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2-6上 マングローブ林――シリコンメテオ

林というより森。

森というより緑の塊。


 朝、目覚めると、目の前がマングローブ林になっていた。


「なんでにゃ」


 ニャマコは意識レベルを下げていたものの、一応眺めてはいたため驚きは既に無いが、しかし疑問は募るようだ。


「なんでだろうね?」


「ウチは、神樹の意味は知っちょるけぇが、現物は初めて見るけぇなぁ」


 昨晩は雨も降っていたのか、しっとりとしたマングローブ林が広がっている。

 ニャマコベッドに包まれて眠っていたため、二人の眠りは妨げられなかったが、湿度は高く、周囲の地表もいくらか柔軟さを増し、小さな池のような水溜りがそこかしこに見られる。


「神樹は自らを土に合わせるモノにゃ。だから、間違ってはいないのかもしれんが……度が過ぎるにゃ」


 ここのところ、ニャマコは驚かされてばかりである。

 これもまた、黒くて薄い何かによる影響なのか。


「はい! おいしーおいしー、私の特製ワイン、ニャマコ神の血液カーファ二号! 今日もいっぱい作ったよ。どぞー!」


「嬉しいなぁ。ありがとなぁ」


 一見、おままごとに付き合う優しい姉と、少し頭の緩い妹といった雰囲気の二人には、マングローブ林もさして気にならないようだ。

 ちなみに二号というのは、ニャマコ汁のブレンド方法を、ライの体調の改善度合いを測りながら更新していった結果、という意味らしい。


「……いや、そうか……ワシの……いや、逆に……」


 下げていた意識レベルを戻してゆくニャマコが、何かの坩堝に嵌り込んだらしい。

 現状では解が出ないとなれば、際限なく増えてゆく仮説の中から、どれを採用するかは好みと気分次第であろう。


「なんか言ったー? ご飯食べたら、猫さん達連れて、出発だからねー?」


 塩漬けウナギをローブから取り出し、お手製の真っ黒な食器に盛り付ける。

 マングローブが多数根ざした事から、地表を解されて、柔らかさを取り戻した粘土沼。

 そのほとりで、飛び跳ねるウナギを鑑賞しながらの、テラスブレックファースト。


「日増しにイイ出汁出てるね、ニャマコ汁」


 食後のデザートは、さりげなく小さな穴を空けて絞り出した、ニャマコ汁であった。

 大抵の食材は、大きくなればなるほど大味になるものだが、日々原寸が膨張し続けるニャマコの中身は、むしろ味わいが増してゆくらしい。

 ライの方は、両腕で抱えるほど大きな巻貝の盃に、赤とロゼに輝きを増した血液。


「どうやら、この分なら道具はいらんにゃ」


 ドリルで掘り返して、柔らかさを取り戻し、極太ウナギを招致する必要性が無くなってしまったようだ。


「えー、ドリル拡めようよー」


 黒くて薄い宗教において、ドリルは一種のバイブル、といったところか。

 黒い、薄い、高速、回転、熱狂、拡まる。

 活力を感じるセンテンスではある。


「神樹の根が硬い地表を掘り返して、枝葉も伸ばして覆っておるのにゃ。空気中の湿度が保たれ、地中よりも動きやすく、水分も豊富、日光も遮られるなら、このままで十分ウナギには適した環境にゃ」


 おそらく、気候の変化は、地表部だけに留まらない。

 今後更に、間接的に広く影響する可能性が高いと思われる。


「面白いねー。マングローブ林」


「林というか、もう森だにゃ。これ全体で一本の神樹というのは……滅多に見ないタイプにゃ」


 一応、全を一とするタイプの前例はあるようだが、ニャマコが言葉に詰まるほどの異常事態ということか。


「これなら、ガッツリ爪研ぎされても大丈夫かも?」


「うむ。その懸念も含めて諸々反映された結果、という事かもしれんにゃ」


 神の樹を恐れさせる爪。

 神話に登場する武器には相応しいが、ただの爪研ぎでしかない。


「簡単にやられねぇように、自分で自分を護っちょるんやなぁ」


「うむ。それに、水量や土の硬さも増減しやすい、この土地の環境にもついてゆけるように、というのもあるだろうにゃ」


 環境に影響され、また環境に影響する。

 生命の在り様としては自然な事に思えるが、単体として考えたなら相当なものであろう。


「こんなら猫の子らも安心して住めるけぇ。黒姐の目的にも適うっちゅう事やなぁ」


 不安定に移住を繰り返すよりも、安定した定住であれば、新たな何かを模索する力も、理性を磨く文化の土壌も、手に入れやすくはなる。

 生き死にばかりに囚われる傾向がほど良く減るのなら、機能的な進化にも、より振れ幅の大きい多様性をもたらす可能性がある。


「安定した定住と言っても、運送がメインであればなんとも言えんがにゃ。まぁ、拠点が安定するのは良かろうにゃ」


 配送拠点、配送センターと言うと、微妙に即物的な感が溢れるが、精神的な安定感は高まるのであろう。


「おイモに影響するかとか、調べた方が良い?」


 気候が変わるなら、土に根差す植物が気になるのは当然か。


「元から存在する植物の養分を奪ったり、循環を破壊したりはせんから、問題無いはずにゃ」


 神樹は、周囲に優しい存在という事か。


「イモは、水溜まりになっちょるとこでも、しっかりしちょったけぇ。こんくらい水が増えても、問題ねぇでなぁ」


 このような場所に育つ植物は、やはり水量などに対する適応力が、ある程度は高いらしい。


「うむ。むしろ、このような形なら周辺生物も活発になるはずにゃ。だが、普通は周囲の変化が神樹の発育を促すのにゃ。このように、神樹が逆に促すのは珍しい事だにゃ」


 神樹は、周囲の変化に対するバロメーターであり、精神面以外において、なにかしら生物に寄与するのは、本来の機能を超えているという意味か。


「猫さん達も、今頃びっくりしてるかもね」


「いや……あやつらなら、これもきっと恩寵の一言で片付けてしまいそうにゃ。それに、あやつらが住処ごと包まれたいと願えばそうなるし、その逆もあるのにゃ。つまり、周囲の生物がこういった変化を求めていなければ、ここまで育ってはおらんはずにゃ」


 猫人とウナギとイモが溢れるマングローブの森、という事か。


「っていうか、なんか端っこの方、良く見たらフィーバーしてるね」


 熱狂を感じる鳴き声が届く。


「んだなぁ。エライ勢いで爪研ぎしちょるけぇ……溜まっちょったんやなぁ」


 長過ぎる曲がり爪は危険な上に、煩わしさも相当か。


「あの熱気が、ワシに向かわんと良いが……」


 薄っすらと、気だるさを漂わせて呟く。


 その静けさの中、三人に向かって砲弾のように飛んで来る猫人青年が見える。

 数秒後には、ニャマコベッドの後方に、浅く斜めに埋まっていた。

 泥跳ねを向けないように、気を遣ったようだ。


「不敬にお赦しを! しかし、この湧き上がる喜びに、興奮が抑えきれず! ゴホッ! 失礼!」


 テンションが振り切れてはしゃぎ過ぎたため、耳目汚しになったと考えて謝罪に来たという事か。


「ん……喜んでもらえて、良かったよ」


 なぜか、猫人青年はチラチラとニャマコベッドそのものに視線を向けるが、ニャマコが威嚇するように分かりやすい表情を見せると、慌てて目を逸らす。


「申し訳ありません……その……あまりの喜びに、未だ準備も整わず、もうしばらく……」


「ん……ゆっくりで大丈夫だから、この村がチンアナゴアタックされないように、準備はしっかりお願いします」


「ちんなごあた? あぁ、いや、ご心配無く……守り役を持たない我らですが、爪が有ります。しかし、交易……物を運び、流して周る人員は、小さな者を多く含むかもしれません」


 小さな者という意訳変換は、子供に限らず体格が小さい者、という意味か。


「えっと……今回は私達も居るし、小さい子がいっぱい来ても大丈夫だよ。っていうか、むしろ大歓迎?」


「んだなぁ。でけぇ人らが多過ぎるんは、皆も怖がるけぇ」


「これまでの驕りは、承知の上です。故に、先の不敬な戯れにも紛れず、自若として勤めていた者に限っております」


 ニャマコボールの遊戯欲求に、耐えきった者達が居るようだ。


「それは喜ばしいにゃ」


「併せて、『壺を運ぶ箱』を、『沼の四つ足』に引かせる事になりました」


 どうやら、『沼の四つ足』という、牽引用の使役動物がいるらしい。

 鼠人の労働力を補うアテにもなり得るのであれば、朗報であろうか。


「懐かしいなぁ。あっちには、もうおらんけぇ。余っちょったら、つがいで貰えんかなぁ」


「元より、壺も、箱も、沼の四つ足も、全て贈るつもりです」


「ありがとなぁ」


 その後準備を待つ間、ニャマコは神樹に追加リソースを少しずつ撒き与えて、ライはいくらかウナギを吸収狩りで集めて、発育状態や肉質などに異常が見られない事を確認し、また、猫人達の近況や付近の情報収集も行なったようだ。


 その間、手持ち無沙汰であった黒い神は、シリコン猫じゃらしとシリコンニャマコ人形を、大量生産して合体させた後、野生の輝きを目に灯した猫人達に向かって、力一杯投げつけて遊んでいた。


「いくよー! ん……えっと……陽には陰を! 正には負を! 全ては回り! 全ては巡る! 土はニャマコに! ニャマコは星に! 発動……究極ナマコ魔法! シリコンメテオー!」


 神聖なる神樹の林に、大量のシリコン樹脂製オモチャが降り注ぐ。

 猫人達は、華麗にボレーアンドスマッシュをキメてゆく。

 気難しい顔に模った、中身が空っぽのシリコンニャマコが、水に浮かんで漂っていた。


 プレゼントであろうか。

 とりあえず、お片付けするつもりは無さそうに見える。

 ゴミであろうか。

 いや、神の恩寵か。

 これが、黒くて薄い宗教の、正式な布教活動なのであろう。


 ちなみに、黒い魔導師がシリコン樹脂に目覚めたのは、ライの人工血液を生成していた時である。


 素材の鉄を集めたり、鉄への変質を試みたりする中で、なぜか無駄に増えたのがケイ素系のゴミ。

 このゴミ、素の『感触』では炭素を感じたものの、電気陰性度を感じ取ると、何か鉄のようにも感じたらしく、そこに懐かしさのようなモノを覚えて、気分転換と言いながら結合遊びを始めていた。

 その最中、高分子アクチュエータを作る感覚でやり出したところ、柔らかいシリコン樹脂ができあがったのである。


 それからは、能力練習という名目でシリコン遊びにかまけて、ニャマコに白い目で見られながら、生成練度を高め続けている。


「もう準備できちょるみてぇやけぇが、向かわんね?」


 猫人達と遊び過ぎた黒い神は、どうやら軽く腕をつったらしく、だらりと下げた右腕を押さえながら、トボトボと集合広場に向かう。

 シリコンボールを多数、長距離投擲する程度には回復。

 彼女が返答前に『ん……』とつけるのは、積極的な思考の現れ。

 『あー』と口を半開きにするのは、疲労と投げやり的思考の現れ。

 最近、『ん……』の頻度が高まってきている。

 これは、望ましい兆候。

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