1-10 インフィニティ――約束
校正がインフィニティ。
「――これが! これこそが! ドリル! 形はちょっと非合理だけど、白いロマンの輝き! ドリルだよ!」
ライの同時通訳で、使用方法はそこそこに、朗らかな笑顔でドリル愛を熱弁する。
馴染みある見た目を重視して、ライの手が参考になっているため、掘削用ドリルに求められるべき構造的なメリットはあまり見られず、合理性は乏しい。
しかし、一応は要件を満たすそれなりの道具。
薄く硬い地表部を抜ければ、湿潤度を保った柔らかい粘土質が広がるこの辺りを掘る分には、十分に役立つものと思われる。
「硬く渇いた粘土大地も! 立ち塞がる苦難の壁も! 熱い魂と無限の螺旋で貫くの!」
おそらく、闘争ならぬ逃走本能が種族的特徴と思われるため、熱い魂は一過性であろう。
それに、無限の螺旋ではなく、反転を繰り返す断続タイプの非合理な人工筋肉ドリルであり、経年劣化もあり、無限エネルギーでもない。
ただの掘削機であっても、無限回転であれば、利用価値まで無限になってしまう。
それでも、一度走り出した黒い神は、そう簡単には止まらない。
ロマン愛の勢いに任せて、過剰広告を謳いながら、さらにノリを高めてゆく。
「先端は終端じゃない! 回るドリルは永遠の、えっと……永遠のリンカネーション!」
どうやら、ドリルそのものが永遠なのではなく、ドリルの機構自体が持つ有用性を、インフィニティなロマンに昇華させようという試みらしい。
「さぁ、手に取るのです……あなた達の未来をそのドリルで……いいえ、あなた達の! 魂の! ドリルで! 貫き、切り拓くのです! はい……ご一緒にー、いくよー。いぇあー! ドリルー!」
「切り拓く! 生きる! ドリルー!」
おそらく、基本的に気の小さい穏やかな気性を持つのであろう鼠人達。
しかし、新たな神を得た興奮からか、困窮からの特大ウナギで精がつき過ぎたのか、渇いて冷えた大地に、熱気と汗を迸らせる。
立ち並ぶ巻貝ストゥーパ群から、各々に馴染むドリルを手に取り、諦念と窮鼠の象徴たる渇いた鼠色に、その純白を突き立てる。
方々から力強い接地音が続き、意識を合わせるようにお互いを見やり、一斉に内部の制御マイコンを握り込むと、軽快に響き渡る掘削音。
腕に対する衝撃は、ミニニャマコの緩衝コントロールにより緩和されて、幼いライの友人ですら使用可能なレベルになっているようだ。
他の物より特別あつらえな、小さめの巻貝ドリルを軽々と持ち上げて、明るい笑顔を見せる鼠幼女。
「すごい! みんな、狩りできる! ライ、見て! できる!」
「んだなぁ。良かったなぁ。逃げて旅して、危なくねぇが飯も少ねぇここいらに来て、長かったけぇなぁ。良かったなぁ」
「逃げるのイヤ。ここで、みんな一緒!」
物心ついた頃から、断続的に定住と移動ならぬ、息継ぎと逃走のような日々を生きてきたのであろう幼な子には、あるいは慣れて日常になってしまう可能性もあった。
しかし、周囲の大人達の怯えや、自らも恐怖心に駆られるような経験から、逃走即ち恐怖と刷り込まれているのか、定住に安心を求めているのかもしれない。
「よその狩場荒らすんも、ウチにはできねぇでなぁ。悪かったなぁ」
強い脅威は、より強く、より多くの脅威を招きかねない。
いかに最上位捕食者とはいえ、目立つ事や力技というのは、よほど超越したバランス感覚でも持たなければ、長期的なリスクが重過ぎて、乱すばかりでなかなか整わない。
しかし、この場合そういった懸念よりも、ライの持つ心根に、そうしなかった――できなかった理由がある。
必要以上にヒト種を模すという事は、それだけヒト種全体に対して、情愛のような、ある種の執着を抱いているのであろう。
「ライは優しい。ライはみんな好き。猫人に、痛くされてないよ? すごく速くて、すごくコワイけど、ライが悲しいの、イヤ」
どうやら、この子にとっては、猫人という敏捷性が高く野性味が強いと思われるヒト種は、敵というより、単純に怖い存在らしい。
おそらく、どのようなモノであれ、激しい強さを持つ存在を避けたい――つまり、好意と信頼を寄せるライにも、あまり強さを振りかざして欲しいとは思えないという事か。
「そうけぇ? んだけぇが、もうウチがやらねぇでも、食えるようになるでなぁ。おまけに神様は『ドリルで育てる飯』も持って来てくれるっちゅう話やけぇ」
「ドリルで、そだつ?」
『育てる飯』とは、ニャマコがドリル製作の際に漏らしていた、地球におけるサトイモのような、水捌けの悪い粘土質の土壌に適した食用植物の事を言っているのであろう。
「んだなぁ。ウチが昔、貰ってきたまぁるい飯、覚えちょるかなぁ? 猫のイモっちゅう名前やけぇが……」
「イモ……おいしい!」
雑食性のヒト種の身で、油脂分過多な食生活を続ける中、純粋な炭水化物がよほど沁みたのか、弾けるような笑顔を見せる。
「アレは、生きちょる沼で採れるけぇなぁ。ドリルで土ん中混ぜちょったら育つけぇ」
「まぜる?」
固まった角質のような地表と、これに覆われた真皮のような湿潤した地中を、掘り返して混ぜ合わせる事で、大地の新陳代謝代わりにするという意味であろう。
「ここはなぁ、硬いとこをちぃと掘れるんなら、まだ生きちょるけぇ、イモ入れちょったら増えるっちゅう事やなぁ」
「すごい! 採りに行く? 手伝う!」
美味しいおイモが増えるというキーワードに敏感に反応し、やる気がせり上がってゆく。
「いんやぁ、逃げて来る前に、猫の子らがおったとこやけぇ、ちぃと遠いけぇなぁ。ウチや神様でねぇとキッツイもんやけぇ。あんまり速いと危ねぇしなぁ」
「速い……猫人とライ、どっち速い?」
俊敏な猫人への怯えが、速さに対する怖れを呼び起こしかけるが、最も身近な安心の象徴であるライと、どちらが勝るのかと、素朴な疑問が表出しているようだ。
「んだなぁ……ウチらは猫の子らより速いけぇ、採って来るまで、ここぉ掘り返して待っちょってなぁ」
「……ライ、いなくなる?」
急に、目を潤ませて、寂しさを滲ませる。
ここのところ弱っていたライが、食料確保に出るたび、不安が募ったのかもしれない。
それにより、お留守番に対してネガティブな想いが強いのであろうか。
あるいは、ライが神様と一緒に、お空の上にあるという、貝とカタツムリの故郷に帰ってしまうイメージを、想起してしまったのであろうか。
「いんやぁ、ウチは分け身があるけぇ、いつでも一緒やけぇ」
「ライと一緒がいい。いないのヤダ。ライと一緒がいい! ごはんも……」
『分け身』がどういうモノか分からなかったようで、改めて訴える――ごはんもついでに。
「……それは、血ぃ吸うたからやけぇ。じきになんともなくなるけぇ。それはそれで寂しいけぇが、あんたらにはそん方が――」
「ヤダ! 神様がライにごはんあげても、ずっと一緒! 神様なんか! ヤダ!」
血を吸う必要が無くなれば、ライが居なくなってしまうかもしれないという怖れから、その原因となる黒い神を拒絶する。
「――エターナルぅ! スパいっつぅ! なんかキタ!」
離れた場所で、なにやらロマンの発露にはっちゃけているらしい黒い神が、突如、純粋な嫉妬の『感触』に襲われ、知らぬ間にとばっちりを受ける。
「……ここにおるけぇ、これからも頼むなぁ」
「ずっと一緒!」
「……んだなぁ。ずっと一緒におるけぇなぁ」
どこか諦めたような、それでいて、どこか安心したような、微妙な表情で幼い友人を撫でるライ。
しっとりとした暖かい約束の裏では、なぜか必要の無い振り上げモーション付きで、ジャンプからの振り下ろし突きを披露する姿。
「――タケノコおぉ!」
貧弱なその力では、どちらかと言えばドリルに振り回されていた。




