2-9下 共進化――複雑性からの逃避
表現微修正……2019/01/10
「ん、これも忘れてた。ダンジョンの入り口、作らなきゃ」
「……このイメージは、移動家屋と……地球のモグラ? これは、どういう意味にゃ?」
どうやら、地下の自家製鉱脈を掘らせるために、入り口が無い事に気づいたらしい。
その時に伝わったイメージから、困惑するニャマコ。
モグラという事は、移動家屋で直接突貫でもするつもりであろうか。
「ん……届かない、この想い」
「……良く分からんが、大切にしまっておくのにゃ」
イメージはそれなりに届いていたが、想いは拒絶されたらしい。
「ダンジョンっちゅうんが地下の事やったらウチが入り口作るけぇ、心配いらねぇでなぁ」
「うむ。それが良いのにゃ」
気を利かせてライが提案を出すなり、間髪入れずに賛成する。
「…………」
「黒姐の考えも、聞かしてくれたら嬉しいけぇ」
「白姐!」
わざとらしく気落ちした様子に、甘い声をかける。
しかしその後、鼻息荒く懇切丁寧に語り出すも、最終的には穏やかなトーンで諭されるように却下されていた。
その理由は、地盤沈下の危険や周辺生物への刺激が強過ぎるなど、至って真っ当な正論ではあったが、その燃え上がるロマンを優しく包み、そっと鎮火させるように懇々と諭す様子には、熟練の子守りのような安心感を覚えた。
その後、移動家屋により普通の旅らしさは薄くなってしまったものの、代わりに景色を楽しむ余裕ができたため、雰囲気には観光らしさが増していった。
「――花粉運ぶと、塩虫油が油玉に溜まるけぇ、塩花を護りながら、巣も護られるっちゅう事やなぁ」
目にしていたが、尋ねるタイミングを逃していた不思議な物について、フロントガラス越しに眺めながら丁寧な解説を受けている。
これは、地面から伸びる巨大ポリープのような物について話しているようだ。
その味は知っていても、実際に見た事は無い塩虫の生態が絡んでいるらしい。
「ん……大塩虫がポリネーターって事? 蜂とか蝶みたいな」
つまり、塩虫が餌となる蜜やタンパク質を得る事で、結果的に花粉を運ぶ役目を負い、ついでにヒト種にもうま味調味料やら油やら、様々な恩恵をもたらしているという事か。
「うむ。おまけに、お主の記憶にある言葉で言えば、塩花と大塩虫の間で共進化が起きたのかもにゃ。まぁ、言葉の正確な意味は知らんから、正しくは違うのかもしれんが、ニュアンスは近いはずにゃ」
共進化とは、一つの変化要因が、別の変化のトリガーとなり、それぞれの進化に関わってゆく事象の事。
特定の種の間で起こる明確なそれは、進化の貴重なパターンとして注目すべき現象、という事か。
「んだなぁ。他の塩虫とは、ちぃと形が違うでなぁ」
「ん……共進化って、ややこしいよね」
「記憶にあっても、理解が曖昧という事かにゃ?」
「ん、言葉で知ってるのと、実感するのはやっぱ違うかも。形がちょっと変わるだけなのに、環境も生き物も絡んでて……分子レベルの偶然も微妙に絡んでて……」
「うむ。ワシらの目的の一つには、その進化パターンにどのようなものがあり、どのパターンから、さらにどういった進化を促す結果を生むのか、あるいはそもそも進化ではなく誰かの意図的な処置によるモノなのか、それらを知るための検証データを得る事も含まれておるのにゃ」
「ん……知能とか理性とかメインで?」
「うむ。あやつの専門分野だからにゃ。お主はあやつと似ておるから、期待されておるのにゃ」
不完全かつ不安定な黒い神が、先の見えない行脚を続けてゆく事で、雑多な生物の生態に、様々な影響を与えてゆく。
地球においては蜂のような虫でさえ、量の大小程度は把握する知能を持つのでは、とされている。
であれば、地球に似た生物構成の中、直接的な影響を与え得る生物には事欠かないだけでなく、安定と多様性を併せ持つこの環境は、彼女の職務において理想的なのかもしれない。
しかし、このような恵まれた現場に在っても、実際に望ましい成果を得られるかどうかは、おそらく誰にも分からない。
「共進化で思い出したけぇが、管理者の技を造っちょった人らも、昔ウチらと一緒におって、その共進化に似ちょる事がたまたま起きたらしいけぇ。んだけぇが、塩虫と塩花みてぇに助け合わねぇで、張り合う兄弟みてぇでなぁ――」
「ん、私と白姐は仲良しだよ。っていうか、白姐は女神様だから、張り合わなくてもよゆーで圧勝だよ」
「…………」
「ふふっ、ありがとなぁ。んだけぇが、ウチは大したもんやないけぇ――」
「いや、十分大したもんだにゃ。図抜けた異常スペックだにゃ」
「白姐さいきょーだからね」
「管理者を魅了したライ種も、お主が初めてだにゃ」
知能や理性の機能的進化を求められる世界で、黒い神のそれらは、感情と信仰心に飲まれつつある。




