2-8 朝食――路面舗装機
朝、白い慈母製のソファベッドで目を覚ますと、眠る時には抱いていた巻貝ニャマコクッションが、いつのまにか枕になっており、腕の中にはリアルニャマコが収まっていた。
「……ん、おはよニャマコ、おかえり?」
「ただいまにゃ。そこに洗面台を付けてあるからにゃ。顔洗ったら、むこうに造ったダイニングに向かうのにゃ……お湯を使うかにゃ?」
一応、一方通行とはいえ、接続された意識から昨日の出来事を心得ているニャマコは、いつにも増して優しいモードに入っているようだ。
既に、機動家屋の機能を把握して、適合する形で不足設備も補ってある。
「すごい……日本のカウンターキッチンみたい」
「おはようやけぇ。朝の飯はできちょるけぇ。皆、飯の場に居るけぇが、のんびりで構わねぇでなぁ」
黒い神の好みに寄せたと思われる、木の風合いを持ったカウンターキッチンから、顔を覗かせたライ。
その言葉は、意訳変換無しの日本語であった。
昨日、ニャマコが離れていたため、少々不安げな様子で日本語を直接用いていたが、今後のためにも普段から練習する事にしたらしい。
まだ、『らしさ』を作る事が難しいのか、普段よりさらにぎこちなく、簡単な言葉を組み合わせて使っていた。
「白姐いた……」
ライを目にするなり、ニャマコを抱えたまま、トコトコと周り込んで近づく。
すると、 ライも流れるような動作で近づき、軽く抱き止める。
そのまま、何度か後頭部を撫でると、腕を腰に回し抱え上げる。
「んだば、顔洗うけぇ」
「あい」
力を抜いてぶら下げられたまま、配管の無い洗面台まで運ばれる。
ニャマコが高さを調節したようで、ちょうど顔の前に洗面ボウルが来たところで、ニャマコそのものから吹き出すシャワーにより洗顔。
更に、髪まで流されつつ、謎の溶液で泡立ち塗れになった後、何度か撫でられて大まかに乾燥。
溜まった水は瞬時に回収され、顔の前で一度手を振られると、残った水気も綺麗に除去される。
「んだば、口開けてなぁ」
「あい」
ぽかんと開いた口の中に、なにやらジェルのようなものが放り込まれると、口の中を濯ぐようにモゴモゴとさせる。
トントンと頭を叩かれて吐き出すと、すっきり洗浄されたのか、爽やかな表情を見せる。
しかし、片腕でぶら下げられたその姿は、遠目にはただの黒いバスタオルに見えるほど、身を委ねきっている。
「飯にするけぇ」
「あい」
今度は俵抱きにされるなり、ふわりと浮かぶようにカウンターを飛び越え、ダイニングらしき扉前まで滑るように移動。
扉を開けて中に入ると、猫人達が波を描くテーブルの所々に座って、食事をとっていた。
テーブルの上には、白い丸パンのような物がカゴに積まれて、いくつか置かれている。
その周りには、コーンスープが入った鍋や、スクランブルエッグにベーコンエッグ、刺身のような物、さらにはなぜか、小さめのマンガ肉のような物まである。
「なんか、すごいのある……」
「料理のイメージで、構築しやすい物を選んだのにゃ。細胞構造や見た目は違うかもしれんが、分子レベルではほとんど同じはずにゃ。まぁ、例の増量ウナギみたいなもんにゃ」
「……なんかちょっとコワイけど……ありがとう」
成分のみでもなければ、成分を混ぜただけの調味料でもない料理そのものを、見本も無く能力だけで生成したらしい。
例えるなら、味を似せた食べられる食品サンプルを元に、分子レベルで基になった食品を再現するのに近い。
私も一応、かつては生物の構造に関わる分野に携わっていたため、似たような事はできるが、何百億もの失敗経験の積み重ねがあるからこそである。
ニャマコも、似たような経験があるのであろうか。
それとも、究極の演算機らしく、数えきれないほどのシミュレーションを経験の代わりとしたのか。
「刺身の中には、ウチが作ったもんが混じっちょるけぇ、見た目と味が合わねぇかもなぁ」
どうやら、種類が多い物は再現度よりも、味のバリエーションを優先したようだ。
近い成分と食感で、ばらつきを持たせたのであろう。
こちらも凄いが、まだ納得できる。
「……絶対オイシイ、白姐最高、大好き」
もはや、ライが作ってくれたと聞いた時点で満面の笑みであった。
だが、ライのぎこちない日本語に合わせたのか、必要以上にカタコトになっていた。
「んだば、ここに座ってなぁ。皿に取ってくるけぇ」
「あい」
よそわれたコーンスープには、可愛らしい巻貝マシュマロのようなものが浮かぶ。
盛り付けられた皿には、ミニニャマコ型の卵焼きに旗が刺さり、サラダと共に白いタコさんウィンナーも添えられている。
お子様ランチという事か。
「かわいい、おいしそう」
「ウチも一緒に食うけぇ……いただきます?」
「うん、いただきます」
差し出された貝殻スプーンと、小さな三叉鉾フォークで口に運んでゆく。
「ちょーおいしい」
「んだなぁ」
おそらく、ライはわざわざ口で噛んで食べる必要は無いと思われるが、黒い神を真似するような仕草で口に運ぶ。
「今日から、この動く家で移動するけぇ。ニャマコ兄さんが動かす言うちょったけぇ、のんびりしちょったらイイけぇなぁ」
「ん、良かった……使ってもらえて嬉しいよ」
当初の予定には無かったが、全ての道行きを猫人達に合わせる必要も無いのであろう。
「ついでに、軽く道の舗装にもなるからにゃ。速度も、あまり変わらんはずにゃ」
「そっか……重さ、増やしたのかな?」
「あの収納ドロを使って、重量制御を入れてみたのにゃ」
元は、可動部周りに重りがいくつか結合されていただけであったが、そのままでは荒れた路面に弱かったのであろう。
「収容作業は終わっとるから、イニシャライズだけやっておくのにゃ。その後は、ワシが操作するからにゃ」
「うん。ありがと」
その後、食事を終えて、フロントサイドに近い柔らかソファに身を沈めると、初稼働に向けて準備を行う。
「ん……振動制御が緩いから、ちょっと揺れたらごめんなさいー」
「そこも補完してあるにゃ。というか、白いのが基底部に何か入れたようだにゃ」
「ウチの静かな移動知っちょるけぇ? あれと一緒やけぇ。制御は考えねぇでも大丈夫やけぇなぁ」
「豪華だね……」
「全て併せて、ワシらの合作だにゃ」
「そっか……ふふっ。じゃ、ユルルングルの初稼働――」
「路面舗装機にゃ」
「…………」
呼称の締まらなさに、目を細めてニャマコを見つめる。
しかし、その口元には楽しそうな笑みを浮かべていた。




