2-11下 天体破砕――流星群
読者様に幸あれ。
しばらく、のんびりとした空気の中、黒い丸まりを撫でていたライが、突然何か思いついた様子で立ち上がる。
「……ちぃとニャマコ兄さん、上部ハッチ開けてもらえんね?」
「構わんが……何をするつもりにゃ?」
「小せぇ星、壊すけぇ」
「まさか、衛星を砕くつもりかにゃ?」
「いんやぁ。外から飛んで来るヤツやけぇが……ウチがこん星に落ちる前、流しちょった分体が見つけよったけぇ」
「なるほどにゃ」
「伝え難いけぇが――」
空に流した分体とは、人工衛星のような物であろうか。
であれば元は、探し人を見つけるために使っていたのだと思われる。
「今のイメージが原寸なら、思ったより大きいにゃ……これは、管理区域の内側かにゃ? いや、ベルトの内側、弾除けの範囲外と言った方が伝わるかにゃ?」
弾除けというのは、害になり得る小天体などを弾丸に見立てて、その弾道を逸らす役割を持つ存在の事であろう。
その影響範囲がベルトと呼ばれる小惑星帯の外側にあり、その内側が黒い神の管理領域なのだと思われる。
「んだなぁ。ちぃと離れちょるけぇが、内側で合っちょるけぇ」
「ワシに連絡は来ておらんから、害は無かろうが……まぁ、遊びで壊すなら、綺麗に壊すのにゃ」
ニャマコには、警戒すべき対象ならば通知されるという事か。
だが、そういった物では無いらしい。
特製ワインによりもたらされ続ける力を、この機会に発散するつもりであろうか。
「ん、ごめん。良く分かんないけど、私も手伝える事?」
何をするのか分からないものの、今のところ意図的な成果を出せていない黒い神が、気遣わしげに助力を申し出る。
「気にしねぇで大丈夫やけぇ」
「やりたいのなら、そのうちできるのにゃ。やらんでも問題無いがにゃ」
「そっか……じゃ、白姐にお任せで」
「ヒトの目で見たら、たぶん綺麗やけぇなぁ」
気軽な声色で返すライが、開かれた上部ハッチに向けて軽い動作で放り投げたのは、プロペラ式の飛行ドローンのような物。
それが空高く消えて行くと、しばらくして上方から、雷鳴の残滓のような重く低い空気振動が届く。
「……飛ばす音やけぇ、気にしねぇでなぁ。壊した欠片は夜に落ちるけぇ、一緒にこっから見ようなぁ」
「ん、楽しみ」
ここまで一貫して一切気がかりな様子を見せない上に、楽しそうに夜景鑑賞を提案する事から、黒い神も純粋に楽しむ事にしたようだ。
今頃は鼠人集落の分体が、幼い友人に同じような事を話しているのかもしれない。
「……まぁ、白いのなら問題なかろうにゃ」
おそらく、本来なら近くをたまたま通りかかる程度の物体を、わざわざ砕いて夜間見える場所に降らせるつもりであろう。
随分とスケールの大きな花火ではあるが、それだけ黒い神の特製ワインが優れているという、示し代わりにはなるのかもしれない。
「そういえば……猫さん達、移動中にやる事無くて暇してないかな?」
「いや、たまに外に出て、走り回っておるにゃ」
現在、移動家屋の出入り口はエアロックのような二重構造になっており、黒い神に気づかれない静けさで、移動の最中にも出入りしていたらしい。
「そっか。白姐のおかげで快調だし、私もちょっと運動しようかな……ん、やっぱやめ。まったり最強」
「……多少は鍛えんと、体はヤワなままにゃ」
「んだけぇが、ちゃんと練習しちょるんは知っちょるけぇ。頑張る子はエライけぇ」
「いぇあー」
移動家屋が無視されて以来、事あるごとに甘い言葉を挟み込んで行くライは、褒めて伸ばす教育方針なのであろうか。
「ご褒美に、強く固める見本やるけぇなぁ。真似してみたらイイけぇ」
「ん、ナニコレすごい……ありがとー」
「……ライ種が管理者の能力育成かにゃ? できる理由は分かるが……」
腑に落ちない様子で、率直な感想を呟く。
そのできる理由とは、宇宙で活動可能なほどの耐久強化が、結合による強化に近いからであろう。
任意で自らにそれを施せなければ、先程の分体の爆発推進も、ただの自爆になってしまう。
あくまで、自身の構成成分に限定され、自由な合成は不可能とはいえ、管理者能力に近い技を持つライ種が、管理者を育てられるのもおかしくは無い。
おかしくは無いが、本来ならこの星では外来種であり、異分子の害獣に近い立場、それにライ種と管理者は通常距離を置く関係のはずなのに、という違和感が拭えないのであろう。
もちろんニャマコも、ライは情愛に貝殻を被せたような生き物でしかないと、前に漏らしてはいたが。
「ん……ちょー硬くしたら、なんか白っぽくなったよ?」
ライから受け取った白い結合サンプルを真似するように『感触』を感じ比べながら、空気を変質結合して耐久強度を高め続けていると、少しだけ似たような白さを出し始めてきた。
「んだなぁ、そっからちぃと工夫してやると、こんな感じになるけぇ」
話しながら手のひらに生み出した小さなカタツムリが、次第に透明になってゆき、最終的には完全に見えなくなってしまった。
「消えた……?」
「触ってみぃ」
「ん……見えないけど、ぷにぷにだね」
カタツムリは丸まっているようで、触れた丸みを撫でると、柔らかく滑らかな手触りを感じ取る。
「こんな色にもなるけぇが――」
カタツムリを乗せた手を握り込み、再び開く。
現れたその姿は、形ある姿というよりも底の無い穴のようであった。
その色があまりにも黒過ぎて、まさに闇そのものというような、形状が判別できない空間の欠損のような見た目となっていた。
「こうすると、モノはあんまり吸収できねぇでなぁ。感知も極端やけぇ」
「真っ白が一番って事?」
「一番っちゅうか、白がバラけて自由、黒が固まって変わらねぇ、透明が両方っちゅう感じやけぇ、故郷から飛び出して逸れちょったウチは白やなぁ」
「ある意味ブレない黒いのは、まさに黒だにゃ」
ファンタジーの追究には余念が無い黒い神は、その辺りに関してはそうなのであろう。
「ん、黒いのとか赤いのは、大体強くて主人公なんだよ」
その思考伝達には、壁に寄りかかる黒いコートを纏った人物と、力強くポージングをキメる戦隊ヒーロー、背景には真紅の人型機動兵器が鮮烈にイメージされていた。
「……どうでも良い情報が、やたら明瞭に流れ込んで来るのにゃ……」
黒い神の頭部からずり落ちたニャマコを、ライが優しくすくい上げる。
「私のロマンを覗くのは、初心者にはオススメできないよ」
「いや、思考伝達を調整する権限は要請したが、まだ返って来ないのにゃ……と思ったら、今返って来たにゃ。タイミング悪過ぎだにゃ。いや、あやつ……ワザとやっておるのにゃ」
「あの人も、ニャマコが大好きなんだよ」
「……嬉しくはないにゃ」
その夜、闇に落ちた空に流れたのは、鮮やかに降り注ぐ白い流星群。
弱められた思考伝達からは、ボヤけた多幸感だけが伝わってきた。




