2-16 静かなる闇の強奪――邪悪なる闇の改造
ありがとうございます。
「誰もいない……」
一身上の都合により、仲間外れにされてしまった黒い神は、黄昏ていた。
ニャマコと出会い、ライと出会い、最近では愛らしい見た目の着ぐるみ猫人達も周囲を賑わせていたため、すっかりかつての孤独を忘れてしまった元老女。
元というか現役だが、心身共にすっかり幼く仕上がってしまったため、もう色々取り返しのつかない何かを醸し出してきている。
「ふふっ……ふふふっ……ふぁっはっは! この静けさよ! 我が闇の魔力の糧となれ! 神技、サイレント・ダークネス・スィーズ!」
まだ少し、精神が不安定らしい。
誰も居ない移動家屋で、ソファをひたすらムニムニと揉み続けていたが、次第に笑い出し始めると、天井に向かって叫び出す。
外に出るタイミングを逸したのであろうか。
その纏う空気には、かつてのヒキニート感とでも言うモノを、取り戻しつつあるようだ。
「オヤツ食べたい……」
健康な肉体を取り戻した事で、食欲も出てきたのであろうか、それとも最近ライの与えるオヤツに完全に餌付けされた副作用か。
ただの栄養補助食品ではあるが、単純に美味しいため、食事が生命維持に直結しない管理者でさえ食欲増進されるのかもしれない。
「白姐さがそ……」
ニャマコはここまで一切想起されていない事から、わりとどうでも良いのかもしれない。
しかし、その想いは接続された意識を介して、だいたいニャマコに伝わっている。
この移動家屋を作って以来、ニャマコとライにより改良され続けていたためか、入出用ハッチの開け方にしばらく悩まされて、ようやく外に出た黒い神は、想定していた陽光という電磁波が何かによって遮られたため、空を見上げる。
「屋根……ほわっつ⁉︎」
見上げた瞬間、心身ともに停止した。
そこには蛇腹状の起伏を持った屋根が見て取れた。
しかし『感触』には、まるで肉の塊のように、つまり元生命体のように感じられ、意識を広げて気づいた伸びる脚を目にし、それらを一瞬で勘案して出た結論が、思考と体の動きを数秒凍結させた。
「…………」
肉体の健康を、ある程度取り戻した黒い神の動きは、俊敏であった。
事態は全く把握できなかったが、固まっていても仕方がないため、とりあえず最も適切と思われる行動として、即座に移動家屋の中にバックステップ。
ハッチ操作の代わりに、地面を引き延ばし出入り口を閉鎖し、強固に結合。
外部の『感触』を改めて詳細に分析。
そして、ホッと息をつく。
「ん……サプライズ? じゃないか、たぶんニャマコがここに……や、なんのために?」
先程まで完全にニャマコの事など意識の外に置いていたというのに、意外と鋭い推察であった。
可能性の高い状況予測がある程度済んだ事で、落ち着いた黒い神は封鎖を解除し、再び外に出ると、素早く距離を取ってその全貌を眺める。
「マジかー……ちょーファンタジー!」
巨大な水色ゲンゴロウに対して、その脳裏に浮かんだのは『ゲームのレイドボス』やら『宇宙からの侵略者』やら『多脚式の戦闘兵器』といった、純粋なファンタジーというよりは、SF的な戦闘シーンであった。
「お亡くなりになってるって事は……いいよね?」
まさか虫の見た目で食用だとは思わなかったのであろう。
『いいよね』の意味は、改造して有効活用していいよね、であった。
そこからは、実に鮮やかな手際であった。
ゲンゴロウの内部は筋繊維構造を維持したままアクチュエータに変質。
同時にローブへ突っ込んだ手には、入手経路が怪しいミニニャマコ入りの黒い袋がいくつか握り込まれる。
処理タイプごとに分けられているのであろう。
「大きくて脚がいっぱい、丸くて硬そうな甲殻って言ったら、もうそのまま行っちゃうしかないでしょう」
なにやら言い訳のような独り言を呟きながら、袋を選別し、同時に全身の関節や蛇腹の隙間から伸びたのは、拡大したアクチュエータの一部。
そこへ巻貝水筒からリソースを混入し、ミニニャマコを結合。
ここまで僅か数十秒。
「ふふっ……」
なんとも楽しそう、としか言えないナチュラルでマッドな笑みをこぼす。
このタイミングで、想いがダイレクトに伝達されたニャマコは思わぬ心理的ダメージを負うが、黒い神の知った事ではない。
しかし、そこへさらに攻勢を仕掛けるつもりか、独り集落へ向かい宣誓する。
「ふふふっ……この闇の魔王、ベルゼブブの心を脅かした罪、思い知るがよい……」
指示用神経線を手元に引き寄せて、ゲンゴロウを伏せさせると、勢い良く飛びついて登ろうとするが、いつも通り頭部からの転倒。
梯子を取り付ける事でなんとか背に登ると、いつも通り不要な発語命令を放つ。
「思考しないけど機動する! 甲殻装甲型、多脚式、アメノなんとか、起動!」
その動きは、ニャマコの操作には及ばないものの、そこそこ滑らかで、微妙にわざとらしい愛らしさを醸し出していた。
黒い神は本質的にマッド。
幼少期は、自分の肉体を自分の手で機械化したいと真剣に考えていた。




