2-10上 殻付き家屋――信心の受領
ありがとうございます。
「ライ! 香油の吉礼する!」
「分け身は、そのまま持っちょってなぁ……ほい」
幼い友人が小さな壺を渡すと、その中身を振りかけるような仕草を返す。
おそらく、旅の帰りを祝う習わしの一種であろう。
「おかえりもする」
「ただいまやけぇ」
帰宅の挨拶と共に屈みながら、飛び跳ねる動きに合わせて、優しく抱き寄せる。
「……猫人は?」
「今、向こうから、でけぇのが来るけぇなぁ。そん中に入っちょるけぇ」
「大きいの?」
幼い友人が目を細め、ライの示した方角を探る。
黒い物体が徐々に近づいて来るが、集落の周囲は拓け過ぎているためか、距離感が掴めないようだ。
「……ごはん」
「似ちょるけぇが、アレは食えねぇでなぁ。前に分け身で話しちょったけぇが、乗ると運んでもらえるでけぇカタツムリやけぇ……んだば、コレやるけぇ、皆を呼んできてなぁ」
どうやら、離れ過ぎた移動家屋が主食のウナギに見えているようで、恐さなど微塵も感じないらしい。
食べられないウナギの代わりか、ライがその口に柔らか飴玉を差し入れ、鼠人達の招集を頼む。
「おいしい……でも、ライ、疲れる」
ライが食べ物を生成するのは、とてもコストがかかる事を知っているため、一瞬綻ばせた顔も、すぐに心配に染まる。
「いんやぁ。分け身でも伝えちょるけぇ」
「古いの、早くダメになるって」
「神様がおるけぇ、いつでも新しいでなぁ」
「……本当?」
「んだなぁ。前よりもっと元気で一番新しいけぇ」
「新しいライ! 祝い!」
跳ねるように駆け出して、集落のドームに声を掛けてゆく。
大切なライの回復を、実感の伴う形でライ本体から知らされた事で、神様と猫人達を迎える事よりも、ライの回復を祝う事の方が優先されてしまったようだ。
「……皆、まだ回復しきってねぇでなぁ、無理はさせたくねぇで……」
一応、分体を抱えたまま向かったようなので、他の鼠人には分体から伝えるのであろう。
とりあえず、本体はこのまま、移動家屋の停留予定地で下準備を始めるようだ。
「んだば……」
手を前に突き出すなり、野営時に行った大型建造物の生成を始める。
しかし、完成したその形状はドームでは無く、巻貝そのもの。
「……もっと安心できるはずやけぇ」
いつも通りの微笑を浮かべ、移動家屋を待つ。
しばらく後に、サイズに見合わぬ静かな移動で、黒光りするドリル付き移動家屋が現れる。
「んだば、ニャマコ兄さん、頼むなぁ」
誰も居ない空間に話しかけるのは、電磁波を用いる言語による、遠隔通話のようだ。
その声に応えるように、移動家屋は大きく舵を切り、巨大巻貝にその尾を向けて静かに後退してゆく。
その動きが止まった時、そこには巨大な『ネコミミドリル白黒カタツムリ』と言ったら良いのか、移動する家屋が殻をかぶるという、いくらか混沌とした姿が完成する。
その側面接地部には穴が開き、黒い神が降りて来る。
「白姐! どんな感じ?」
「ちぃと不恰好やけぇが……一体感はあるでなぁ。たぶん大丈夫やけぇ」
地球人の感性で見たなら、全く大丈夫な見た目では無い。
しかし、個人的には、なんとも言えない独特の愛嬌を感じる。
「ん、下手に隠したりサイズ小さめにするより、いっそゴリ押しでイイよね」
「勢いは大事やけぇ」
頭に乗ったニャマコは、微妙に何か言いたげな様子だが、口に出すつもりは無いようだ。
おそらく、このような小細工――大道具に走るくらいであれば、いっそ猫人に直接巻貝をつけてしまえば良いのでは、などと考えているのであろう。
しばらく、この合成構造物の接合部をチェックしていると、鼠人達がぞろぞろと現れる。
彼らの視線は、ライと構造物を見比べるように動いている。
その中から一人、いくらか老いて見える女性が声をかける。
「おかえりなさい。あの、ライさん……あちらも、貝の神様で?」
「いんやぁ……なんちゅうか……」
存在感に溢れたその構造物を指して、神様かと尋ねる女性。
なるほどそう来たか、というような雰囲気で、言葉に詰まり口籠るライ。
「んだなぁ……」
「そうです! あちらが本当の神様なんです! 実は、私は作り物――代理だったのです! あの耳は触覚です!」
「……おぉ、そうでしたか……皆! ご挨拶を!」
口籠るライの横から、勢い良く畳み掛けられた言葉は、一つも真実を含んでいなかった。
しかし、この場の鼠人達はそれに納得してしまったのか、雰囲気に合わせてみたのか、彼らの流儀で肯定や敬意を示すジェスチャーを行う。
そして、鼠幼女の手を引いた代表の女性が、構造物に向けて言葉をかける。
「貝の神様! この度はありがとうございました! こちらに、香油の信心を捧げます!」
なにやら、ライの出迎えに用いた物とは異なる、くびれのついた小さな壺のような物を、鼠幼女に手渡す。
「神様! あげる!」
巫女役としての儀式的振る舞いなのか、受け取ったそれを、捧げるように掲げる。
「……ん、代わりに貰うより、変質分解した方がそれっぽい?」
「ふむ……上手くやらねば誤解を招くにゃ。ワシがフォローするから、壺の口辺りを意識するのにゃ」
その意図を把握したらしいニャマコは、安全性と確実性のために手を貸すようだ。
ターゲットの限定がブレないように、中身が溢れないように、という事であろう。
「ん……」
意識を一旦鼠幼女に向けると、捧げた姿勢で固まっていたその手元に注意深く狙いをつけて、『感触』により捉える。
それを、じわじわと酸素か窒素辺りに変質させながら、小壺の丸底だけを残して分解する。
「ありがとうございます」
「よかったぁ」
消えた小壺を見て受領と受け取った代表は、いくらか力の抜けた声で安堵する。
鼠幼女は、残された丸底を大事そうに両手で包み込むと、貝の神様に柔らかな笑顔を向けた。
鼠人の代表者はこの時、実は微妙に疑っていたらしい。
この女性は、臆病だが大雑把な鼠人の中では、最も繊細で疑り深いため代表者の地位にあるとか。
それを感触で捉えた黒い神が、必死でごまかすために考えた苦肉の策であったとの事。
幼女は巫女役で前に出されたというより、最も安全なライ本体の側に近づけるためだったらしい。




