2-11上 別れない別れ――回復する怠惰
読者様に幸あれ。
「分体に、オヤツしこたま仕込んでおいたけぇ、たくさん頑張った時のご褒美にするけぇなぁ」
どこからか取り出した小壺の丸底に紐を通して、幼い友人を優しく撫でつつ、ペンダントのように掛けさせる。
「うん。ライも、がんばってきて」
「んだば、耳無しの子らんとこに出発やけぇ、準備してなぁ」
「んにゃー!」
一通り坑道の整備を終え、再び旅立ちの時を迎えた。
坑道整備の合間には、交易物資の確保を兼ねて、二種族での合同採掘訓練も行っており、両者の交流も深まっている。
そして、それらを完璧に主導したライは、いつのまにかこの一行の主導権をも握っており、補導される子供のように大人しく手を引かれる黒い神は、その存在感を失っていた。
対して、甘えたい年頃であろう鼠幼女は、ライの頑張りに応えようと労務への意欲を燃やす。
「一緒は我慢。仕事、頑張る」
「無理はしねぇようになぁ」
「小さいライと一緒、大丈夫」
「エライなぁ。んだけぇが、ちぃと分け身を変えてみたけぇ、狩りも石掘りもできるけぇなぁ。困ったら手伝うけぇ」
抱えられた分体カタツムリから、ドリルのような巻貝を生やして、手を振るような仕草をさせる。
「ライと同じ?」
「んだなぁ。前のウチと変わらねぇなぁ……んだけぇ、離れちょる意味がねぇで、困ったなぁ」
「ライ、困ってない」
眉尻を下げて苦笑いを浮かべる様子は、いかにも困った風であった。
しかし、この幼い友人には、その磨き抜かれたヒト種の模倣が通じないようだ。
本体が離れても、その過保護さ自体は変わらないという事か。
「そうけぇ? ウチの気持ち分かるんは、あんたと黒姐くらいやけぇ」
「柔らかい猫人、呼んでる。ライ、いってらっしゃい」
慣れた手つきで、小壺の中身を振りかける友人に、片手を上げて応えたライは、移動家屋へと向かう。
「柔らかい猫人の皆様にはこちらを」
鼠人が四人がかりで、天辺に穴の開いた水滴型の容器を担いでいる。
それが地面に降ろされると、着ぐるみ猫人の代表が片腕で抱え込んで、軽々と持ち上げる。
「ありがとうございます。大塩虫ですね? これで、油の不足が解消されます」
どうやら、主に植物油を得るための塩虫と、その巣箱らしい。
「ええ、ただ、この塩虫は粋が良くて……」
「大丈夫です。『愚かな猫人』に見せるつもりはありませんし、帰ったら一度全力でシゴキますから、問題ありませんよ」
「……シゴキ、とはなんでしょう?」
「鼠の皆さんは、知らなくて良い言葉です」
「はぁ……」
鼠人の間では、あまり激しい意味の言葉は使われないのであろう。
しかし、着ぐるみ猫人のシゴキとは、どのようなモノであろうか。
気にはなるが、覗き見るのはなんとなく憚られる。
「使者様には、こちらを」
「あ、はい。ありがとうございます。えっと、お礼に……ふわふわの……キラキラー」
仕事を失った黒い神は、鼠人の代表から二度目の壺漬けウナギを受け取り、返礼代わりに、抽出と結合により荒く生成した氷を拡大で弾き、雪のエフェクトを撒き散らす。
「そろそろ行くけぇなぁー」
「はーい」
全員が移動家屋に乗り込むと、鼠人達が貝の神に対する敬意を示すジェスチャーで、静かに見送る。
雪のエフェクトが上手くできた事に味をしめたのか、発進した移動家屋の後方に氷の拡散を派手に行うものの、同時に酷い乱気流を呼び込んでしまい、ニャマコに小馬鹿にされながら気流を操る練習に移っていた。
「このまま、直接スノードーム集落に向かえば良いのかにゃ?」
「んだなぁ。光る石は途中で焼き固めるけぇ、それ見したら、耳無しの子らも歓迎してくれるはずやけぇなぁ」
焼き固めるというのは、焼成もしくは製錬という意味であろう。
光る石について多少調べたところ、元々粘土質の土に含まれていた成分により、加熱した時に流動性を持ちやすいらしい。
とはいえ、焼成しても融点が低いため、熱にも強い製品を作るなら、製錬して主成分を得てから、別途何かしら工程が必要になると思われるが。
「一応、私が信仰されてるらしいし、大丈夫だよね……」
未だにマッチョへの恐怖が根強いのか、警戒心を匂わせる。
「前のようにはならんはずにゃ。まぁ、お主と直接対話したら、幻滅されるかもしれんがにゃ」
「大丈夫だよ。いざとなったら、真の女神は白姐って事にするから」
「流石だにゃ。他人任せに迷いが無いにゃ」
「んまぁ、ウチはちぃと知られちょるけぇ、任しといてなぁ」
「いぇあー。白姐イケメン、いぇあー」
「……猫人らに、食事の準備でもするかにゃ」
ソファに座ったライの膝に転がり込み、全力で甘え出した黒いシスコンから目を逸らしたニャマコは、形だけのキッチンに去って行く。
膝上の黒い神を撫でるライは、手に櫛のような物を生成して、その髪を整えてゆく。
整髪効果のある何かを塗布したのか、普段は乱れ放題な髪が、珍しくほんのり色香漂う艶髪になっていた。
「極楽ぅー……」
その表情には、私の知るかつての面影は見られない。
投げやりで無表情、たまに苦痛に顔を歪めて、私の前では作り笑いを維持する。
もうそのような姿は、忘れるべきであろう。




