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2-0上 壺漬け――郷に入れば

文体微修正……2019/01/16

 新たな神を祀る神事は、家屋をかまどにした斬新かつワイルドなウナギ丸焼きを終えてからは、シンプルなものであった。


 丸焼きドームを中心に囲み会食した後、焼き固まったドームから生えている壺の中から、皸の少ない素焼き状態のものを選定。

 周囲を崩して抜き出したそれに、何かの油を塗り、塩虫という調味料に漬け込む形でウナギを入れ、荒さの残る箇所を多少整え捧げることで、儀の締めとなった。


 素焼きの壺に入れる食べ物に決まりは無いようであったが、油塗りの工程は重要なようで、丁寧に満遍なく壺の内や外に塗り込まれていた。

 黒い神いわく『イイ感じでセレブな香り』らしい油塗りの壺は多孔質で、アロマテラピーにも使えるようだ。

 ローブに飲み込まれるように収納される壺を見て、鼠人達が畏れ慄き、『感触』により黒い神も軽い恐慌状態に陥るというハプニングはあったものの、信仰行事そのものは滞りなく完遂されたと言って良いようだ。


 その後は、以前のようなお天気雨に見舞われるような事もなく、渇いた大地にニャマコベッドで就寝。

 ライは、友人宅で荷物整理などを行なっていたため、夜は静かなものであった。


 この集落に来てからは一貫して、感謝や敬いが強く感じられたが、ここに至っても、ニャマコの進化力測定――激太りは、制御に問題無いレベルに収まっていた。

 既に、神樹の種も排出されていたが、まずは鼠人達の食料事情をさらに改善し、安定させるつもりらしい。

 僅かに草が生える程度の粘土大地でも、地表をドリルで深めに耕す事で安定栽培が見込めるという、サトイモ似の植物を探しに向かう事になった。


 一夜が明けて、ライの友人幼女が、抱っこサイズのカタツムリ――ライの分体を抱いて、ベッドの脇に静かに佇んでいる。

 どうやら、一行の見送りに来たようだ。

 その視線の先では旅立ち前の準備として、ニャマコとライの情報交換が行われていた。


「――つまり、####原子秒で9乗弱はこの星をうろついておったのにゃ?」


「たまに休眠しちょったから曖昧やけぇが、たぶんその辺であっちょるけぇ」


「……ん……ちょー明るい……」


 おまる型ベッドの縁に寄りかかるように意識を落としていた黒い神が、ぼんやりと目覚めて朝日を拝んでいると、外側からニャマコとライの淡々とした会話が聞こえてきたため、挨拶ついでに参加する。


「おはよー。それって長いの?」


 原子の持つ何かを用いた時間表現のようだが、名称は意訳変換を素通りしていた。

 ライ種の言葉であろう。独特の電磁波のような物が観測されていた。


「地球時間で10年から20年……まぁ、はっきりせんが……白いのは、この星に来てから旅をしておったのにゃ。要は、言語などの伝達手段に加えて、ある程度の地域特性なんかも知っておる、という事だにゃ」


 随分と振れ幅が大きいが、ライがこの星に滞在していたおおよその期間が判明したらしい。

 旅の経路なども不明だが、少なくとも成り立ての管理者よりは、この星について詳しいと言えよう。


「つまり白姐さんは、観光ガイドさんにもなれるって事?」


 観光というモノが、文字通りの意味で許容される人里など、今のところ期待できそうに無い雰囲気ではある。

 とはいえ、同じ永命種であり、ヒト種を模し、ヒトへの慈愛を見せるライが、旅の先人としても共に居てくれるというのは心強いであろう。


「うむ。と言っても、これから道すがら多言語間照合するから、通訳は不要になるはずにゃ。白いのが知らん言語も、似通った部分から類推できる範囲なら、なんとかなるはずにゃ」


 『多言語間照合』というのは、黒い神の話す日本語や、ライとの会話で用いている管理者共通言語を含めた、両者間の持つ言語知識を相互に交換し合い、意訳変換の辞書に規則性や単語の登録を行うのであろう。


「お手軽な感じで言ってるけど、ちょっとパナイ気がする……」


 おそらく、日常会話を超えられないのであろうが、即席マルチリンガルぶりが高機能過ぎて、若干の驚きを与えたようだ。


「お主の方がよほど『パナ』いのにゃ」


 黒い神は、違う意味で『パナイ』のかもしれない。


「私はただのお婆ちゃんだよ。日本語と英語くらいしか分からないし」


「……意志の伝達手段を知るのは、ワシの仕事にも直結するのにゃ。これくらいの機能は当然だにゃ」


 黒い神の把握は厳しくとも、生物の意志をある程度把握するのは、管理者のサポート役という職分に含まれるという事か。

 自動的なモチベーション測定だけでなく、生物の細かな意思も把握する。

 より望ましい測定結果に至る道筋を考え、いくらか助言する立場である以上、確かに当然の機能かもしれない。


「ニャマコの仕事って……水モノ系のマスコットだよね?」


「不運にもお主と組まされ、人生の水モノぶりに悩まされておるかもにゃ」


 黒い神へのツッコミに慣れてきたのか、勢いで必要以上に思考速度を速めてしまったのか、妙に早い返し。

 人生を賭けの勝負に例えるなら、レア過ぎるカードを引いて扱いに苦慮させられているという事か。


「引きがイイよね。で、なんの話だっけ?」


「……現地の者と、話しやすくなるという話だにゃ。それに、白いのがおれば、ある程度は文化やコミュニティルールに、事前理解が持てるのにゃ」


 うっかり、現地住民の集落に屋根裏から侵入したり、気づいたら広大な地下空間に落ちていたりと、これまでを考えると『事前』という部分は、望めない可能性も大いにあるが。


「うん。だけど、単純に一緒に居てくれるっていうのが一番嬉しいよ。ニャマコとか……いえ、なんでもないです」


 かつての孤独をすっかり忘れてしまったのか、勢いでさりげなく愚痴を言いかける。


「なんにゃ? なんかワシに文句でもあるのかにゃ?」


 考えている事は同期により伝わっているが、あえてきちんとツッコミを返す。


「ウチも管理者と旅するんは初めてやけぇ、楽しみやなぁ……美味ぇもんも、飲ましてくれるけぇ」


 管理者用の言語を知っている事から、他の管理者か、その関係者などに会った事もあるようだが、その出会いがどのようなものであったのかは分からない。

 黒い神は、管理者同士の交流を一切持たないため、他の管理者の仕事ぶりがそのうち聞けたら、という程度には考えているようだが。


「ん、私もウナギ美味しかったかも。私が増やしたとこもイイ感じだったし、オイルのフレーバーとか、なんか味の付いたお塩とか……」


 『美味ぇもん』繋がりで思い出したのか、木の実系専門の超偏食家が、慣れないグルメトークを試みる。


「壺漬けも、黒姐さんの口に合うとイイけぇがなぁ」


 壺漬けというのは、貝の神を祀る儀式において受け取った、いわゆるうま味調味料に漬け込まれたウナギの事。

 その調味料の素は、塩虫と呼ばれる生物から得られるらしい。

 その生物が飼育される場所を見るのは、虫という名を警戒して避けてしまったため、素材の具体的な正体は分からない。


「壺漬けって響きがイイよね。あと、オイモの味も気になるかも」


「イモはだいたい、そんまま焼いて食うけぇが、エライ柔らけぇ感じやなぁ。ヒトは甘く感じるみてぇやけぇが、黒姐さんには、ちぃと味が薄いかもしれねぇなぁ」


 ライの知るイモは、やはりサトイモに近いのであろうか。

 大人しい鼠人に精をつけ過ぎるほど栄養豊富なウナギや、うま味調味料の塩虫と比べると、主張の少ない味なのかもしれない。


「サトイモなら煮て、壺漬けウナギと合わせたらたぶん、優しいさっぱりと、優しいこってりでイイ感じかもね」


 黒い神は、料理ができないのではなく、自分が食べられないからしないだけと自負しているため、味覚シミュレーションには自信を持っている。

 おそらく、自分の味覚ではなく、料理を食べている相手の味覚を『感触』で測っていたのであろう。


「んだなぁ。場に合った味を楽しむっちゅうんは、旅の心地も良くするけぇ……ウチは血ぃも吸うけぇが、食いもんが余っちょったら味も楽しむけぇ」


 これまでの地上の旅の中で、食の豊かな土地も知っているのか、いくらか旅情を感じる語り口。

 『血ぃも吸う』というフレーズが引き立っているが、吸血が差し油になる生物にとっては、自然な営みであろう。


「郷に入れば郷に従え、ってヤツね」


 おそらく、やろうと思えば地球の調味料や、地球の食物に似た味や食感を持つ何かを合成して、それらしく再現できるのかもしれない。

 しかし、そこまでするほど、この偏食家は味覚に飢えていないし、空腹を感じる事も無くなったため、現地の素材を楽しむ程度に考えているようだ。


「意訳変換がズレやすい言葉だにゃ。というか黒いのは、ノリと勢いで郷を破る方が向いていそうだにゃ」


 慣用句などは、遅延を感じさせない形での変換が難しいという事であろうか。


 基本的にその場のノリを優先し、盛り上げようとしてしまう黒い神は、管理者より扇動の実行役などの方が向いているのかもしれない。


「んだけぇが、意味は分かるけぇ、面白ぇ表現やなぁ」


「あ、ファンタジーは譲れないけどね」


「一番譲って欲しいところだにゃ」


 ファンタジーに想いを馳せているのか、ナマコ斬りを両刃の大剣や、ドラゴンの頭のように変形させてニャマコベッドで跳ねさせていると、体ごとネコミミに掴まれて地面に降ろされる。

 しかし、なぜかそのまま、ネコミミ対ナマコ斬りの戦闘訓練が始まる。


「譲れないこの想いを……受け取ってー……くらえっ! 二刀流!」


 二本に分けたナマコ切りで、両サイドから攻める。


「要らん……にゃっ」


「はやっ! 速すぎて残像が!」


「いや、ただの分裂にゃ」


 片方のネコミミを二つに分裂させてナマコ切りを弾くと、もう片方で黒い神を簀巻きにする。


「うにゃー……」


 ゴロゴロと転がされているものの、本人は満面の笑顔で楽しそうである。

 それを眺めるライも、幼な子を見つめるような目で、ニコニコと優しい笑みを浮かべていた。

鼠人は臆病で繊細に見える。

でも実際は、地球人より遥かに図太い。

苦痛を感じ難く、大雑把に逃げ回り、生に固執しない。

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