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2-5下 光る石――爪研ぎ

シャッシャッ。


「これ、スクリーン? カッコいいね、平面じゃないんだ。しかも、浮いてるし……」


「後で、教えてやるにゃ」


 道中で、文字やジェスチャーの映像を照合するために使った、映写機能であろう。

 ちなみにその際、ライの側は貝殻スクリーンで、映像というよりも『動く3D絵本』であった。


 今回は演出のため、平面スクリーンではなく、神秘的な浮遊球体を使うようだ。


 残念ながら、画像の精度は荒いが、ミニニャマコから送られた圧縮静止画のため仕方無い。


「おぉ、神よ……」


 黒い神に対して、感動と驚愕の目を向ける猫人達。


「いや、ワシがやったのにゃ」


 淡々と、事実を述べる。


「うん。ニャマコが神様で良いと思う」


 成り立ての管理者であるため仕方無いが、現状ではおそらく、ニャマコもライも、ほとんどの分野で黒い神を凌駕していると思われる。


「良いから、映像を見るのにゃ」


 猫人達の視線が、震える神秘の玉へ戻ったかと思えば、また瞳孔が開き始めてニャマコを意識し始める。

 しかし、辟易とした声で促されると、大人しく視線を戻した。


「ここに見えちょるんは、鼠の子らんとこにある穴ん中やけぇが、こん柱の色が変わっちょるとこを見て欲しいけぇ」


「……金?」


 画質は荒いが、黒いスクリーンには彩度が強く出るのであろう、床面や砂時計状の柱の一部が、淡い金色に見える。

 正確には金色だけでなく、点々と様々な色も見られるが、最も目立っているのは金色である。


「いんやぁ、ちぃと違うけぇが……見た目が金と似ちょる珍しいもんやなぁ。こいつぁ黒姐さんがつく――」


「あ! 内緒で! その辺は、秘密でよろしくね」


 笑顔で悪戯をごまかす子供のような表情で、やや早口に遮る。


「精度は悪いが、規模の成長が凄まじいのにゃ。この画像はまだ表層辺りだが、今確認したら、センサーが届かないほど深くまで広がっておるのにゃ」


 話からすると、やはり黒い神の仕業であったようだ。

 ニャマコが呆れたような声で感心するところから、その規模は尋常では無いようだ。


「なるべく、早めにワイン作ってあげたくて……あんまり、鉄とか無くって……つい、カッとなって……後悔はシテイナイ」


 この星において、金ではないが貴重な物ということは、黄鉄鉱などではあるまい。

 何であるかは不明だが、気軽に紹介する事から、猫人達にとって毒になる物でもないようだが、利用価値は高いようだ。


「この言葉は、神の言葉でしょうか? 何かまた、我らが不敬を?」


 黒い神の失態を隠すためか、一時的に意訳変換を切って、日本語で話していたようだ。


「いんやぁ、なんでもないけぇ。こん光る石を、かまくら焼きするとなぁ、エライ軽くて、エライ硬くて、エライ綺麗に光るけぇ」


 どうやら、この辺りでも加工できる素材のようだ。


「また、キラキラだね……マッチョの群れ、思い出しちゃう」


 『綺麗に光る』というフレーズに、反応を見せる。


「木の生えちょる方におる、『耳無し』の子らが欲しがるけぇ、『交易』に使ってみてくれねぇかなぁ?」


 どうやら、猫人達が『耳無し』と呼んでいたのは、例のスノーボール集落のマッチョ達の事らしい。

 輝きへの信仰が、スノードームを神宝にまで昇華させただけでなく、元々石槍のような道具を作っていたため、軽くて硬い光り物も需要があるらしい。


「……我らが耳無しに、石を運ぶ?」


 猫人達には、光る宝石も軽くて硬い素材も、所詮は石でしかないのかもしれない。

 それを、交流のあまり無い『耳無し』の集落へ運ぶ意味は、とっさには出て来ないのであろう。


「んだなぁ。あっちは四つ足ケモノが多いけぇ、光る石はケモノ肉と交換やなぁ。塩虫と油は、ケモノ肉でも交換できるけぇ。沼と森を繋ぐ『交易』っちゅう事やなぁ」


 『四つ足獣』ほど体力が無くても、『藻を食うヘビ』ほど速く無くても、沼と森を渡るだけなら支障無い。

 発展と進化の要因になり得るかは分からないが、期待と可能性を高める意味はある。


「猫の運送屋さんだね」


 狩猟本能が少々アグレッシブな運送屋だが、その力を持て余すよりはマシであろう。


「どう世界が変わるにしても、運送役の需要は、そう簡単に失われないはずにゃ」


「……まだ、今一つ想像がつきませんが、出来る限りは努めましょう」


「良かった。それじゃ、一晩ここの近くに泊まるから、脚が元気な人集めて鼠村に行きましょう。お願いしますね」


 親交を深める重要な行事として、ニャマコボール遊びに日暮れまで費やしてしまったため、そろそろ星明かりの夜が訪れる。

 いや、この星には、空高くに発光する観測機が点在しているため、正確には観測機明かりの夜か。


「はい。しかし、物を運ぶ以外に、何かできる事は無いでしょうか? その……神に与えられるばかりでは、どうにも情けなくて……」


 交渉自体は済んだというのに、その低姿勢は緩まない。


「……うむ。樹を植えてもいいかにゃ?」


「爪研ぎ……ですか?」


「……まぁ、うむ。爪を研ぐくらい構わんがにゃ。放っておいても勝手に育つから、世話もいらんのにゃ」


 どうやら、鼠人達の土地には

ストゥーパ群やモンスターダンジョンといった、影響力の大きそうな神の痕跡が既に存在するため、神樹はこの地に根付かせるようだ。


「爪研ぎが得られるなら、我らの利になります。どうぞ、神意のままに」


「ふむ……まさか、樹の認識が爪研ぎとはにゃ。意訳変換が失敗したのかと思ったにゃ」


 樹のようなある程度硬い植物は、爪研ぎでしかないのであろう。

 狩りの対象が減っており、爪が伸びきってしまったらしい猫人達は、自らの手を見つめながら、薄っすらと笑みを浮かべる。


「猫にとって、爪研ぎは重要なんだよ……それじゃ、たぶん朝方にはその辺に生えてると思うから、とりあえず、今日はお開きにしましょうー」


 細かい事は、共に交易しながら伝えれば良かろうと、集落の外縁部へ向かう。

 よもや、猫の爪研ぎで神樹が枯れるなどという事はあるまいな、と薄っすら不安を滲ませながら、種を集落の外れに落とし、リソースを注ぐニャマコ。

 その種が芽を出す様子を眺めつつ、いつからか毎日の習慣になっていた、睡眠前の能力講座が行われる。


「今日の講座は、球体スクリーンかな?」


「それはオマケだにゃ。メインは、生物に対する能力応用技術だにゃ。何種類か生物の模型を作りながら、解説してやるにゃ」


「生物……めっちゃ気になるかも。詳しくお願いします。特に神経とか」


「うむ。お主が、道中チラチラと考えておったからにゃ」


「なんや、なんか気になる事でもあるんね?」


「んー……ちょっとね」


「んだば、ウチもここいらの生きもんの中身、教えちゃるけぇ」


「うん。ありがとう」


 これまでに無い真摯な姿勢で教えを受けながら、ニャマコが生成した詳細な生物模型を用いて、能力練習も行う。


 その後は、ニャマコベッドで白黒共に、仲良く休むことに。


 ちなみに、猫人達は夜行性というわけではないようだ。

 もしかしたら、夜間活動がメインの者もいるかもしれないが、チンアナゴ警戒役くらいではなかろうか。


「今日は、白姐さんのおかげで助かったよ。ワイン作ってあるから、ゆっくり休んでね」


 道中に受け取っていた巻貝水筒のようなものに、人工血液ワインを入れてあるようだ。


「ありがとなぁ」


「ワシには、労いは無いのかにゃ?」


「もちろんあるよ……はい! 丹精込めて作った、柔らかシリコン猫じゃらし!」


 なぜか、懐から空へと腕を勢いよく伸ばして、どう見ても猫人サイズな猫じゃらしを生み出す。

 タラリと穂を垂れる枯れ草色には、自然な柔らかさが再現されている。


「いや、ソレモウ、ただの嫌がらせにゃ。軽いイジメというヤツだにゃ」


 ニャマコベッドの頭の後ろに、サクッと差し込まれる猫じゃらし。

 これを付けて、走り回れと言うのであろうか。


「じゃ、おやすみぃ」


「久しぶりに休眠や無しに、普通に寝るけぇなぁ。新鮮やなぁ」


 道中の夜間は、ひたすらスクリーンを介した情報交換を行っていたため、睡眠は必要無さそうではあるが、黒い神に合わせて眠る事にしたようだ。


 黒い神が、仰向けに大の字になる。

 白い方は、その隣で脚を揃えて、腿に手を乗せて静かに身を倒す。

 二人の頭の裏に、枕代わりか少し膨らみができて、足下から少しずつニャマコボディに包まれてゆく。

 

「ワシは、神樹を見守るとするかにゃ……ここは少し、微妙な環境にゃ」


 リソースをいくらか与えられた種は、既に若木と思われる段階になっているが、四方に幹ごと別れたような、少し変わった形状をしているのが見て取れた。

 ニャマコは、この植物には過酷な環境や猫人の鋭い爪に、不安な思いを抱いていたようだが、神樹であれば問題無かろうと、意識レベルを少し落としながら、早送りのようなその成長を眺めていた。

 猫人の爪研ぎは、通常ウナギ型生物の革を乾燥させた物や陸貝の殻、堅焼き粘土で行われる。

 中でもウナギ型生物の革は、『仕上げ』にまで使われる特別な物。

 殻や粘土のみでは爪が荒れ過ぎるため、不足する場合は爪研ぎ自体控えざるを得ない。

 しかし、耳無しと呼ばれる者達が住む地域に生える樹木は、上質な『仕上げ』まで可能な高級爪研ぎとなるため、重宝される。

 その木材は簡単には手に入らないだけでなく、研ぎ心地も最上級らしい。

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