2-1上 チンアナゴ――薄い感触
色々と軽薄短小。
鼠人の土地で安定栽培が見込める、サトイモのような植物の種芋を得るため、ライの示した方角に『ユニサス』を駆りつつ、たまに休みを入れる。
始めは元気の良かった黒い神も、防護が完全では無かったのか、休み中はグッタリとした様子でニャマコ達を眺めていた。
流れる景色には奇妙な物が多かったが、もはやその思考は、乗り物の改善策で満たされ続けている。
その休憩中、多少不完全だが意訳変換のアップデートを行ったようだ。
『多言語間照合』と呼ばれたその作業は、多数の言語で同時に高速な連想ゲームを行うという、意外とアナログな手法であった。
黒い神にとって、それは実に興味深いやり取りであったが、そのやり取りの音声は、大変騒々しい音の荒波とでも言うべきものであった。
あまりにも高速、かつ重ね過ぎているのか、それが声であると判別すらできないような雑音が、延々と続いたのである。
そんな次元の異なるような体験を得ながらも、走り続けること半日弱。
陽光に照らされた大地は、多少ざらついた角質感のようなものは感じられたが、鼠人達の地域と比べたなら別物に見えるほど潤いを保っていた。
目的地を目前に控えた、その残り僅かな道行きの途上で、この地域に詳しいライをしても想定外な、ちょっとしたアクシデントに見舞われる。
「チンアナゴさいつよ」
心身の疲労もあるのか、それ以外の感想は出てこなかったようだ。
「踏ん張りが利かんくなってきちょるけぇ。ちゅうか、こんなに湧いちょるとは思わんかったけぇ……」
翼を畳んだ『ユニサス』が二機、並足よりはやや小走りで、その大きな重量のわりには軽快に、沈み込まない程度の足取りで進む。
多数の紐状の生物が、浅い沼地から直立不動のまま、向日葵が日を追うように頭部だけを傾けて、凝視に近い視線で見つめている。
「あの細っこいヤツは肉食やけぇなぁ……沼に埋まって止まっちょる獲物に喰らいつきよるけぇ……」
ライが話しながら腕を向けた方向、やや離れた場所の地表に、虫か何かが居たようで――なんらかの疑似餌的なトラップかもしれないが――空から降りてくる飛行生物の羽ばたきが聞こえる。
その直後、紐状生物の群れが地中から伸び上がり、その羽や胴に一斉に食らいついた。
何匹か振るい飛ばされながらも、次第にその動きは激しさを鎮め、沼の下に消えて行った。
ヒト種や小型の動物にとっては十分に危険な、この一行にとってはただ鬱陶しい程度の、この辺りを縄張りとする肉食生物のようだ。
「んだけぇが、毒はねぇし、珍しい味が好きなもんはたまに食ったりしちょるけぇが……食える肉が少ねぇでなぁ。群れちょると、並のもんにはしんどいけぇ、あんまり足を止めねぇようになぁ」
目にするなり逃げ隠れるウナギ型に比べ、この辺りに入ると随分アグレッシブな者が生息するようである。
その数、見える範囲だけでも数十匹は超えるであろう。
沼に潜っている者、周囲から集まりつつある者も考慮に入れたなら、ただの細い肉食チンアナゴも脅威を感じさせる。
「なんだろ……ウナギの時は小魚くらいで気にならなかったけど……」
「うむ。ウナギ以上に神経の働きが薄いから、お主の感触には捉え難いだろうにゃ」
「んー……まとめて分解しちゃおうかなぁ。でも、珍味なのかぁ……捕まえてネズミっ子達に食べさせてあげたいかも」
分解の場合は、やり過ぎたなら粉末粒子にまでなってしまいかねない。
結合の場合も食用に適さない状態に、やり過ぎたなら石のような塊になってしまい、これまた戻すに難しい。
これらの能力は、世界の法則の根幹に触れる技であるだけに、大きな変化をもたらす事が容易な代わりに、個々の違いに合わせた微細なコントロールは相応の難易度となる。
「ウチも大概やけぇが、黒姐さんもちぃと優し過ぎやなぁ……」
いかに狭い管理区域の成り立て管理者とはいえ、その本分は管理対象の研究に過ぎない。
実際は、積極的に触れ合いを楽しむ管理者も多数居るらしいが、職分とのギャップは大きい。
管理対象のごく一部に対して、気軽な思いつきでオヤツの差し入れでもするかのように――事実『おみやげのオヤツ』だが――あっさりと距離感を詰めようとするのは、心配になるのであろう。
とはいえ、このような立場不相応な気質が気に入ったからこそ、僅かな迷いも見せずに、なんの条件も示さずに同行を申し出たのかもしれない。
といっても、思慮の浅さと精神的未成熟への心配から、その慈愛の精神が高ぶってしまった部分が主なのであろうが。
ライもまた、捕食対象のヒト種と触れ合い、ヒトらしい慈愛に満ちた気質まで持つという、似通ったギャップを抱えている。
「でも……せっかくだし……」
「こんだけ群れちょったらなぁ……」
珍しく、悩ましげな表情を見せる。
その表情は、群れ集う無機質な視線に嫌悪感を覚えているようにも見える。
ヒトの感じ方を、模しているのであろうか。
それとも、単に本心を示しているだけなのか。
「黒いのは優しさというより、珍しい土産を話のネタにしたいだけにゃ」
淡々と呟くものの、特に止める気配は無い。
対生物の能力練習にはなるのかもしれないが。
この世界の陸魚というカテゴリーは、魚よりミミズに近い。
静水力学的骨格のような構造も持ち、体が大きく傷つくと自切して、再生したりする。
但し、お話には一切関係無い。




