2-0下 純白のローブ――ユニコーンペガサス
表現の微修正……2019/01/16
「んだば、ウチもその『郷に入れば郷に従え』っちゅうヤツで、黒姐さんを真似てみるけぇ」
既に、粘土纏いの二足歩行に変わっていたライだが、一時的にカタツムリ状態を経て殻に潜り込む。
しばし後に、純白のローブに濃淡疎らなライトブルーの巻き帯、薄い鼠色の鞘を刺した、黒い神とお揃い姿で現れる。
これまでは、粘土塗れの白磁人形のような印象であったが、粘土を落として服を纏う事で、緩く瞑った目と薄く微笑む口元が、神々しさを醸し出す。
「うむ。素材もセンスも、白いのの圧勝だにゃ」
「ん……私なんかより、白姐さんが女神様した方がイイのかも」
「ウチは外のもんやけぇ。目では見ちょらんけぇが、世界が黒で覆われちょるんを知っちょるけぇ、黒姐さんが正解や思うなぁ」
ついでに、殻であったと思われる部分も、服装に合わせたのか、腰から細長く垂らしていた。
全体的な印象は、純潔の一角獣ユニコーンを想起させる。
実際は、頭部と腰で合計三本のトライコーンだが。
その独特の語り口も、こうした姿で改めて聞くと、ただでさえ滲み出す『キナリ』という意味での純粋さを、さらに強く感じさせられる。
実際のところライの口調は、長く旅を続けるうちに、手早く多くの言語を習得し過ぎた事による弊害だとか。
文法が似ていてもそれぞれに異なる、細々とした部分――接続詞など単語以外の部分の扱いが、面倒になってしまったらしい。
もっとも、曖昧な『けぇ』や『なぁ』で適当に纏められたり、音の流れがスムーズになるよう省略が多用されるのは、『上司』の音声変換プロセスによるものであろうが。
「んだば、そろそろ向かうけぇが……黒姐さんらは管理者やけぇ、消えて飛ぶんかなぁ?」
どうやら、ライは他の管理者も知っているようだが、『消えて飛ぶ』というのは、『世界の外』に出てから、また入り直す事を言っているのであろうか。
バーチャル街道を介した転移なら、黒い神もできそうだが。
「んー、他の管理者さんは知らないけど……私、飛ぶのとか分かんないから、せっかくのお揃いだし、乗り物も揃えよっか」
純潔のユニコーンと、黒くて薄いタオル。
服装はお揃いだというのに、なぜか纏う神聖さには、大きな隔たりを感じる。
新たなライの着姿に魅せられて、乗り物もお揃いにして差異を埋めたいわけではなかろうが、例のモンスター造成技術を用いて何かを作るようだ。
「ふむ……大きめのマイコンセットと、多めのリソースを、二体分ほど出せばいいのかにゃ?」
接続された意識から、具体的イメージを得たのか、大体の分量を心得た様子で確認する。
「ん、ファンタジー色、出していこう」
ここにおいてもやはりファンタジーは外せないようで、心踊る幻想というロマンを得た技術者は、若干まだ寝ぼけた思考を切り替え、ノリを高めてゆく。
おそらく、例のドリルモンスター構想も、まだ生きているのであろう。
おもむろに、収納ローブから取り出したのは、サンプル用と思われる黒い人工筋肉。
それを片手に、ニャマコの用意したリソース容器の横で、様々な形状のパーツをまとめて生成。
そのパーツを、層を重ねるように組み合わせてゆくと、直径数メートルの大きな球体が出来上がる。
それを、断面の凹凸が激しい二つの半球状に分解して、それらを見比べながら、片方の表面に灰色粘土を結合。
要所にミニニャマコを配して、可動部位を整形しながら、関節の細部を調整。
最後に、外装の整形では、細かな分解結合による表面加工も行う。
これにより、柔らかく美しい毛並みや、艶のある羽毛感を出してゆく。
これで、乗り物としては完成しているらしいが、やはりと言うべきか、余っていたパーツを使って、細長い巻貝ドリルらしきモノを形成し始める。
その製造工程と思考を見るに、現在できる最大限緻密な能力使用により、極力耐久性とトルクを高めるだけでなく、数万年は連続稼働が可能なリソースを込めているようだ。
「できたよー! これが私のファンタジー。ブラックユニコーンペガサスとアッシュユニコーンペガサス! 飛べないけど……キニシナイ!」
離陸できる程度の揚力を生むのは容易らしいが、ニャマコの積極的フォロー無しではコントロールが難しいようだ。
機能面でのハードウェア技術に不安が多い、黒い神の作である。
継続した揚力の安定維持や、完璧な安全性が確保できない以上、羽根を付ける機能的な意味はあまり無いが、ファンタジーデザインは可能な限り追求してゆく姿勢、という事らしい。
「……驚いたけぇ。前に見た眷属のはコレやったんやなぁ。まるで、生きちょるみてぇやけぇ」
体液を持つ様々な生物を捕食対象とするライ種を騙すほどの、造型的な意味でのイキイキとした躍動感。
「相変わらず、無駄に高い造型力と、シンプルなロジックだけは大したモノだにゃ」
要するに、『ファンタジー系オモチャの製造センス』が優れている、という事か。
「えっと、確か仕事の目標とか言ってた、無限エネルギーの体現って事で……ニャマコ汁が漏れなければ、たぶんずっと現役! 超低燃費なユニコーンペガサス! 略して、ユニサス!」
『ユニサス』という名称は、事実、ユニコーンないしペガサスのポートマントーだが、錬金術分野ではアリコーンとも呼ばれたらしい。
「そこまでおかしなモノではないが……なぜかにゃ? 黒いのが語ると、バカっぽさを感じるのにゃ」
至って普通の乗り物であるはずだが、この黒い神から滲み出るオーラが、何か色々と台無しにしてしまうのかもしれない。
「……速度はなんと! 全てをかなぐり捨てる! えっと……なんと驚きの……あー、なんかめっちゃ速い感じ!」
おそらく、地下水脈ダンジョンのモンスター製造で積み上げたカプセル化されたロジックを、その完成度に任せて、単純に組み合わせる事で仕上げたのであろう。
そのため、肝心の運用テストは省かれており、具体的な性能度合いはアバウトなようだが、とにかく速いらしい。
「それに乗るお主も、かなぐり捨てられそうだにゃ」
運動性能が、老婆の域をなかなか抜け出せない黒い神に、このモンスターマシンは扱いこなせるのであろうか。
「私には収納ローブがあるし、ニャマコもいるから大丈夫だよ」
完全な他力本願であった。
ニャマコに対する信頼と言えば聞こえが良いが、実際はただ全力で依存しているだけかと思われる。
「あんな経験は、もう嫌だにゃ」
巨大植物の森の、高速摩擦アミューズメント装置に、ネコミミと心の芯を削り取られたニャマコは、シンプルに拒絶する。
「今度は白姐さんもいるから、無理はしないよ。それに、操縦制御は完全にニャマコ直通だし」
自ら自由に扱いたいという意欲も、自力で操縦技術を身につける意思も、どちらも感じられない発言に、逡巡は一切見られない。
「ワシがトレースしても不具合が見当たらないというのは、むしろ探りきれない何かがあるとしか思えんがにゃ……」
「ホントに大丈夫だよ! 既存の組み合わせだけだから……ん? おー! 上手だねー! 白姐さんには余裕だったかも? イイ感じだねー!」
微妙に不安を拭えないニャマコの後方を、超低燃費と言うわりにはやけに重さを感じる、まるで道路工事用のダンピングランマーのような音が駆け抜けてゆく。
「んだなぁ! ちぃと重いけぇが、十分速いけぇ!」
いつのまにか、既に騎乗していたライは、ニャマコの演算力に依存した高難度な操縦インタフェースの制御を、あっさりとモノにしたようだ。
「んだば、これん乗ってあっちの方に……んだなぁ、丸半日もあれば着くかもなぁ」
自分の転がり移動の速度を基準にしたのか、おおよその到着時間を割り出すライ。
その乗機が気に入ったのか、背の部分を優しく撫でながら、向かうべき方角を示す。
旅立ちに相応しい、実に晴れやかな雰囲気だが、その遠く後方には、不安そうな面持ちで佇む鼠幼女が見える。
「速い……怖い……」
離れた場所で静かに眺めていたものの、重く響く豪快な音と、力強く勢いのある加速力に恐怖を感じてしまったのか、僅かにその身を震わせる。
「私も乗るー! 尻尾で鞍作るから、待っててー!」
いつものヨタヨタ登りは収納ローブでは無理なため、尻尾を硬めに結合しつつ、胴体部分に巻き付け、昇降機兼鞍代りにする。
ニャマコも、淡々と頭部を包み込む。
「よし。ニャマコ! 行こう!」
テンションの高まった黒い神の掛け声は、一拍の冷めた無視を受けつつも、無言で受容された。
乗機の全てのマイコンに、ニャマコを介したイニシャライズが走る。
「ふむ……振り落としてやろうかにゃ……」
ぼそりと悪戯心を覗かせる、いや、ただの本心を覗かせる呟きと共に、全力の踏み出しで急発進。
「ふがっ……つぅー! 首に、キター!」
ニャマコの保護は、中途半端に抑えられていたようだ。
駆け出した『ユニサス』は、更に加速しながら翼を広げ、ニャマコの高度な操縦演算により、構造の非合理をものともせず、揚力を受けながらの大跳躍。
絶妙なバランスで離着陸を繰り返す様は、飛んでいるとは言い難いが、一応サマにはなっている。
過剰な風圧を逃してくれる収納ローブは、着用者の負担にならない程度になびきはためく。
ライの貝殻白ローブは、柔らかそうな見た目に反して、重く緩やかになびく。
「貝の神様、飛んだ……ライ、空の上から来たって、ほんとだった?」
「んだなぁ。まぁ、そうやなぁ……空の上はなぁ、真っ黒やけぇ。そっから見るとなぁ、ここはエライ綺麗なまん丸でなぁ……あそこで一番光っちょるまん丸の周りを――」
空の上から見た景色について、優しく暖かい声色で語る、目も触手も無い真っ白カタツムリ――ライの分体を両腕に抱えて、ぼんやりとその旅立ちを眺める鼠幼女の思考伝達は、実に鮮やかな純色であった。
――ライ――
見るヒトの美的感性を模して、自らの姿を変える、ヒトを愛するほぼ不滅な存在。
吸血の際に、僅かに魅了。
自らの身を鼠人に食べさせようとしていたが、そのまま成分を変えずに食べさせたなら、少なくとも消化不良。
全身で記憶や思考を分散処理する。
活力が低下すると思考力も低下し、記憶も一部失われるが下限がある。
――ライ種一般――
ヒトを模し、ヒトを愛する事以外は、ライに同じ。
管理者に多少似通った能力を持つが、汎用性は低い。
生物の分析や、構成成分の微調整には優れる。
肝心の活動力の源を、自ら生成できないという不具合のような特徴を持つ。
本能的に吸血による活動力源の取り込みを好むが、中には化学的な手法などにより、自ら補う者も居る可能性はある。
活動力は、休眠と呼ばれる一部機能を制限した状態になる事で、緩やかに回復する事もできる。
不滅と言われるのは、中枢の機能を完全に破壊されたライ種は確認されていないため。
管理者能力で破壊を試みた記録はあるが、回復不可能な完全破壊と呼べる状態に至った記録は無い。
意識レベルが下限に達しても、状況に合わせた手段で回復する。
基本的に、群れを形成し、群れから離れる事は無い。
延々と世界を渡り、新たな群れを生み落としてゆく個体も存在する。
世界の枠を超えて、ヒト種など、吸血対象として適した生物種を研究する。
管理者の業務と似通った研究活動も多い。
管理者との間に摩擦が起きる事を懸念して、なるべく距離を置く傾向がある。
分体と別個体の区別は曖昧。
基本的には、常に思考と記憶を共有していれば分体とみなされる。
同種の別個体と、何の繋がりも持たないライ種は確認されていない。
同種の別個体に対して、他者でありながら、自分の体の一部でもあるような感覚を持つらしいが、あくまで彼らの感覚のため、それがどのような作用によるものかは不明。
別個体を遠ざける事はあっても、害するような者は確認されていない。




