乱用とか気にしてたのも、そういう事?」
「あれは気休めみたいなものだにゃ」
「そっか……でも、白姐もニャマコも凄いね。私もなんとなく変かなって思ってたのに、なんとなく怖くてスルーしてたかも……」
「いや、お主はそれで良いのにゃ。そういった部分のフォローはワシの役目……と言いたいが、今は白いのの役目だにゃ」
「ん、流石は白姐だね。でも、脳の不具合とか、どうやって治すのかな?」
「治すというか、予防と補完だにゃ。ライ種は、環境によっては他の生物を宿主として、心身共に同期したような状態になるのにゃ。その時に脳も含めて全身を、良くも悪くも常に健全無事なように補い続けるのにゃ。白いのはその機能を独自に応用して、脳にパッチを当てるような技を身につけたのにゃ」
常に健全無事というのは聞こえが良いが、例えば宿主が脱出不能な蟻地獄のようなものに捕まったとして、通常のライ種の手法で対応するのなら、肉体の損傷を全て修復し続けながら苦しみを消し、快楽を与え続ける形になる。
その場合宿主は、本来の在り様の根源を見失うかもしれない。
ライはそれを避けるために、脳機能の補完や不具合の予防に特化させたのであろう。
「そっか……でもなんで脳の不具合が発生しやすいのかな? 発生しやすい原因そのものは解消できないの?」
「……ワシはその原因を知っておるし、原因を消す事もできるが、直接手を出すのは控えたいのにゃ。とりあえず、白いのは医療関係がある程度進歩するまでは――数千年は続けるつもりだにゃ」
ニャマコが手出しを控えるという事は、何かしら進化に大きく関わるという事か。
ライは構う事無く自身にできる最善を取るようだが、いつ終わるか分からない半永続的な医療行為と考えると、いかに分体とはいえ操作するのは己である以上、凄まじい献身と言えよう。
「ん、白姐に色々、教えてもらわなきゃ……」
「ワシが教えれば早いが、なるべく……いや、お主の気分次第にゃ。進化の方向性が既存の系統に固定される可能性が高いから、ワシや上司が避けたいだけだからにゃ」
「えっと……つまり、リスクが進化に関わるって事?」
「うむ。語弊はあるが、進化の自由度が突出しておる場合、リスクも大きいのにゃ。ワシから見てリスクだらけの不完全なお主やこの星の生物は、自由な可能性に溢れておるのにゃ」
ニャマコも自らが望む変化を己に施せるが、あくまで既知の部品を組み換えるニュアンスに近い。
生命の持つリスクと、不具合の可能性を突き詰めて排除された存在であるニャマコは、枝葉を変えても根は変わらない、堅牢さ故の不自由さがあるのであろう。
「ん……なるべく苦しいのは無しにしたいから、なんていうか、リスクの根っこだけ残す感じは?」
「うむ、そのつもりにゃ。お主ならそう考えるだろうと思って、白いのが苦しみを取り除く処置にワシも協力しておるのにゃ」
「そっか。ありがと、ニャマコ師匠」
求める理想よりも、黒い神の心情に配慮したようだ。
「知識も技術も碌に与えない師匠だにゃ」
「や、ニャマコはイケメンだよ」
お互いに微妙に不慣れなやり取りから無言の静けさを招いたが、その歯痒さすら漂う空気感は、いくらか新鮮さを伴っていた。
管理者の職務は正しく職務とは言えないが、他に当てはまる言葉も無い。
管理者の職務は、実質的には何も無い。
管理者の職務の遂行状況は、必ず『何か』によって記録される。
管理者の職務の遂行状況は、観測機を通して、権限の及ぶ範囲で閲覧できる。
管理者は、職務の遂行状況によっては、有機的な関連性の中で淘汰される事もある。




