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2-17 雨降らしの神――生存本能

ありがとうございます。


「ふんっ!」


 光り輝くノコギリを振り切る。

 夕暮れの静かな森の外縁、人間の胴回りはあろう樹木の根元が、半ばまで深く抉られている。

 一応、ノコギリに分類される道具のはずである。

 傾きかけた樹木は、樹皮が弾け飛ぶ勢いで蹴りを入れられ倒れゆく。


「んだけぇが、そういう使い方でも構わねぇでなぁ」


「斧の代わりになり、剣鉈のようにも使えるノコギリ。斬新かもにゃ」


 叩き抉るのが斧、振り下ろし斬るのが剣鉈、引き削るのがノコギリ。

 しかし、この道具の耐久と構造、そこに耳無しの怪力が加えられた場合、振り下ろした勢いで削り切りながら抉るという複合技が可能な万能アイテムとなるようだ。

 ただ、熱に弱いため、あまり勢いが強過ぎると刃が溶けてしまうようではあるが。


「折れねぇ。砕けねぇ。こんな道具初めてだ……雨降らし様は、道具の神様もやってんのか?」


「いや、ワシも手伝ったが、それを造ったのは神様の方にゃ」


 黒い神の評価を気にしているのであろうか。

 しかし、姿を見せない神と、目の前で道具を与え会話までできるニャマコでは、ありがたみの差は開く一方であろう。


「それと同じもん造るんは難しいけぇ、ちぃと質が悪い鋳型彫りっちゅう石削りから始めるけぇが……ニャマコ兄さん、見本頼むなぁ」


「うむ……ほれ」


 こういった物は、おそらくライの方が簡単に造る事ができるが、できるだけニャマコを前面に出すつもりらしい。


 鋳型見本であればそのものを造る必要は無いため、ニャマコはその身を変形させ土を掬い上げ包み込み、圧縮する事で形成したようだ。


「この鋳型を石で造り、光る石を砕き、光らない部分をなるべく取り除いて、この凹みの上に乗せてから石かまどで焼くのにゃ。それだけでも、最低限は形になるはずにゃ」


「それなら簡単だ。削って形にするのも火を使うのも、獣衆よりはずっと上手いつもりだ」


 彼らの体つきを見るに、持久力に問題がありそうだが、この作業に必要な腕力と形状の把握、火を扱う上での頑丈さには自信があるようだ。


「慣れたら獣の子らに沼掘りの道具、作ってやって欲しいけぇ」


「運び役が通ってくれるってんなら、イモか油と交換だな。それで良けりゃあ任せてくれ」


 どうやら交易と同時に、三種族間の協力関係の強化も狙う方針のようだ。


「……にゃ⁉︎」


「ニャマコ兄さん?」


「あやつ……いや、神が荒ぶっておるのにゃ」


「……怒らせるような事、俺らがやっちまったのか?」


「伐採の道具を、無闇な争いのために使うかもしれんと危惧したのにゃ。つまり、武器のような扱い方が気に障ったという事にゃ」


 大青虫の改造は、このタイミングで行われていたらしい。

 放置された沈み込みがあったため余計になのか、心踊る創造による昂りが膨張し、最高潮に達した時、思わず呻いてしまう勢いでイメージが伝達されたようだ。

 大青虫装甲車のイメージに、詰め込まれた熱い想い。

 そのあまりのインパクトにダメージを受けつつも、それを利用して武力方面への使用に釘を刺すという、強かさを見せるニャマコ。


「……おう。雨降らしの神様は、優しい神様なのか?」


「うむ。果実よりも甘ったるい優しさと、炎よりも激しい苛烈さを併せ持っておる。神とは、そういうものにゃ」


 口八丁がわりと酷いが、説得力のある物言いである。

 物言いというか、物は言いようである。


「んだなぁ。今、ここに来るけぇ」


「うむ。神様の光る玉を用意するのにゃ」


「分かった。すぐに持って来る」


 顔に焦りを浮かべ、全力で駆け出す。

 ライも、やや硬さを感じるニュートラルな微笑みを維持している。


「んだば、ウチも準備するけぇ」


 おもむろに、集落側に向かって跪くような体勢になり、白い球体を多数生み出し、透明化させてから上空へと放つ。

 前に地球の神事について聞いていたため、なんとなく黒い神の趣向を予想して跪いてみたのであろうが、神の降臨を前に控えるよう促す形になっている。


 耳無し達が顔を見合わせながらも、神に対する何かしらのジェスチャーと判断して、ライに続き跪いてゆく。

 全員がその膝を折った頃、スノードームを抱えた男も帰ってきた。


「来たけぇ」


「神様の玉を掲げておくのにゃ」


 集落の側から、土を踏みしめる音が近づいて来る。


「なぜ……黒くしたのにゃ?」


 現れたのは、黒光りする巨大なゲンゴロウ。

 もしくは、地球の人間に嫌われる、家に住む昆虫に近い。

 しかしその目は、愛嬌漂うコミカルな趣き。


「良う出来ちょるけぇ」


 その黒い何かの上には、黒い鎧が座している。

 色を合わせたのであろう。

 配色はシンプルだが、形状は華美。

 機能より、デザイン重視という事か。


「我は魔王! 崇め! 敬い! ひれ伏すが……えっと……やっぱ嘘です! ごめんなさい! 怒らないで下さい! お願いします! 感触キツイんで!」


 日本語が直接聞こえる。

 ニャマコが意訳変換を解除したらしい。


「神の言葉か? ライ、神様はなんて言ってんだ?」


「……ニャマコ兄さん?」


「道具を悪用しないと誓えば、今から雨を降らせるらしいにゃ」


 黒い神の威厳を、強引に高める方針らしい。


「おう……誓う……慈悲深い雨降らしの神様に誓う! 神様の慈悲を讃える!」


 スノードームを掲げて、かつて黒い神がそうしたように、笑顔を向けながら懇願する。


「道具は悪用しない! 無慈悲な行いはしない! 慈悲深く生きる事を誓う!」


 その必死さは『感触』により伝わるが、その言葉の正確な意味は、意訳変換が解除されているため伝わらない。


「ん……えっと……なんで変換無し?」


「気にしねぇで大丈夫やけぇ」


「ん、分かった」


 とりあえず、いそいそと鎧を脱ぎ捨て、なぜか甲虫の上に正座する。

 しばらくお互いに無言が続くと、黒い神の手に雫が滴る。


「……雨?」


 次第に増す雨粒は、夕暮れの空に輝きを散りばめる。

 その光のエフェクトは、ぼんやりとした表情の黒い神にもいくらか神々しさをもたらす。


 空に上げられた多数の分体が、空気中の水分を液体に変え、雫にして落としているのであろう。

 森深くまで行き渡るほどの晴天の雨は、まさに神の技を示すかのようである。


「おお……天の光に、金の雨だ……お前ら! 狩りの始まりだ! 赦しを貰ったぞ!」


 耳無し達が天を仰ぎながら、腕に巻いた草紐にくくり付けた金色の石を空へと突き上げる。


「なるほどにゃ。あの時の叫びはコレだったのかにゃ?」


「んだなぁ。たぶん合っちょるけぇ」


「天の光を崇めろ! 金の雨に赦しを願え! そして……狩猟と殺しには、規律あれ!」


「おう! 崇め! 願い! 殺す! 崇め! 願い! 殺す! 狩猟に! 殺しに! 規律あれ!」


 次第に、足を踏み鳴らし始める。

 その激しく重く乱れた雑踏は、しかし徐々に整い出し、掛け声に合わせた規律あるリズムへと変わってゆく。


「久しぶりの夕狩りだ! 駆けるぞ!」


 いつまでも続きそうな熱気を孕んだそのリズムも、長らしき者の掛け声の後、徐々に静まってゆく。

 森に吹く風と木の葉の揺れる音を残して、最後の踏み込みが止むと、一拍の後、一斉に森へと駆け出す。


「…………」


 それを呆然と眺めていた黒い神。

 その頬には雨粒が滴る。


「うぐぅ……」


 雨粒では無かったようだ。

 しかめた眉に、涙を溢れさせながらも充血しない目。

 強過ぎる『感触』に精神を揺さぶられ、同時に、雄々し過ぎる雄叫びに前回の恐怖を呼び起こされ、永命種の健康な体の自衛処置により、汗と涙が大量に分泌されたものと思われる。


「ニャマコ兄さん……大丈夫けぇ?」


「キツイにゃ……」


 同期により伝達された強い感情に、思考が乱れているのであろう。


「黒姐治すけぇ」


 黒い甲虫に飛び乗ったライは、黒い神の頭に分体カタツムリを乗せ、濡れそぼった顔をその胸に抱き込む。


「すまねぇなぁ。すぐに気づけねぇで……んだけぇが、もう大丈夫やけぇ」


「白姐……」


 たまたま転んで泣き出した子供に近い状況。

 それを眺めるニャマコはなんとも所在無い空気を漂わせていた。

 しかし、永命種の正常な身体反応が回復した事が喜ばしいのであろうか、どこか安心しているようでもあった。


「キツ過ぎたんかなぁ?」


「これは、ヒト種のそれとは少し違うのにゃ。永命種の生存本能……悪くない兆候にゃ」


 かつては、精神のバランスを保つバネが切れ、涙も無ければ喜びも怒りも何も無い、老体にはある意味相応しい枯れ具合であった黒い神。

 以前にも涙した事はあったが、それは周囲に成果を認めてもらえない事への悔し涙。

 つまり、当て所ない怒りに対する抑制とも言える。

 しかし、今回の涙――身体反応は異なる。

 表層の欲求を留め置くための抑制ではなく、より根源的な生存本能による、恐怖心を溶かすための防衛反応。

 つまり、生きたいという無意識的な願い――自らの心と体を守ろうとする強い欲求が高まった証拠でもある。


「……甘いの欲しい」


「んだなぁ。んだけぇが、今の黒姐は甘いのも塩っぱいのも、全部足りてねぇでなぁ……ニャマコ兄さん?」


「うむ。プリンというヤツを作ってやるにゃ」


「……苦しくなりそう」


「いや、主成分をリソースから構成して、小さなワシを混ぜ込むのにゃ。つまり、どう転んでも安心安全という事だにゃ」


「ふふっ、ニャマコが自分で言うと、ちょっと面白い……」


「ただの事実にゃ」


 黒い神の手元にのしかかるニャマコ。

 その柔らかボディを、黒い神がムニムニと弄びつつ帰還する。


 三人を乗せた黒くて速い甲虫の目は、雨に濡れても愛らしさを主張し続けていた。

 


 


 

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