2-7下 召喚――涙
読者様に感謝を。
視線が集まる中、空を仰ぎ見て、大きく息を吸い込む。
周囲には薄く影が広がってゆく。
どうやら、視線の先に濃霧を発生させたらしい。
「……誕生と終焉。悠久の営みは、根源にして全て。ゼロに還るその時まで、再帰する螺旋は環を為す……とめどなき呼吸は脈動に。果てなき脈動は生命に!」
尊大な詠唱と共に、黒い物体の周囲に虹色の柱がせり出してゆく。
その先端からは、抽出による可視光線が、空に向かって拡散する。
その光に照らされた雲のような濃霧は、次第に溶けるようにして消えてゆく。
「さあ! 命脈の泉より、その身を晒せ! 究極ナマコ召喚術! サモン・ユルルングル!」
力強く術の名を叫ぶと、せり出した柱が砕け、虹色の瓦礫が散乱する。
一拍の後、その下から湧き上がるかのように、急速に膨張してゆく黒い物体。
しばらくすると、その全容が明らかとなる。
全長、およそ30メートル。
戦艦主砲のように、斜めに天を突くドリルのツノに、歪みない曲線の特大楕円球体。
ツノの両脇には、特大ネコミミも付いている。
それはまさに――、
「ドリル付きの……ワシが……ウナギ……」
ドリルの付いたニャマコウナギでしかなかった。
ちなみに、ユルルングルとは、うっかり飲み込んでしまった自らの子孫を、吐き出して復活させるという個性的な伝承を持つ巨大なヘビの名称である。
なんとなく命名しただけであろうが、家につける名前としては微妙な気がする。
「まさか、二つの選択肢を掛け合わせて、ついでにオマケまで付けてくるとはにゃ……」
究極の演算機と呼ばれるらしい、ニャマコの予測。
そのハードルの斜め上を、なんとか超えて行けたようだ。
「ん……くっつけて終わり? そんなわけ、ありません!」
なぜか、メガネを持ち上げるような動作を挟む黒い召喚士。
「……動きます。いえ、走ります! そして……貫き、戦います!」
戦闘用の召喚術であったらしい。
「いや……動くだけならまだ分かるが、休息を取るための施設で、何と戦うのにゃ……」
いや、単純に考えれば、安眠のために防衛機能も必要という事であろう。
しかし、召喚の演出は不要な気がする。
「ん……生きる事、それは戦い。ユルルングルは、生きている……」
確かに、内部に生体のそれを模したような電磁波が観測されてはいるが、おそらく、拡大時に極小サイズのマイコンを隠し持って、適宜合成したのであろう。
見た目には、単純な拡大と重さ調整の結合だけで、いかにも生物を呼び出したかのような演出であった。
しかしその実態は、複雑な工程を並列でまとめて、素材生成から機能実装までを迅速な結合で行っただけである。
とはいえ、未だ弛まぬ進化を見せる『感触』を用いた、実に器用で微細に極まる結合は、著しい能力の成長を窺わせる。
「ちなみに外張りと骨材は、シリコン樹脂だけで工夫して、フロントとサイドビューには光アイソレータっぽいのも使っています。それにより、ニャマコとユニコーンにウナギをかけた外観を維持しながら、内部の開放感も高めています……この、ちょっとダサカワな感じ、どうでしょう?」
達成感に酔いしれているのか、成果物を見つめたまま朗々と語る。
「…………」
「あ、戦えるといっても、極小の制御コアしか入っていないので、ラムのピッチングと、前後左右の移動しかできません」
機能説明は重要らしい。
真剣な顔で語りを続ける。
だが、反応は無い。
「…………」
「あと実は、地面に接した――」
滔々と語る黒い神の横に、スッとライが近づく。
「黒姐……んだなぁ……いっしょけんめいで造ったんやなぁ。いっぱい考えちょったんやなぁ。ウチはすごぉくエライなぁ思うけぇ……んだなぁ、もう、これは、ウチの負けやなぁ……黒姐の勝ちやけぇ。大したもんやけぇ」
なにやら慈愛に満ち溢れた笑顔で、黒いマッドサイエンティストの頭を撫で始めたライ。
そのぎこちない口調は、優しさに溢れていたが、少し溢れ過ぎてもいた。
「んだけぇが……んだけぇがなぁ……勝ちは黒姐、さすがっちゅう事でなぁ、たぶん、合っちょるけぇが……んだけぇがなぁ……ニャマコ兄さんも皆も、ドームの中、見に行っちょるけぇ……」
「……?」
ライに優しく撫でられつつ辺りを見回すと、暮れかけた陽に照らされて、鮮やかに煌めく粘土湿地が広がっていた。
「もちろんウチは、もっと……もっとたくさん知りたいけぇ、たくさん話してくれるんは、すごぉくすごぉく嬉しいけぇ。んだけぇ……中ぁ一緒に入って、見ながら聞かせてくれねぇかなぁ?」
「……うん」
ニャマコ不在により意訳変換が無いため、言語照合により得た日本語知識で、意訳変換の真似をする形で話しているようだ。
そのため、言葉選びが難しいのであろう。
優しい言葉の、優しさの程度が振り切れてしまったのか、あまりにもはっきりと、幼子に語りかけるような言葉遣いになっていた。
「ちぃと甘ぇもん作ったけぇ、試しに食わんね? たくさん考えちょった後は、甘い、美味しいゴホウビが必要やけぇ」
「ん……おいひぃ……」
丸くて白い飴玉を、ライが手ずから口に差し入れると、薄い殻が破れるような音がした。
一見硬そうに見えて、中は柔らかい食感なのであろう。
軽く噛むように、自然と口が動く。
そのまま、黙ってモグモグと口を動かしながら、ライに腰を抱かれ、召喚ナマコの内部空間へと入って行く。
失敗続きの中で、こっそりと、それでも懸命に試行錯誤しつつ、能力練習を続けていたようだ。
その技術の粋を尽くしたこの移動家屋は、設置面積の広い平家構成。
そのメリットである安定感を活かすためか、脚のような物は無く、バリアフリーな優しさも感じられるが、その分機動力は低いのであろう。
そのような甘い機動力では、求め続けていた暖かい笑顔に、届き得ないという事か。
「せっかくやけぇ、ウチが内装……中のもん……家具……んまぁとにかく……外が良ぉく見えるけぇ、この辺に柔らけぇ椅子置いてみるんも良さそうやなぁ。これでガッサク……一緒に作るっちゅう事やけぇ」
多少、日本語の表現選択に迷いつつも、最適と思われる言葉を選んでゆく。
ライが椅子と表現した物は、景色観賞用のソファと思われる。
この移動家屋は前面と側面に、内側からのみはっきりと外が見える、プライバシーガラスが進化したような物が使用されているため、それを活かす姿勢を見せる事で、その設計も肯定しているのであろう。
「ん……一緒に作る、ふぐっ……嬉しい……えぅ」
動かした口から飴玉が溢れてしまったものの、ライが素早く吸収するなり、再び生成してその口に差し入れる。
それに驚いてか、瞬きしているその間に、柔らかふんわりソファと共に、可愛らしいデフォルメ感満載の巻貝付きニャマコクッションが生成される。
「綺麗な見晴らし……エライもんやけぇ……良う頑張ったなぁ」
優しく腰を引かれると、二人でソファに腰を落とす。
「ん……ゔんっ……ありがと……ありがとね」
ふんわりと柔らかさに沈みながら、巻貝ニャマコを持たされて、そっと抱き寄せられると、声を詰まらせながら感謝の言葉を繰り返す。
「外が焼けちょるみてぇに綺麗やけぇ……今日はここで、一緒に寝ようなぁ」
「ゔん……一緒に、寝るぅ……」
不在のニャマコ成分は、巻貝ニャマコクッションが補ってくれるのであろう。
昨晩もたらされた健全な肉体の、健全な腕力で、巻貝ニャマコを絞り上げるように強く抱きしめる。
「ん……ニャマコ……すごい顔……ふふっ……」
「ふふっ……んだなぁ、すごぉいけぇなぁ……ふふふっ……」
グニャリと変形したそのデフォルメ顔は、なんとも笑いを誘う、極上のヘン顔であった。




