2-12 生物と能力――挙動不審
読者様に感謝を。
交易路の軽い舗装を兼ねた道行きは、粘土湿地を抜けて木々が疎らに生える草原に出た後も、順調で変わり映えしないものであった。
「緊張する……前と同じだったら泣くかも」
「今は訓練に集中するのにゃ。次は、あそこの木々を土ごと試してみるのにゃ」
「ん……」
移動家屋の前方疎らに、アカシヤのような木が生えている。
野鳥や動物などは見られず、対植物での能力訓練には都合が良いのであろう。
ニャマコの言葉に従い、前方の木々と地面に意識を向ける。
そのまま一息に縮小すると、地表が左から右へと捲れたように土をさらけ出し、木の幹も平たく縮んでいる。
その後、今度は同じ方向へと拡大してサイズを戻すと、右側の地表が盛り上がる。
縮んでいた木々は、見た目には元通りの姿で右に移動している。
「うむ。悪くないにゃ。動物は厳しいが、植物であれば機能に支障は無いはずにゃ」
「ん、やっと出来た……」
「大したもんやなぁ。ウチにはできねぇ技やけぇ」
ライ種が機能を維持したままサイズを変えられるのは、自らの構成要素に限られてしまう。
対象を吸収して再構築したのならできるかもしれないが、対生物となれば、異なる存在が出来上がるだけであろう。
しかし、管理者の拡大縮小も困難な問題は多い。
例えば動物であれば、適切に分解結合を併用しなければ、即座にあらゆる機能が失われる。
ただ、やり方によっては実態は異なるものの、空間や存在そのもののサイズだけを変えたと言っても過言ではない結果をもたらす事すらできる。
しかも、それを行った当人にとっては、ほとんどノーコスト。
これも、ライ種とは異なる点であろう。
「ん、白姐が三段変形のヤツ、見せてくれたおかげだよ」
「んだけぇが、管理者の技とは違うけぇなぁ」
「ん、伸び縮みするのは全然違ったね。でも、消えたり柔らかくなるのは似てたかも」
「そうけぇ?」
三段変形と呼んでいるものの、ライのそれは変形だけではなく、気体や液体、個体といった相転移的な変化を伴っている。
ライは姿を変える時、途中液体のようになるが、気体のようになる事もできる。
旅の道中、ライによる能力講座の中で、それを改めて見せてもらいながら『感触』で捉え、拡大縮小に似ている事に気づいて参考にしたらしい。
「白姐がかくれんぼしたら、最強だよね」
「隠れても、感触で分かるはずにゃ。まぁ、お主とあやつにしかできんがにゃ」
「ん? 他の管理者は?」
「お主ら親子だけだにゃ。普通の管理者は、こういったセンサーを使うのにゃ」
黒い神の頭に乗ったニャマコが、体の一部を伸ばして目元を覆う。
「親子じゃないけど……ナニコレ、SFみたい……」
視界一面に、薄くカラフルに染まった気流のようなものが見えているのであろう。
管理者が通常用いる能力補助用のセンサーによる知覚を、ニャマコが視覚を通して伝えているのだと思われる。
「多少は違うかもしれんが、似たような感じで知覚されるはずにゃ」
「ん……これだと遠くが分かんないね。後ろも分かんないし」
近距離と言っても、ヒトの目視が及ぶ範囲くらいなら努力次第で見極められる。
とはいえ、今の『感触』による感知距離は、目視の届く距離を軽く超えており、精度も情報量も段違いであるため、不満が出るのも仕方ない。
「そんなもんにゃ。お主ら親子が異常なだけにゃ」
「親子じゃないよ……」
「その感触っちゅうんは、どんくらい届くんかなぁ?」
「ん、結構練習したから、ちょー遠くまで分かるようになったよ」
「エライなぁ」
「いぇあー。撫でてー」
褒めて伸ばす教育方針に慣れてきてしまったのか、やや棒読みでスキンシップを催促する。
「なんや、飽きたんかなぁ? 他はオヤツか、血ぃ吸うくらいしかできねぇけぇが……」
「あ……」
差し出されたおでこに、なんとなく思いつきなのか、血を吸うふりをして唇を当ててみたようだ。
飴と鞭の一種にも思えるが、鞭とは言えない。
どうやら悩んだ結果、緩急をつけるための手法として、優しく意表を突く形になったようだ。
「…………」
キョトンとした表情で、呆然となる黒い神。
おでこに手を当てつつ、徐々に顔が赤く染まってゆく。
「ん……んー」
なにやら混乱しているようで、言葉に詰まってしまったらしい。
「……えっと……い、いぇあー……天使のくちづけ、いただきました……」
「なんや、大丈夫けぇ?」
景気良く叫ぼうとしつつも弱々しい声で、目も完全に泳ぎきっており、ライとしても想定を超えた動揺の気配に、心配になってきたようだ。
とりあえず目の焦点を合わせようとしたのか、普段閉じている目を開いて視線を合わせる。
「とぅぐっ……デュフッ……」
何かがその口から、抜け出るように立ち昇って行った。
混乱はしているようだが、リアクションとして何か見せなければいけないと考えたのであろう。
水蒸気を生成してみたようだ。
おそらく、予想だにしていなかったダイレクトなスキンシップ戦術、そこに普段開かれない眼差しによる連携で、動揺し過ぎたのであろう。
流石に、精神に影響するような能力は使っていないであろうし、そもそも恒常性の維持機能が修正された黒い神には効かないものと思われる。
「……うけぇー……ふきぇー!」
どうやら、動揺の抑えが効かず、振り切れたらしく、妙な声をあげながら逃げ出すように駆け出すと、その勢いのまま、かつてない跳躍力を見せて柔らかソファに飛び込む。
そして、そのまま全身を埋めて潜り込むと、身を固めて停止する。
思うに、心身の健全な若さを取り戻しつつあったため、過敏になった精神のバランスが取りきれず、恥ずかしくなってしまったのであろう。
ちなみに、地球における口づけの意味など、世界単位で見たならローカルルールや方言などと変わらない。
ましてや、ライは形状をヒトに模しているに過ぎない以上、指で軽く突くのとさして変わらない。
「…………」
ソファに沈んだ黒い神は、今のところ出て来る気配が無いが、目的地を前にしてそのまま眠るつもりであろうか。
「……ウチが、なんか間違えたっちゅう事かなぁ?」
困ったように眉尻を下げて、自らの失敗を疑う。
「……とりあえず、ライ種の技が誤爆したという事は無いにゃ。まぁ、仕事はワシらと猫人らでやった方がスムーズに事が運ぶ可能性が高いからにゃ。一先ずは放置で構わんにゃ」
接続した意識から、精神状態を分析したのであろう。
しばらくの間、公の場に出るのは難しい状態にあると判定したようだ。
移動家屋から降りる準備を終えた猫人達も、いつのまにかその場に整列しており、いつもの泰然自若とした態度でその光景を眺めている。
「んにゃー」
代表の女性は僅かに思案したようだが、すぐにどうでも良くなったようで、顔と喉を擦りながら、リラックスした様子で指示待ち態勢に戻っていた。




